第17話 不可視の攻撃①
今回は流血表現があります。
苦手な方はご注意ください。
先輩魔女のツバメさんと別れた俺たちは、休憩用のベンチに座り雑談をしていた。
「この後はどうしよっか?
そろそろ、このビル以外の場所に行く?」
聖が午後の予定について切り出してきた。
正直に言うと、この複合施設以外の場所へも行ってみたい。ここは多種多様な店舗があるので、全ての店をじっくり巡るとそれだけで1日が過ぎてしまいそうだ。
「ん〜、あーし的には後一つ行きたいところあるんだよね。」
炎華はそう言うと、俺に向き直る。
「セーラってさ、あんまメイクした事ないっしょ?
ここのデパコスで、オススメしたいのあるんだよね〜♪」
「『デパコス』って確か……
デパートのコスメ……化粧品だよね?」
「そうそう!
可愛いセーラちゃんが、メイクで更にオシャレに可愛くなっちゃえば、もう無敵じゃね?ってコト!」
め、め、め、め、メイク!?
メイクって言ったのか?メイクって言ったよな!?
「あ、いや、メイクにそこまで興味は……」
「炎華ちゃん……流石にそれは……」
聖が言葉を紡ぐ。
助かった、止めてくれるのか。
「凄い名案だと思う!!
炎華ちゃん、メイクに結構詳しいでしょ!
蒼蘭ちゃんの肌とか雰囲気に合う化粧品、スパッと見つけられるんじゃない!?」
何と聖は大賛成のようだ。少し高揚しながらギャルの友人の手を取り、ブンブン振っている。
「でしょ、でしょ?ひじりんなら賛成してくれると思った!
メイクのコトなら、この炎華ちゃんにお任せあれ!」
どうやら都会の女子高生達は、まだ蒼蘭ちゃんを着飾り足りないようだ……
マズい、めっちゃマズい。
とても、物凄くマズい。
このままでは、俺は本格的に、身も心も『女の子』になっちまう……!!
「よ〜し、そうと決まれば早速化粧品売り場に……」
そう言って炎華が立ちあがった瞬間、
「ぎゃあああああ!」
「あああああ!!」
周囲の人達が一斉に、苦悶の叫びをあげた。
「え、何、何事!?」
この奇怪な現象を前に、俺は混乱の声を溢してしまった。
行き交う客も、店員も、皆次々に倒れていく。
例外は、俺たち3人の『魔女』だけだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
聖が咄嗟に、倒れ込んだ女性に近づく。
彼女が肩を軽く叩いても、倒れた客からは反応がない。
聖は口元に耳を当てたり、脈を測って生死を確認する。
「良かった、まだ息がある……。
蒼蘭ちゃんは救急車を、炎華ちゃんは学園に連絡して!」
聖の指示を受け、俺と炎華は顔を見合わせた後、すぐさまスマホを取り出した。
この異常事態は十中八九、魔法による物だ。ならば魔女学園に連絡するのが最適解だ。また、もし魔法以外の治療が有効なら、救急車を呼んで事態を収束するのがベストだ。一般の医療技術で無理なら、病院に派遣されている治癒系の魔女が手を施してくれる。勿論、一般人には記憶操作や国の魔法機関による介入で、病院駐在の魔女は存在を認知されていない。
が、状況は更に最悪な方向へ転がっていった。
「ウソでしょ!?
何で電波が通じないの!?」
炎華はスマホを耳に当てながら、『信じられない』という表情で叫んだ。多分、今の俺も同じ顔をしているだろう。
電話が繋がらないのは、こっちも同じだ。バッテリーは十分あるし、オフラインのアプリは開ける。なのに、『通信手段だけ』が遮断されているのだ。
「……ッ」
額から汗が滲み出る。
俺の脳が、考え得る『最悪の状況』を予感し、心臓の鼓動が加速する。
「ねぇ、聖……
試しにさ、その人に回復魔法を使ってくれない?」
「え……?」
「ほら、周りには誰も人が居ないし!
今なら誰にも気づかれずに、回復魔法が使える筈でしょう?」
「あ、うん!そうだよね!」
聖は倒れている女性の身体に右手をかざし、左手で自身の耳を押さえながら治癒魔法を行使する。
「ヒーリング!」
が、反応が無い。
倒れた客の話ではない。
聖の魔法が発動していないのだ。
『ヒーリング』が発動した時、魔法をかけられた者は身体が白く光る。
それが起こらない、言う事は……。
「ヘイ、かーのじょ♪
倒れた人を心配するなんて、キミ優しいんだね?」
前方から、1人の男が近づいてきた。
頭は金髪と黒髪のグラデーション、服装は革ジャンというスタイルだ。
コイツも都会人なのだろうか、中々に小洒落た格好をして……
…………
……
いや、待て。
コイツ、何処かで見た事がある……?
