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第20話 魔女ツバメの助け舟

「このッ……!離せ、離しなさいよッ!」


 異形の蟲に捕えられた俺は、抜け出そうと必死に踠く。だが、身体を抑えつける四本の腕はびくともしない。甲虫兵と呼ばれたこの化け物は、悠然とした足取りで何処かへ向かっている。


 ……俺は、なんて無力なのだろうか。

 少し先の不幸を回避したところで、再び訪れる事には対処できずにいる。今日も、そして転校初日もそうだった。ほんの少しだけ、未来を予知できるだけの魔法素人だ。今日渋谷へ行くのだって、そもそも日程を改めた方が良かったのではないか?そうしなかったのは何故か?

 ……俺が、渋谷へ行くのを楽しみにしていたからだ。身元を隠している俺にも親切にしてくれる、聖と炎華の好意に甘えたからだ。その結果、彼女達を危険な目に合わせてしまった。最悪だ、彼女らに合わせる顔が無い……。


 自分の無力さに打ちひしがれる。心はマイナスの感情でいっぱいだ。最早、魔法で対抗する事すら出来ない……。


「あら、蒼蘭(せいら)さん?そんなに落ち込んで、一体どうしたのですか?」


 目の前で聞き覚えのある、女性の声がした。優雅で上品な声色の持ち主は、今日出会った先輩魔女、『ツバメ』さんの物だった。彼女はまるで、買い物帰りに知人とバッタリ会ったかのような口調だ。俺を抱える化け物に対して、何の恐れも抱いてないようだ。


「おっと、失礼致しました。こんな恐ろしい魔物に、連れていかれそうになっているのですものね。それは怖いでしょう、恐ろしいでしょう。

 なので、(わたくし)が助けて差し上げますわ。」


 ツバメさんの手のひらに小さな魔法陣が浮かび上がる。次の瞬間には、金色に輝く短剣が彼女の手に握られていた。

 そして更に次の瞬間には、金髪の魔女は姿を消していた。


「えいっ♪」


 彼女の声は、背後から聞こえた。瞬きする間に背後へ回り込み、甲虫兵の背を短剣で刺したのだ。魔物の身体は、光の粒子となってボロボロと崩れていく。俺は魔物の腕から逃れ、床に着地する事ができた。


「あ、ありがとうございます、ツバメさん!」


「あら、私の事を覚えていてくださったのですね♪」


 先輩魔女は短剣を消し去り、頬に手を当てて満面の笑みを浮かべた。


「可愛い後輩のピンチですもの。多少助け舟を出すくらい、お安い御用ですわ。」


「なら、ツバメさん……!

 私と一緒に来てください!聖と炎華が、私の友達が襲われているんです!」


 彼女の実力は今見た通りだ。俺が一切ダメージを与えられなかった化け物を、容易く切り伏せて見せたのだ。これ以上にない程、頼もしい助っ人ではないか!異形の蟲使いも、簡単にやっつけてくれる筈だ。


「ごめんなさい、それはできないのです。」


「え……?」


 え、何故……?


「いや、あの……

 そうか!何か報酬をお支払いした方が良いですよね!?

 昼食をご馳走になった挙句、無料(ただ)で助けて貰おうだなんて!我ながら浅まし過ぎる言動でした!」


 俺はスカートのポケットから、小型の財布を取り出した。女の人は手提げカバンに財布を入れる人が多いらしいが、俺はそうしない。網棚に忘れたり、ひったくられたりするのが怖いからだ。


「いえいえ、誤解しないでくださいませ!

