第19話 異形の蟲使い
コツ、コツ、コツ、とハイヒールの音を響かせながら、黒い軍服に身を包んだ女性が近づいてくる。
剥き出しの敵意を、その身に纏いながら。
「……ッ!
ヒーリング!」
聖は負傷した俺と炎華に、治癒魔法をかけてくれた。
スカイフィッシュに食い破られた皮膚が、みるみる内に回復していく。出血は止まり、疲労感も回復していった。
「後、それと……リペア!」
ついでにボロボロになった服も、修繕用魔法で直してくれた。以前、聖から聞いた話だと、機械とかの複雑な代物は無理だが、衣類程度なら修繕可能な魔法、との事だ。
助かった。正直肌がスースーしてたし、こんなビリビリに破けた服で帰りの電車に乗りたくはなかった。
軍服姿の女性は俺たちの近くに辿り着くと、足元に転がっている男達を一瞥して、「はぁ……」と大きな溜息をついた。
「これだから、コイツらを連れてくるのは嫌だったんだ……。
『この世界』で自在に魔力を扱えるのは女性のみ。例え体内に魔力を溜め込んでいようと、『出力できない』なら宝の持ち腐れ。その事実が発覚した時点で、大人しく帰還しておけば良かったものを……。」
長い銀髪を弄りながら独り言を呟き、仕舞いには男の内一人を蹴り飛ばした。
「使えない者が下につくと、本当に苦労する。
だが、まぁ……目当ての『魔女』に会えたのだから、良しとするか。」
銀髪の軍服女性は、改めてこちらに向き直る。
その表情は先程までの憂いを帯びた物とは違う。瞳は獲物を狩る、肉食獣や猛禽類のソレだ。口角は不敵に、そして不気味な邪気を孕みつつ上がっている。
その殺気に当てられ、魔女の女子高生二人は身を強張らせる。俺自身も背筋が寒くなるのを感じており、友人二人も同じ心境なのだろう。
「さて……この者達が、貴様らに大変お世話になったようだな?」
口調だけは丁寧な態度で、軍服女性が話しかけた。
……このまま黙り込むのは不味い。相手のプレッシャーに押し負けてしまいそうだ。ここで気迫に圧倒されてしまえば、それこそ『良くないこと』が起こる気がした。
「礼には及ばないわ。折角のお出掛けを邪魔されたから、ちょっと懲らしめただけよ。」
言葉が震えないよう、精一杯の虚勢で俺は返答した。
「このご時世に誘拐……しかも『華の女子高生』が目当てだなんてね。随分と、良い趣味を持ったお兄さん達ですこと。」
「ふむ……少々誤解があるようだな。この建物には、貴様らの様に若い女の客が多い。
だが、そこに転がっている有象無象には、用もなければ興味もない。」
倒れ込んだ他の客や店員を横目で一瞥し、軍人は話を続けた。
「我々は魔法を扱える者……魔女を集めている。それが『仕事』だからな。」
「何のために……ですか?」
口を開いたのは聖だ。彼女もまた、沈黙を選ぶ事に恐怖を感じているのだろう。
「貴様らが知る必要は無い。
……と言いたいところだが、満更、知らぬ仲ではないからな。故に、端的に答えてやろう。
この世界において、私達の主人は『魔法の保管』を目的にしている。
喜ぶが良い。貴様らは我らが主のお眼鏡にかなった、立派な『コレクション』になれるのだ。」
不味いな……。
理由を聞いてもサッパリ分からない……。
と言うより、見当もつかないし、実感も湧かない。色々な事が疑問として思い浮かんでくる……。
そして、何より疑問に思う事がある。
「あのさ、あーしらとお姉さんって初対面だよね?
いつ、知り合いになったっけ?」
炎華が、その疑問点をズバリと質問してくれた。
「確かに面と向かって顔を合わせたのは初めてだな。だが、私は貴様らを知っている。4日……いや、5日前だったか?私が戯れで魔道具をくれてやった魔女を、お前らは撃退していたな?
ほら、覚えていないか?貴様を操っていた魔女だよ、金髪。」
「「「なッ……!?」」」
俺たちは揃って驚愕する。そういえば……胡桃沢博士が言っていたな。転校初日に騒ぎを起こした魔女、奴は身につけていない筈の読心魔法を使っていた。
先程襲ってきた人攫い同様、道具による外付けの魔法だったのか!!
「あわよくば情報収集や撒き餌にもなり得ると思ったが……思わぬ大物を釣り上げられそうだ。私も機嫌がいい。
……特にお前だ。青髪のお前。」
銀髪の軍服女性は、俺の事を指差した。
「あの夜、お前は何故騒ぎを予見したのか……?私の直感が言っている、貴様は途轍もない『希少種』だとな。
だが一方で……恐らく貴様はコイツらの中で一番弱い。体内に蓄えられた魔力がそれを物語っている。
……故に、青髪。貴様だけは『丁重に』扱ってやる。うっかり殺してしまっては元も子もないからな。」
そう言うと、目の前の女性は前方に手を差し出した。聞き慣れない言語による呪文を詠唱しはじめる。
すると、床に紫色に光る魔法が浮かび上がった。魔力が閃光の如く迸り、中から使い魔が這い出てくる。
「な、何……アレ?」
「蟲……で、良いんだよね?」
炎華と聖は、這い出てきたモノを驚愕の目で見つめている。
それは……聖の言う通り、恐らくは蟲だろう。『恐らく』と言ったのは見た事が無かったからだ。
だって、『全長2mを軽く超える』、『二足歩行で直立する蟲』など、俺の知識には無かったからだ。少なくとも昆虫図鑑には載ってないし、どちらかと言えば宇宙人やモンスターの図鑑の方に載っているべき化け物だ。
羽の光沢から言って、カナブンやクワガタ等の甲虫類と思われる。蟲らしく殻で覆われた身体で、手足は途轍もなく逞しい。殻の内側では、鍛え抜かれた筋肉が脈動しているのだ。
緑色の身体をした異形の蟲は、強靭な脚力で俺に迫ってきた。
「……ッ!
ウォーター・ボール!」
咄嗟に反撃に出るも、蟲の化け物は平然と駆け寄り、4本の腕で俺を軽々と持ち上げてきた。
「あ……ぐ……
はな……離して……」
化け物に両手両足を押さえられ、腕力で身体を締め付けられる。
「蒼蘭ちゃん!!」
「甲虫兵、その青髪は極力傷つけるなよ。お前はそのまま、離れた場所へ移動しろ。」
聖の叫びをどこ吹く風と受け流し、銀髪の魔女は緑色の蟲に命令する。
「セーラを離せ!
ファイア・ボール!!」
炎華が俺を助けようと、甲虫兵に攻撃した。
だが、俺は気づいてしまった。否、気づくのか遅すぎた。
床の魔法陣はまだ光ったままだ。
火球は弾かれた。魔法陣から出てきた、もう一匹の甲虫兵の腕に。緑ではなく、赤い身体をした蟲の化け物に。
「そう焦らずとも、貴様らの相手はちゃんと用意してある。
赤の甲虫兵、コイツの身体には炎魔法への耐性を付与してある。
どうだ、少しは楽しめそうだろう?貴様らなら、多少可愛がっても、殺さずに済みそうだからな。」
俺は緑色の異形に抱えられながら、視界から友人二人と蟲使いの魔女が離れていく様を、ただ見る事しかできずにいた……。