第16話 レストランと謎の女性
今回は所謂、説明回や「溜め」の回です。
話が冗長に感じるかもですが、何卒ご容赦のほど…(汗)
時刻は12時ちょうど、俺たちは昼食を取る為に複合施設の最上階にあるレストラン街へやって来た。
「うっわ〜、ちょっち遅かったね……
満席だよ、これ。」
「ここのオムライス、美味しくてオススメなんだけどな……」
俺たちの前にいた客で、ちょうど店の席が埋まってしまった様だ。炎華と聖は残念そうな声を上げる。
今は昼食の時間だから、席が空くのは必然的に他の客が食べ終わった頃……少し、いやかなり待つ事になるな……。
「ねぇ、そこのお嬢さん方?
相席で良ければ、私とご一緒しませんか?」
突然、手前の席に座っている女性に声をかけられた。
朝陽の様に綺麗なブロンドのミディアムヘアをした、20歳程の女性だ。流暢な日本語だが、顔立ちから察するに、多分外国の人なのだろう。真っ白なワンピースと鍔付き帽子という優雅で高貴な服装で、もしかすると何処かのご令嬢なのかもしれない。
「相席って、お店のルール的に大丈夫なんですか?」
「問題ありませんわ。そうですよね、店員さん?」
「はい。そちらのお客様さえよろしければ、問題はございません。」
女性の隣で注文を取っていたウェイトレスさんが、二つ返事で承諾する。
「どうする?おねーさんのお言葉に甘えちゃう?」
炎華は俺と聖に小声で耳打ちをする。
「でも、大丈夫?知らない人と食事って……怪しい人では無さそうだけど、やっぱりお互い気を使うよね……」
聖は率直な意見を口にする。
俺もどちらかと言うと聖の意見寄りだが……とはいえ長時間待つのも嫌だ。この時間だと、どうせ他の店も混んでいるだろう。
「ひょっとして、私の事を気にされているのですか?
だとしたら、それは杞憂という物です。貴女たちとは少なからず縁のある身ですから。
例えば、この『学園バッジ』に見覚えはございませんか?」
彼女が取り出したのは、俺たちの通う魔女の学園、暁虹学園のバッジだった。
「え?おねーさん、ひょっとして先輩だったの!?」
「その通り。私は暁虹学園の卒業生……所謂OGなのですよ。
その『外出用ブレスレット』、貴女達は暁虹学園の生徒、つまりは……そういう事ですよね?」
周囲の目があるからか、彼女は敢えて言葉を濁した。
暁虹学園は、表向きには『お嬢様学校』という事になっており、魔女の学園である事は一般的には知られていない。
「可愛い後輩達と、是非お話をしたいのです。
勿論、タダでとは言いません。貴女たちのお昼ご飯、私にご馳走させて頂けませんか?」
俺たちは互いに目配せする。断る理由もないだろう。
そして、4人掛けの席にご一緒させてもらう事にした。
◆
俺たちはテーブルに座り、この店のお勧めメニューを注文した。
オムライスと野菜スープのセット。一番人気のセットらしい。メニューの写真からして美味しそうだ。実食が今から待ち遠しくて、心がワクワクする。
「さて、楽しいお話の前に……
ちょっと失敬。」
ブロンドの女性は、徐に指をパチンと鳴らした。すると、彼女の手から虹色のオーラが出現し、俺たちの座る席を覆った。
「今かけたのは、『認識阻害』の魔法ですわ♪
これで、『魔女』や『魔法』の話をしても、周りの人には別の話題に聞こえるようになりました。他のお客様には私達の会話が、小説や映画などの話題に聞こえると思います。」
「魔法って、そんな事まで出来るんですか!?」
正直言って驚きだ。
「ええ、勿論。
ところで……その反応からすると、貴女は魔女に成りたてホヤホヤみたいですね?」
「あ、はい。私は瑠璃海 蒼蘭と申します。よろしくお願いします、大先輩!」