「あれ、どしたん?
後ろの青髪のコ、俺の事めっちゃ見てない?」
革ジャン男がニヤニヤとした笑みを浮かべた。
その表情で、完全に思い出した!
コイツは、未来予知で見た男だ!
「聖、下がって!」
口も身体も、反射的に動いていた。
聖の腕を掴み、しゃがんだ状態から立ち上がらせる。
「え、え?
どうしたの、蒼蘭ちゃん?」
聖は戸惑いながらも立ち上がり、一歩後ろに下がってくれた。
「貴方……人攫いね。」
「えっ!?」
俺が男を軽く睨みながら正体を明かすと、聖は驚いて更に三歩距離を取った。
「ちょいちょいちょい!
え、いきなり犯罪者認定とか酷すぎない?
キミもあれ?ナンパする男は全員、犯罪者予備軍とか思っているクチ?」
革ジャン男は半分驚きつつ、半分は戯けたリアクションを取る。
確かに現時点では何の証拠も無い。
ならば……カマをかけるまでだ。
「お兄さん、お友達が2人いるよね?
服装は……片方が黒のパーカーで、もう1人が紺色のラガーシャツの人。
どう、当たっている?」
「なッ!?」
目の前の男は、完全に驚愕の表情になった。
そして、驚いているのは彼だけでは無い。
「セーラ……
あの人達の事、知っているの?」
炎華が右側の通路を指差す。
此方に向かう人影が二つ。
俺が言い当てた服装の男が二人、歩いてきたのだ。
「ごめん、詳しくは知らない……。
知っているのは後二つ。
一つは今日の10時ちょっと前に、この三人のお兄さんが路地裏で私達を待ち伏せしてた事。
もう一つは……私達はお兄さん達から『逃げなきゃいけない』って事!
聖、炎華、走って!」
俺は二人の友人の手を取り、男達から逃亡しようとする。
だが、
「へ〜、俺たちの事、よく知ってるじゃん?
で、逃すと思ってるの?」
黒パーカーが指をパチンと鳴らした。
その瞬間、
「あぐッ……!」
脚に激痛が走り、俺はその場で膝をついてしまった。
「あ、脚が……!?
何で……?」
いつの間にか、脹脛が切り付けられていた。
幸いにもアキレス腱は無事であり、歩けない訳では無い。
だが、怪我の大きさよりも深刻な問題がある。
何故、脚が切られた?
原因不明の怪我が、得体の知れない現象が、俺の心に暗い影を落とす。『恐怖』という名の影を。
その影は心臓の鼓動を早め、その動きに反比例するかの様に、身体から体温を奪っていく。
「セーラ、落ち着いて!
あーしの肩を貸すから!」
炎華が俺に手を差し伸べてくれた。
この時、彼女の気遣いが本当に嬉しく思った。
だが、炎華の手を取る前に……
「痛ッッ!」
彼女の手の甲は切り付けられ、血飛沫が飛んでいた。
「炎華ッ!!」
反射的に叫んだ。
手が、手から血が!何者かに傷付けられて、炎華が……友達が怪我を……。
「大丈夫、心配しないで。
これぐらいなら……まだ何とかなるっしょ?」
そう言いながら、炎華はハンカチを自分の手に当てて止血を試みる。
「セーラ、ハンカチ持ってる?
無いなら、あーしの使う?」
「大丈夫!自分のがあるから、炎華は自分の止血に専念して!」
この場で友人の止血を邪魔するわけにはいかない!
指の震えを抑えながら、ハンカチを取り出して傷口に当てる。
そして、いつまでも攻撃されっぱなしでいるわけにもいかない。
炎華も俺と同じ考えのようだ。彼女はハンカチを巻いてない手で、俺は傷口を押さえていない手で、攻撃魔法を試みる。
「ファイア・ボール!」
「ウォーター・ボール!」
だが手のひらに魔力を集めた瞬間、突如として騒音が鳴り響いた。
蚊の羽音と、歯医者のドリル音が合わさったかの様な、途轍もなく耳障りな音が鼓膜を支配した。
「ああああッ!」
「何……この音……ッ!」
手のひらに集めた魔力は霧散し、攻撃は不発となった。
騒音から逃れる為に、耳を塞ぐ。それでも、神経を掻き毟る不快音は止まらない。
『魔法が封じられた状況』……レストランで頭をよぎった最悪の予想が、今、現実になってしまった。
マズい、本当にマズい……!