 別にお金を取ろうだとか、イジワルで貴女の頼みを断っているわけでは無いのです!」


 ツバメさんも、若干あたふたしながら俺を制止する。


「なら、どうして……?ツバメさんの実力なら難しい事では無い筈ですよね?」


「そうですね、理由は幾つかありますが……一番大きな理由は、あなたの力を見定めたいからです。蒼蘭……いえ、雨海(あまがい) (しずく)さん。」


「なッ……?どうして、()の名前を!?」


「ふふふ、先輩魔女にかかれば大抵の事はお見通しですのよ♪勿論、他の人に言いふらしはしません。私、野暮な事はしない女ですので!」


「え……あ、それはどうも……。」


 かなり驚愕の事実だが、黙ってくれるのは正直ありがたい。

 が、正直今はそれどころではない。


「とは言え、あなたの力を試して欲しいのは本当です。惺さん、あなたの()()()()の力を持って、ご友人を襲っているあの魔女を撃破して欲しいのです。」


「それは……それこそ出来ませんよ……。」


「何故ですか?」


「だって……自分でもこの魔法を、上手く扱えてないのが分かります。すぐ先の事ならまだしも、翌日以降の事になると望んだ日にちや時間の未来を見れる訳では無いんです。しかも、仮に危険を回避しても別の危険がやって来るんです。それに、悪い未来を回避する方法だって……俺は最善の手段を取らなかった。俺が今日やるべきだったのは、『早起きして遅刻しないこと』ではなくて、『出掛けないこと』だったんです。

 そのせいで、彼女達に危険が迫ってしまった……。」


「惺さん……」


「正直に言うと、蒼蘭じゃなくて、俺自身にも未来予知……『自分だけの魔法』があるって知った時は嬉しかったんです。俺も、魔法使いの仲間入りをしたんだって。でも、俺自身には何の力もない、ただ一般人に毛が生えた程度の存在だった……。

 俺は無力で、優しく接してくれる友達二人すら、満足に助けられないんです……。」


「いいえ、断じてそのような事はありません!惺さん、あなたは確実に、未来を良い方向へと変えているのですよ。」


 ツバメさんは俺の肩を優しく抱きながら、項垂れる俺の目線に合わせて、言葉をかけてくれた。


「ツバメさん……」


「あなたの友人が、今日こうしてお出掛け出来ているのは、あなたの尽力のお陰なのではないですか?

 私にも風の噂で、あなたが学園内で起きた事件に立ち向かい、聖さんと炎華さんを助けたと聞きました。あなたがあの日、何も行動をしなかったら……きっと今日の様に楽しくお出掛けする事はなかったでしょう。」


 彼女の目は真っ直ぐに、俺を見つめていた。先輩魔女の励ましの言葉と真剣な眼差しが、少しずつ俺の心に活力を漲らせる。


「それに……最善を選べなくとも、あなたは『善い道』を模索しました。その結果、三人の不届者を撃退したり、私が可愛い後輩と出会えたり……あなたがとても愛くるしいお洋服を見繕って貰えたりしたのではなくて?」


「それは……確かにそうかもしれない、です。

 少なくとも、未来を悪化させる道は選んで無い……つもりです!」


「ええ、あなたはもっと自信を持つべきですわ。

 さて、では私のお願い……蟲使いの魔女の討伐をお任せしても良いですか?勿論、ピンチの時は必ず助けると約束します。少なくとも、あなた達三人の無事は保証しましょう。」


 俺は、少し考えた。だが、結論はすぐに出た。

 俺は、彼女らを助けたい!もし、俺にそれが出来る力があるなら、それを行使する事に何ら迷いは無い!


「分かりました!俺……あ、()はやります!

 ただ、未来予知を使うためには、ちょっと……その……魔力を活性化させる必要が……」


「ええ、それは私も知っています。

 なので、私が()()()()()()()()()()わ♪

 ちょうど、目の前のお店には試着室もありますし、他のお客さんはお休み中なので見られる心配はありません。」


 目の前の店……言われて気がついた。

 ここ、ランジェリーショップじゃん……。


 ◆

 試着室に二人で入り、俺はシャツを脱いで下着を露出させた。


「あの……ツバメさん?

