第15話 渋谷へお出かけ!②
最初に連れて来られたのはガラス張りの大きなビル、どうやらカフェや様々なショップがある複合施設のようだ。
「少し時間もあるし、1階ずつぐるっとお店を見て周ろっか!」
炎華がそう提案してくれたので、俺はまず都会の雰囲気を堪能することができた。
「おぉ〜!」
エスカレーターで1階ずつ昇って店を周る時も、俺は内心では興奮を抑えきれなかった。
店内には甘い匂いが漂っている。クレープの匂い、そしてアロマや化粧品の匂いだ。俺の地元ではこんな良い香りのする店なんて無かった。都会の店は匂いまで洒落ているのか……!
このビルでは高そうな腕時計や宝石まで売っている。もちろん高校生の小遣いで買える代物では無いが、好奇心からフラフラとショーケースに足を運んでしまう。
東京のイカしたサラリーマンやOLは、こう言うのを身につけて会社、大都会のビル群に毎日通うのだろう……。想像するだけでも格好いいではないか……!
「蒼蘭ちゃん、凄い楽しそう♪」
ショーケースの中身を見つめる蒼色の少女を隣で眺めながら、聖は穏やかで優しげな眼差しを送ってきた。
ハッ……!
いかんいかん、また同級生に子供や小動物を見るような目をされてしまった……。
幾らテンションが上がったとはいえ、露骨にはしゃぎ過ぎだった。
本来なら俺は18歳の大学一年生。聖や炎華より年上なんだ。その自覚が余りにも欠落していたのは、少し反省すべきかもしれない。
「えへへ、ちょっと目移りしちゃってた……」
「大丈夫。今日のお出掛けを楽しんでくれるのは、とっても嬉しい事だよ、蒼蘭ちゃん♪」
聖は世辞でも気遣いでも無く、本当に嬉しそうな表情をしていた。結果オーライ……と言う事で良いのだろうか?
「おーい、2人とも!
そろそろ本命の場所、行くよ〜!」
エスカレーターの近くで、炎華が手招きをしている。
最初の目的地はこの階の上、アパレルショップだそうだ。
◆
目的地に到着して、俺は事の重大さを再認識した。
まず客層。パッと見た限りでは若い女性しかおらず、女子高生や女子大生、或いは新人OLだろう。今日は5月31日、新しい夏服を吟味する客がほとんどだ。
次に品揃え。ファッションに疎い俺でも分かる事だが、この店は「可愛さ」を重点に置いた経営方針だ。ピンク、レモンイエロー、エメラルドグリーン……マネキンが着る服はどれも明るい色が目立つ。ブラウス、ワンピース、或いはロリータ服……etc.
そして最後に……たった今告げられた、この店へ来た目的。
ここにいる2人の女子高生は、何とこの俺にお洋服を見繕ってくれるらしい。
…………
……
待て。
待て待て待て、待ってくれ!
俺があんな、可愛らしい服を着る……だと!?
「ほい、そんじゃ早速試着室へレッツゴー!」
炎華は俺の手を引き、店の奥へと連行する。
俺の目が動揺で泳ぎまくっている事も、焦りで少し手汗が出ていることもお構いなしだ。
「わ、私にこんな可愛い服似合うかな……?」
「「似合う!絶対似合う!!」
魔女っ娘女子高生2名は、強い口調で断言した。
「このお店は、兎に角品揃えが豊富なの!絶対気にいる服はある筈だし、『サイズの幅』も広いから大丈夫!」
「サ、サイズ……?」
「ほら、セーラって背が低めの割に……おっぱいが特盛サイズじゃん?あーしもそうだけどさ、大っきいと服選ぶのちょっと大変なんだよね〜。
でも、ここなら心配ないから大丈夫!セーラちゃんは、ここで良い子で待っててね☆」
試着室の近くで少しの間、待機するよう言われてしまう。
店の奥からは、
「どうする?無難にワンピース?それとも、セクシーさを活かすタンクトップとか?
セーラの『武器』は、絶対磨いてなんぼだって!」
「それもアリだけど……
蒼蘭ちゃんはちっちゃくて可愛いんだから、ロリータ方面で行くのが良いと思うな。
あ、この新作!フリルが付いてて可愛い!これにしようよ!」
……と言った声が聞こえてくる。
遠目でも分かるが、彼女らはとっても楽しそうだ。
横顔が余りに無邪気過ぎる。小さくて可愛らしい蒼蘭ちゃんを純粋に着飾り、盛大に愛でようとしているのがひしひしと伝わってくる。
そう、彼女らは純然たる善意と好意でここに連れて来てくれたのだ。ならば、俺も覚悟を決めよう。友達が両手いっぱいに抱えてきた洋服を、きっちり着こなそうではないか。
可愛い『蒼蘭ちゃん』として!