「これはご丁寧に、ありがとうございます。
ならば私も名乗るとしましょう。
私は『ツバメ』、みんなは私をそう呼んでいます。
まぁ、あだ名見たいな物だと思って頂ければ幸いですわ。」
ツバメさんは俺の手を取り、握手を交わす。
聖と炎華も同様に、軽い自己紹介と握手を交わした。
「それで、学園生活は楽しんでいますか?」
「はい、今のところ充実しています。」
「あーし……アタシとひじりんは初等部からの付き合いだけど、結構楽しいですよ!こっちのセーラは編入したばっかだから、学園生活とかまだ分からないとは思いますけど。」
「それは何よりです!では、そちらのルーキーちゃん。折角ですし、何か魔法の事で相談したい事などはありますか?」
「えーっと……相談したい事……」
正直、相談したい事は山ほどある。
が、それらを実際に口に出せるかと言うと、また別の問題だ。
女の子達に紛れて送る学園生活、特に女子寮での生活が……非常に気が引ける。と言うより罪悪感が凄い。そして、自室以外では正直気が休まらない。
学園は全寮制なので仕方ない面も確かにあるが、それでも自分に出来る気配りはしているつもりだ。例えば風呂は大浴場ではなく、個室のバスタブを使っている。他にも、他の寮生の部屋には決して入らないようにして、不用意な関わりは避けている。また、露骨に距離を置いてもマズいので、食堂で挨拶された時は、笑顔で愛想良く挨拶を返している。
そもそもを言えば、性別を偽って学園に入学している点からして誰かに懺悔したい気持ちがある……。
だが、それでも……大学に遅刻していなかったら『死んでいた』俺からすると、やっぱり学園外に出るのは怖い。20年も生きていない人生にある日突然、理不尽な型で幕を下されるのは嫌だ……。
が、これらは決して口外できない秘密だ。
なのでもう少し話しやすい事を相談する事にした。
「そうですね……では個人的に気になっている事を。
私達は今こうして外出していますけど、何かトラブルに巻き込まれた時はどうすれば良いですか?
もっと言うと……不良学生や人攫いに襲われそうになった時の事です。
もし魔法で身を守るしか無い状況下だとしたら、行使するのは許されますか?それとも、やっぱり魔法の秘匿の方が優先されますか?」
ルーキー魔女の俺は、魔法世界のルールとか暗黙の了解が全然身についていない。多少は学んだつもりだが、氷山の一角ですら無いだろう。頂上の氷を、スプーン一杯掬った程度だ。
「成程、確かに不安ですわよね……。
でも安心してください!まず第一に優先されるべきは、貴女の身の安全です。本当に行使するしかない状況下なら、学園や魔法警察も、意を汲んでくれますわ!
……ですが一番良いのは、路地裏等の危ない場所へ行かず、不審な人物を見かけたら一般の警察を頼る事です。普通の女の子ができる範囲の事で、普段は自分の身を守ってくださいな。勿論、相手が魔女であるなら、自衛の為に力を使う事もやむなしです。」
「ありがとうございます、ツバメさん!」
成程、本当に緊急時なら、魔法での自衛は許される……と。
ならば、今朝の未来予知で見た光景はどうなのか?
俺たちは路地裏で数人の男に囲まれて、攫われてしまう。その時、身を守る為の魔法は許される、と認識して良いだろう。怪我をさせたりはせず、ちょっと脅かして逃げれば良いのだ。
だが、予知での俺たちは『誘拐』された。炎華は炎の魔法を、俺は水の魔法が扱える。聖は戦闘系の魔法は使えないが、それでも全員が『唯の男子学生』に良い様にされるとは考えにくい。何故、誰も抵抗しなかったのか?
…………
……
違う、魔法での抵抗ができなかったとしたら?
もっと言えば、魔法が使えない状況下だったなら……?