 貴女は何処まで、私の事を知っているのですか……?私の正体や、魔力の活性化……擬似暴走の事まで知っているなんて……。」


「うふふ、可愛い可愛い後輩の事なら、大抵の事は知っていますわ♪貴女の秘密も、貴女が『どうすれば気持ち良くなれるか』も、ね♪」


 そう言うと金髪の先輩魔女は、背後から俺の……()()が持つ豊満な乳房を揉みしだいた。


「んッ……

 な、何……これ……今の……感覚ッ」


「どうですか?『自分で揉む』のと、『誰かに揉まれる』のとでは、また感覚も違うでしょう?

 或いは……下着の上からではなく、『地肌』を愛でる感覚は如何でしょう?」


 ツバメさんの細い指がブラジャーの隙間に入り込み、ピアノの旋律を奏でるが如く愛撫する。


「ひゃッ……や、そんな所まで……」


「魔力活性化の為です、頑張ってくださいな♪

 ほら、ちゃんと鏡も見ないといけませんわ。顔を上げてご覧なさい?」


 彼女に促されるまま、視線を前にやる。

 そこには、蒼色の髪をした美少女が顔を真っ赤にしながら、金髪の美女に身体を弄ばれている光景があった。


 一言でいえばとんでもない絶景、地上の楽園、満開に咲き乱れる百合の花園が、鏡の中に存在した。


「あ、あ……」


「では、最後の仕上げです。

 んッ……チュ♡」


 ツバメさんは、何と俺の頬にキスをしたのだった!


「え、え、キ、キ、キス!!?

 そんな、いや、何かごめんなさい!!」


 先輩魔女に口付けまでさせてしまった罪悪感で、俺の口からは咄嗟に謝罪の言葉が零れ落ちる。


「いえいえ、お気になさらず♪

 この国ではそう言う文化は無いですが、一応、私はヨーロッパの出身ですので。『そういう文化の魔女』だと思ってくださいな♪

 それより、ご武運を祈りますよ。」


 そうだ、早く行かなくては。ツバメさんのお陰で、魔力は充分過ぎるほど活性化している。今なら、あの蟲の化け物にもそれを操る魔女にも勝てるかもしれない!


 ◆

「これならどう?

緋色に燃る炎の水車(ムーラン・ルージュ)』!!」


 炎華は両手に焔の車輪を作り出し、紅の身体を持つ甲虫兵へ叩きつける。

 だが、筋骨隆々の蟲は無言で腕を交差させて、炎華の攻撃を完全にブロックする。外皮は焦げ跡一つなく、攻撃が殆ど効いていない事が一目でわかる。


「やれ。」


 銀髪の軍服女性は冷徹に命令を下す。

 甲虫兵は四本の腕のうち、二本の腕で炎華を捉えた。


「クッ……!」


 身動きができない少女を凝視しながら、蟲は残り二本の手でゆっくりと拳を作った。そして右の拳を腹部に叩き込み、左の拳で胸部を殴りつけ、そのまま後方へ突き飛ばした。


「ガハッ……」


 炎華は息を詰まらせながら、商品棚に後頭部から突っ込んだ。恐らく肋骨は折れ、腹部の内臓にも多大なダメージがある筈だ。

 絶命寸前となった獲物にも、化け物は飛び掛かる。確実な死を届けるために、だ。だが、瀕死の筈である獲物は跳躍した。彼女の身体は白く、淡い光に包まれている。


「『ヒーリング』!」


 聖の回復魔法で、傷が瞬時に癒えたのだ。甲虫兵の攻撃を躱し、炎華は二本の指を自身の唇に当てる。


「これで灰になっちゃえ!

