第2話 魔女っ娘スーツ(仮)
時は4月上旬に遡る。
俺、惺は目の前の光景を受け入れる事ができずにいた。
地方から東京の大学に出て、自分はキャンパスライフをそれなりに謳歌しているつもりだった。各サークルは新入生勧誘に精を出しており、昨日も勧誘飲み会に参加していた。
そして今日、恥ずかしながら1限目の授業に遅刻してしまった。原因は単に寝坊だ。「一人暮らしなんて自分でもできる!」と両親と姉に息巻いたばかりだと言うのに、何とも情けないことか。
だが、俺が呆然としている理由は遅刻や単位への影響ではない。
大学のキャンパスが、綺麗さっぱり無くなっていたからだ。
火事で燃えたとか地震で崩壊したとかではない。どちらかと言うと、『建物が巨大ロボットに変形して宇宙に飛び立ちました。』と言われた方がまだ説明がつく。
それぐらい跡形もなく消失していたのだ。
「は?
……は?え、はい?」
黄色と黒のロープで校門は塞がれ、警察官や警備員が野次馬を捌いていた。だが、事が起こって時間が経っていたのだろう。人はまばらで、俺は誰かに聞かずとも十分状況を理解できた。
否、知る事はできたが理解が追いつかない。
俺は30分ぐらいその場で立ち尽くし、間抜けな声を上げていた。
だってしょうがないじゃないか。
こんな時どうすれば良いのか分からないのだから。
◆
「はぁ〜」
俺はカフェのカウンター席で紅茶を飲みながら、非現実的な状況に考えを巡らす。
マジでどうする?いや、俺はどうなる?憧れの都会暮らしは?大学生活は?受験勉強は全て水泡に来したのか?奨学金は?学費はどうなる?
だが、どれだけ考えても整理がつかない。
「おや、もしかして雨海くんか?奇遇だね、春休み以来かい?」
大人びた女性の声がしたので振り向いた。
彼女の顔には見覚えがある。
「えっと……もしかして治験バイトの時にお世話になった、胡桃沢博士ですか?」
「ああ、その通りだ。それと、私は下の名前で百花と呼んでくれて良い。……と、春休みに言った筈だがね。」
年齢は20代後半と見える、白衣姿の女性がいた。彼女は胡桃沢百花。彼女は医者であり、科学者でもあった。研究者に似つかわしくないピンク色の髪と気さくな性格で誤解されがちだが、若くして博士号を得ている秀才である。
大学入学前の春休み、一人暮らしの足しになるだろうと思って治験のアルバイトをしていた。姉の友人から紹介された仕事で、未成年でも可能な仕事だった。その時の雇用主が、胡桃沢博士。彼女もまた、姉の友人の一人だという。
「状況は凡そ察しているよ……。災難だったね」
「ええ、まさか大学が跡形もなく消えるとか、今でも信じられませんよ……」
胡桃沢博士は一瞬目を丸くした様に見えた。
「それで、これからどうするんだい?実家に帰るのも手だと思うが…」
「いや、それはダメです!折角東京に来たのに!どうせ帰っても両親は海外ですし、過保護な姉と地方で二人暮らしなんて嫌ですよ!」
「そうか……だが、状況が状況だ。
良ければこれから、私の家に来ないか?そこで君の今後について、相談に乗ろうじゃないか」
「……では、お言葉に甘えさせて貰います。」
胡桃沢博士も、彼女を紹介してくれた姉の友人も、俺の東京暮らしを応援してくれる優しい人だった。
正直、頼れる人は彼女くらいしかいない。この訳の分からない状況下で、慰めが欲しかった。俺は博士の好意に甘える事にした。
◆
「さて、単刀直入に言おう。
あれは普通の事故や事件ではない」
テーブルの上に麦茶を置きながら、博士はそう断言する。ここは彼女の研究室であり、春休みにも来た事がある。
「まぁ、そりゃそうですよ。」
「いや、事態は君が思っているより深刻だ。」
博士はそう言うと、徐にテレビのリモコンを取りスイッチを入れる。
ニュースでも早速、今朝の話題で持ちきりだ。俺が通っていた大学が全焼したというニュースで……
「はぁ?火災だぁ!?全焼だと!?」
思わず声を上げてしまった。何が何だかわからない。だってさっきは、焼け跡も燃えかすも何もなかった。そりゃ火事を消火したなら、瓦礫を撤去とかはするだろう。だが、それらしき作業の痕跡すらなかった。
「世間一般ではこの様な認識さ。
フェイクニュースだとか、情報統制だとかそんなチャチな代物じゃない。
一般人が本当に、そう認識しているのだ」
そんな事を言われても訳がわからん。
「じゃあ俺が見たものは……?