「ツバメさん、料理が来る前にもう一つ相談が!」
「どうぞ、何なりと。美味しいオムライスと野菜スープのセットが届くまで、楽しくお話し致しましょう♪」
「ありがとうございます!
ちょっと変な質問かもしれませんが……『突然魔法が使えなくなる事』ってあり得ますか?」
その質問を聞いたツバメさんは、少し怪訝な表情を浮かべた。
「確かに風変わりな質問ですね?何ゆえ気になるのですか?」
「えっと……その……念の為です!
『魔法使いが魔法を封じられて大ピンチに!』っていう展開が、ゲームや漫画とかの創作だと割とあるので……」
苦し紛れの言い訳だが、聖が横で大きく頷いてくれた。
彼女は漫画やアニメが好きなオタク系女子でもあり、所謂『創作あるある』にも造詣が深い。故に、ツバメさんも怪訝な表情を解いてくれた。
「そうですね……『魔法』とは精神と深い結びつきがあります。なので悲しい気持ちや暗い気分だと、魔法が思う様に使えない事があります。他には、『集中力を大きく乱された場合』も当てはまりますね。
最も……完全に封じる事は中々困難だと思われますわ。」
「な、成程。ありがとうございます!勉強になりました。」
「ふふふ、どういたしまして♪
それと……先程の続きですが、逆に嬉しい気持ちや楽しい気持ち、喜びや高揚感などの感情は魔法をより良いものにしてくれるのですよ。
なので……私はティータイムを欠かしませんし、貴女達の様な可愛い後輩達とのお喋りを楽しみにしているのですわ♪
他には、美味しいお食事ですね。ほら、オムライスが来ましたよ。みんなでいただきましょう♪」
ツバメさんの言う通り、ちょうど良いタイミングで料理が運ばれてきた。
スプーンで一口食べただけで分かる。美味い。デミグラスソースとチキンライスが、絶妙なコクと塩加減でマッチしている。卵もフワフワ&トロトロで食感と口溶けが良好だ。
……都会の女子高生は、こんなお洒落で美味い料理をしょっちゅう食べているのか。改めて、とんでもないカルチャーショックだ……。
◆
「「「ご馳走様でした!」」」
可愛い後輩魔女達にお礼を言われ、私はとっても良い気分になった。彼女らの笑顔を見られるなら、レストランの食事代など安いものだ。
それに、本来の目的も果たせた。運命に干渉できる魔女。蒼蘭……否、惺と接触する事が出来たのだから。
私は人気の少ない場所へ移動し、カバンからスマートフォンを取り出す。そして、自らの侍従に連絡を取る。
「もしもし、ステラ?私よ。
貴女が見つけてくれた『鍵』に出逢えたわ。
……ええ、大丈夫。今のところ、自分の力を悪用する類の娘では無さそうね。懸念事項が一つ減ったわ。
それに……意外と面白そうな子だったわ♪
それじゃあ、また掛け直すわね。」
さて……彼女が私に相談した事。それは、彼女が見た未来を回避する為の物だ。そしてこれから起こるトラブルは、殆ど予想が付いている。
レストラン内で、彼女らに視線を送ってきた3人の男達。蒼蘭達は気付いていない様だったが、私の目は誤魔化せない。
そして彼らからは、ごく微弱な魔力を感じた。厳密に言えば、彼らの持ち物からだ。恐らくは、魔法の道具を持っている。だが、体内に魔力を持たない『男性』に扱えるのか?
……いや、愚問だ。扱う手段があるから持っている、或いは持たされていると考えるべきだ。
そして彼らは……私が見た『最悪の未来』に関係している可能性がある。本当なら今すぐにでも調べるべきだが、今は様子見だ。
多少のヒントは与えたのだ。『運命の鍵』、そして彼女の仲間である聖と炎華。可愛い後輩達の、お手並み拝見と行こうじゃないか。