◆
「わ〜!
可愛い!可愛いよ、蒼蘭ちゃん!」
ライトブルーのロリータファッションに身を包んだ少女を見て、聖はとっても嬉しそうな表情を見せた。
鏡に映る蒼蘭は、さながら絵本から飛び出した『不思議の国のアリス』だった。恥ずかしさで頬を少し赤らめ、手を組んだり解いたりしている。
鏡の中の可愛らしい少女は、俺の身体と全く同じをしている。その現象は、誰もが目を奪われるこのロリータ美少女が、紛れもなく「今の俺」であるという揺るぎない事実を突きつけてくる。
「想像以上の破壊力だわ!ヤバい、鬼ヤバ!
これ、今まで着たヤツで1番似合ってるっしょ!?」
炎華もとんでもなくご満悦だ。
白地のワンピース、ピンク色のブラウス、英字の入ったTシャツ……確かに色々な服を勧められるがままに着てみたが、これが1番似合ってると思う。
それに、こう言っては何だが……恐らく、この服を着た『瑠璃海 蒼蘭』が一番可愛いと思う。
無論、これは自意識過剰とかでは無い。断じて無い。
客観的目線として、俺は『雨海 惺』として意見しているのだ。
折角服を買うのだ。「一番似合う物を買うべき」と言うのが一般論にして不変の真実だろう。自分が可愛くなりたいとかではなく、蒼蘭ちゃんに似合う服がこのライトブルーのロリータ服なだけだ。
何もおかしい事では無い!そうだろう!?
「じゃあ……これ、買っちゃおうかな?
折角東京の子に選んで貰ったんだし、一番オシャレだよね……?」
「よし、決まり!
それじゃ、早速脱いでレジ行こ!」
炎華はカーテンを閉じて、俺に着替えを促す。
確かに沢山の服を試着して、思いの外時間を取ってしまった。早いところ着替えて、次の渋谷スポットへ行かなくては!
……気の所為だろうか?カーテンを閉めている試着室で、『誰かの視線』を感じる。
それに先程から『虫の羽音』の様な音も、薄っすらと聞こえている。
だが、近くに蚊や羽虫はいない。
そして、違和感はそれだけでは無い。
俺は何度も、新しい服を着た自分を鏡で見た。鏡に映る蒼蘭は、誇張抜きでどれも可愛らしい物だった。当然、皮の中にいる雨海 惺も彼女の愛らしさにとてもドキドキしていた。
それなのに、未来のビジョンが映り込んで来ないのだ。
魔力暴走が起きていない、という事だろうか?
……不可解だが、あまり友人を待たせるのは良くない。頭に浮かんだ疑問は無視して、さっさと着替える事にした。
◆
「はい、どうぞ♪」
『残りの服を戻すから、ひじりんとカチューシャとかシュシュとか見ててよ!』
と炎華に先程言われたのだが……
渡された紙袋には、先程のロリータ服が入っていた。
「へ……?
もしかして、代わりに会計を……?」
「うん!
ちゃんとレシートあるよ。」
「ちょ、ちょ、ちょ!
ちょっと見せて!!」
半ばひったくる様にレシートを取る。
書かれた金額は……結構な値段だぞ。
俺が春休みに買った安い春服の倍以上するではないか!
「いや、これ……
流石に炎華に悪いよ!
渋谷を案内してくれた上にお洋服まで買って貰うなんて!」
「大丈夫!
だって、これは『お礼』なんだから。
あーしと、ひじりんを助けてくれたお礼。
だからさ……何も言わずに受け取って。」
炎華の目は真剣だ。
彼女の言葉に、気持ちに嘘偽りは無い。
……これを突き返すのは、それはそれでダメな気がする。
「分かった……この服、絶対大事にするから!
洗濯とか気をつけて……長持ちさせる様にする!一生大切にするから!」
「うん!大事にしてね♪
後、フリルの服ってクリーニング出さなきゃだけど、そう言うのは『魔法』を使えば大丈夫だから。
学園内では、魔法で汚れを取ってくれるお店もあるんだよ。」
「すごい……便利だね。」
何と言う利便性だろうか。魔女になって良かった、とか思ってしまうじゃないか。
「そろそろ、次の場所に行こう。炎華ちゃん、蒼蘭ちゃん。」
聖に促されるまま、俺たちは次なる目的地へ足を運ぶのだった。