「貴方達は、何が目的なんですか!?」
聖が勇敢にも、三人の男の前に出て対話を試みている。
「目的?
俺たちは唯の下っ端……こっちじゃ『バイト』って呼ばれてるヤツ?
よーするに、俺たちがやってるのは『お仕事』な訳。
『使えそうな魔女を連れて来い』っていう仕事だけどね。」
紺色のラガーシャツ男が、やや気怠げに言ってのける。
「友達に怪我をさせる人には、着いて行きたくないです!
第一、私達は暁虹学園の生徒です!こんな事をして、学園が黙っていると思っているんですか!!」
なんと、聖は相手に啖呵まで切ってみせた。
だが、聖の横顔と頬を伝う汗で、彼女の心境は察しがつく。
彼女は普段大人しい性格だが、今まさに、勇気を振り絞っている事が分かる。
俺の隣に居る炎華も、表情が少し強張っている。襲いかかる不可視の攻撃に、少なからず恐怖や危機感を感じているのだろう。
……
俺は何をやっているんだ?
女子高生二人が、懸命に立ち向かっているんだぞ?
落ち着け、そして考えろ!
相手の攻撃手段、魔法が封じられた理由、この場を切り抜ける方法を!
「だーかーらー、
その学園?ってのが動く前に君らを取っ捕まえるんだよ?
外部との連絡は取れないんでしょ?
なら、キミらの生殺与奪は俺たちが握ってるよね?」
黒パーカーの男は、余裕たっぷりといった態度だ。
「だから精々、俺たちの機嫌を取りなよ。
さも無いと、こんな感じで酷い目に遭うよ♪」
革ジャン男が天井に腕を掲げた瞬間、なんと……俺の服がビリビリに引き裂かれた!
「きゃああああ!?」
自分の口から無意識に、女の子の悲鳴が発せられる。
反射的に両手で、自分の胸部を覆い隠す。
「おー、試着室で見た時から思ってたけど、やっぱいい身体してんじゃん?
決めた、キミだけは大切に扱ってやるよ!」
男達の表情が、少しずつ下卑た物に変わっていく。
反面、友人二人の表情は徐々に険しい物へと変貌していった。
最悪の気分だ。
服を破られた羞恥心と、いい様にされている屈辱感が、自分の心を更に重くする。コイツら、アパレルショップでも俺に目をつけていたのか……!
いや……待て。
『試着室で俺を見ていた』だと?
どうやって?
確かに、着替えている時に視線を感じていた。
それに、試着室では虫の羽音の様な音も聞こえていた……。今、聞こえている音と似ていた様な……。
『見えない攻撃』
『虫の羽音』
沈んでいた心は、水面目掛けて浮上していく。
あの野郎、墓穴を掘ってくれた!
俺はスマホを取り出して、カメラを起動する。
例え電波が届かなくとも、写真は撮れるからだ。
そして撮影した写真には、しっかりと写っていた。
この空間を飛び回るモノが、ハチ公像での待ち合わせからずっと俺たちを尾行していたモノが!
「分かったわ……、貴方達が使う、魔法の正体が!」
男達を指差し、その場にいる全員に聞こえるように、声を張り上げる。
友達に安心を、敵に驚愕を与える為に。
「肉眼では見えない、透明な蟲……
貴方達が僕にしているのは、『スカイフィッシュ』!
その羽音で集中力を削いで、『目に見えず、正体不明故の恐怖心』で、私達の魔法を封じていた……でしょう?」
「「「なッ……!?」」」
人攫い達は、『信じられない』と言わんばかりの、驚愕の表情で俺を見た。
「いつ……いつから気がついていた!?」
黒パーカーが、語気を強めて俺に問い詰める。
「さぁ……?
ひょっとしたら、『全部お見通し』だったのかもね?」
俺は『不敵な笑み』を意識して、相手に微笑みかける。
……こんな物は当然、ハッタリだ。
だが今日一緒に渋谷を案内してくれた、楽しい一日をくれた友達二人を助けられるなら、ハッタリでも何でも良い。
兎に角、この場を切り抜ける事が最優先なのだから。
魔法が封じられている描写を、追加しました。
よりピンチを演出できていれば、幸いです。