熱情の口付け♡(キス・オブ・ファイア)!』」


 ギャルの魔女である炎華の必殺技だ。

 ハートを模った魔力の塊は、周囲の魔力と彼女が振り絞った最後の魔力を取り込んで極大のプラズマ砲となり、異形の蟲の身体を貫いた。


「はぁ……はぁ……

 やった、やっつけた……!」


 炎華は床にへたり込む。回復役を担っていた聖も、足元をふらつかせている。二人とも、魔力をかなり消耗しているのだ。


「まさか、炎への耐性を付与した魔物を撃破するとは……。

 少々甘く見ていたぞ、魔女達よ。」


 黒ずんだ灰と化した自らの(しもべ)を見て、銀髪の敵は驚嘆の声を漏らす。


「だが、それもここまでだ。

 まさか、()()()()()()()()()()()、なんて甘い考えを抱いてはいないだろうな?」


「「……ッ!!」」


 二人の女子高生は、無言で歯を食いしばる。床に再び、魔法陣が浮かび上がったからだ。数は二つ、あっという間に新たな甲虫兵が呼び出されてしまった。


「貴様らをただ攫うだけではいかん。反抗する意思を、今のうちに叩き潰す必要があるからな。」


 厳粛さと嗜虐心を携えた瞳で、軍服女性は少女達を見下ろす。


「さぁ、やれ!」


 厳命が下り、二体の魔物は魔力を使い果たした魔女達に襲い掛かる。


 だが、蟲達は主人の命令を実行する事はできない。


「切り刻め、『サファイア・ソーサー』!!」


 何故なら、ここまで友人を虐められて、『蒼石(サファイア)の魔女』が黙っている訳が無かったからだ。

 駆けつけた蒼蘭が放った水の刃が、今まで以上に威力を増して、片方の甲虫兵の手足を切り飛ばした。


「確かに殻は硬いけど……関節の裏側を狙えば、どうにか切断できる!」


「何ッ!?

 なんだ……、貴様……?その魔力は何だ、青髪!?先程までとは桁が違うでは無いか!?」


 あっさりと魔物がやられ、蟲使いは一瞬取り乱す。


「実力を隠していたのか!?

 だが、私の僕はあともう一体いるぞ!水の刃に気をつけて、奴を叩き潰せ!」


 まだ五体満足な方の魔物が、蒼蘭に突撃する。


「もう一度切り刻め、『サファイア・ソーサー』!!」


 先ほどよりも激しい回転を加え、水の円盤を飛ばす。狙いは変化球、回転をかける事で軌道を曲げ、背後から再び関節を切り飛ばす事が狙いだ。


「そんなもの、真正面から叩き潰せ!」


 甲虫兵は硬い拳で、『サファイア・ソーサー』を殴りつける。身体の強固な部分を用いれば、確かに攻撃を防ぐ事は可能だ。


 だがその手段は既に、蒼蘭は()()()()()()()


 青い円盤状の刃は、拳に当たる寸前に弾けた。飛び散った水が目眩しとなり、異形の蟲から少しの間、視界を奪う。


 時間にして数秒、その僅かな時間が命取りだ。


 蒼蘭は姿勢を低くして、背後に回り込む。円盤が描く筈だった軌道とは、逆向きに円を描くように。


「『サファイア・エッジ』!」


 飛び道具の円盤ではない、至近距離で放つ水の刃が、甲虫兵の四肢、否、()()を今度こそ切り刻んだ。手足を同時に切り付ける事は不可能だが、予想だにしない方向からの斬撃は、相手を大いに焦らせる事ができる。先に膝裏を水の刃で斬りつける。獲物がバランスを崩し、混乱している間に、四本の腕を確実に切断する。手足を切り裂いた蟲は少しの間蠢いていたが、たった今絶命してピクリとも動かなくなった。


「遅くなってごめん!聖、炎華!」


「ううん、蒼蘭ちゃんが無事で良かった……!」


「助けに来てくれたのに、あーしらは文句なんて言わないっての!

 ありがと。それと、セーラやるじゃん!」


 女子高生二人は、駆けつけた蒼石の魔女に労いと礼を告げる。それを聞いて、蒼蘭は目を潤ませた。


「良かった……。私、みんなの助けになれたんだね……。」


 彼女は自分の決断と行動が、正しい結果を結んだ事に、安堵と喜びを噛み締めていたのだった。

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