何かのオカルトの類いじゃないと、説明がつきませんよ?」
「ああ、その通り。
これは『魔法』による事故……ないし事件だ。」
「????」
「まぁ、論より証拠だ。
騙されたと思って、私の実験に付き合って欲しい。もちろん、バイト代は弾むとも」
そう言って、博士に部屋の奥へ誘導される。彼女の様子からは俺を揶揄おうだとか、騙そうだとか、そう言った悪意は感じられない。だから、尚のこと意味が分からなかった…。
が、こんな物はまだ序の口であった。
博士に渡された物を見て、俺の脳みそはハテナマークで埋め尽くされた。
それは藍色の髪をした人間……恐らくは少女の『皮』であった。そうとしか言い表せない代物だった。
「博士……これは?」
「ああ、服を脱いで着てみてくれ。
私が先程口にした『魔法』という言葉の意味が理解できるさ」
理解が追いつかないどころか、トラックを30周ぐらい置き去りにされている。だが今日だけで奇怪な出来事がいくつあった?このまま考えても頭がおかしくなるだけだ。そして見知らぬ都会で頼れるのは……恥ずかしながら、この桃色髪の博士だけだった。
俺は意を決して服を脱ぐ。そして着ぐるみの様に人の全身を模った『皮』の中に、先ず脚を突っ込んだ。
「!?」
俺は自分の身体の変化に驚き、バランス崩して転びそうになった。脚の皮は俺のそれより細かった筈だ。それが破けたり広がったりする事なく、そのままの細さで俺の脚が収納されたのだ。
「そら、私の手を握ってバランスを取ると良い。そのままもう片方の脚を入れた後……全身を着てみるのだ。」
胡桃沢博士に言われるがまま、両足を皮の中に通す。そして一度博士の手を離し、皮の中に両腕を通した。
そして背中に付けられた、ファスナーを途中まで上げてみる。
ジジ……ジジジ……
ファスナーの音と共に、身体の前で垂れ下がった頭部の皮が近づいてくる。背中の出入り口が狭まるにつれて、より身体に密着してきたのだ。シルクのような美しい髪を携えた、頭部の皮を両手で持ち、頸の部分を広げて自分の頭に被せた。そして、ファスナーを上まで閉め切った。
完全に被りきることで、視界が良好になる。同時に、身体に幾つもの『変化』が起きたのが分かった。
先ず、視界がいつもより低い。背筋を伸ばしている筈なのに、見える景色が低いのだ。
次に、目の前の姿見だ。いつのまにか博士が用意したらしい。が、問題はそこに映る人間だ。
それは、腰まで伸びた藍色の髪をした美少女であった。
「は?はぁ!?」
そして、声。その声色もまた、可愛らしい少女の物になっていたのだ。
慌てて身体を弄ってみる。頬をつねっても、二の腕を摘んでも、肌の触覚は本物だ。自分の指と肌の間には何もない。ゴムやシリコンの手触りなどは無かった。
最後に極め付けの違和感……胸部の重みだ。
それはずっしりとした重みで、両肩の皮膚と筋肉を地面に引っ張っていた。
俺は両手で下乳を持ち上げてみる。手を上げるにつれて、肩にかかる負担が軽減する。
が、同時に別の問題も発生した。
「ん……くぅ……」
柔らかい。
指が勝手に吸い寄せられる様な、そして実際に触ると包み込む様な弾力の楽園がそこにあった。
俺は気がつくと、一生懸命に胸部の果実を揉みしだいていた。指に伝わる柔らかさと、指から押し返される感覚に我を忘れていた。
「うんうん、気に入ってくれた様で何よりだよ♪」
俺の背後で、博士が満面の笑みで自慢気に微笑んでいた。
「な……
何が起こっているんだぁぁぁ!?」