第12話 改めてよろしく!
「ん……うう……ん……」
あれ?俺はどうしたんだっけ?
確か、操られた炎華と戦って、何とか魔力生物を倒して……
そうしたらデカい蜘蛛が校庭に出てきて……
そうだ、俺は魔力切れで気を失ったんだ。
だが、意識は徐々に覚醒している。
ぼやけていた視界が段々と良好になってくる。
「あ……れ?白百合さん?」
「あッ!?
えっと……目が覚めたんだよね、瑠璃海さん!」
目の前には黒髪のおさげ少女、聖の顔があった。
…………
……ッ!?
気のせいだろうか、顔が物凄く近い。
いや、めっちゃ近い。気のせいじゃない。
聖は一見地味目の印象があるが、顔立ちは整っているし、肌もかなりきめ細かい。もしここが共学の学校なら、隠れファンが相当数付きそうな程に美人だ。
その黒髪美少女が、至近距離で俺の顔を覗き込んでいた。まぶたが二重である事が認識できる程に、だ。
しかもよく見ると、顔が若干赤い。目元も少し蕩けている様に見える。
意識が覚醒しきると早速、心臓の鼓動が加速する。
マズい!
魔力が無い今、未来予知が発動すると今度こそ魔力切れに……!
……あれ、ならない?
というか、身体の力が戻っている。心なしか、気分も良い。
「もしかして、白百合さんが私の魔力を回復させてくれたの?」
「う、うん!
厳密には、私は自分の魔力を相手に分ける事が出来るの!
あ、でもコレは最後の手段というか……緊急措置的な物で……
決して邪な気持ちとかは無くて……!」
何故彼女が赤面しているのか分からないが、兎にも角にも聖のお陰で助かったようだ。
「ありがとう、白百合さん!貴女が居なかったら、私は今頃危なかったんだよね。本当にありがとう。」
「ううん、お礼を言うのは私の方だよ。
だって、炎華ちゃんを取り戻してくれて、私の命も救ってくれたんだよ?私の魔力ぐらい、安いぐらいだよ!」
「そっか、どういたしまして。
それじゃ、下に降りた炎華と錫宮さんの所へ行こう?
もうすぐ、決着がつくみたいだから。」
先程ハッキリと見えた未来のビジョン。
今夜の事件は、もう解決したような物だった。
◆
「では、早急に片付けるとしましょう。
私が注意を引きますので、葡萄染さんはトドメをお願いします。」
「おっけ、任せて!」
炎華のサムズアップを合図に、菊梨花は愛刀の菊一文字を『突き』の形に構えた。
そのまま地を蹴り、巨大蜘蛛目掛けて突進する。
当然、相手も黙って突っ立っている訳がない。口からは毒液、足からは糸を出して菊梨花を攻撃する。
帯刀少女は直進しているのだから、それで倒せるのだ。
本来なら。
それが出来なかった理由は、彼女がいきなり加速したからだ。菊梨花の『物体の硬さを自在に変える魔法』で、右足で踏み込んだ地面を陥没させたのだ。それでも身体の進む勢いは前方のままであり、そのベクトルのままに地面の陥没を『解除』したのだ。地面は元に戻り、その力が前進するベクトルと合わさり、菊梨花を前へと押し上げたのだ。彼女の魔法を応用すれば、トランポリンの要領で加速する事も可能と言う訳だ。
当然、柔らかくするだけの魔法ではない。手にした菊一文字は真剣ではなく模造刀だ。だが、その硬さを極限まで高めれば?ダイヤモンドよりも硬い鉄の刃を、猛スピードで突き立てたらどうなるか?
言うまでもなく、巨大タランチュラの身体を刀が貫通した。
だが、これは魔力生物。通常の蜘蛛とは異なり、これでも生き絶えた訳ではない。しかも、大きさは25m以上ある。この大きさだと再生能力も有しているはずだ。
だから確実に仕留める一手を打つ必要がある。
菊梨花のお陰で、炎華には十分な準備時間があった。炎が彼女の両手に集まり、円の軌跡を描いている。その回転は次第に早まり、まるで高速で回転する水車のようだった。
『緋色に燃る炎の水車!!』
炎華は詠唱と共に両手に集った回転する炎の輪を、巨大タランチュラ目掛けて投げ飛ばす。宛らチェーンソーの刃の如く火花をあげて切り裂き、炎の熱で瞬く間に魔力生物の身体は塵と化した。
「はぁ……はぁ……クソッ!クソがッ!」
木の陰から何者かが出てきた。恐らくは今回の事件を引き起こした張本人だ。年齢は40代半ばといった具合だろう。
「お前の、お前の所為でウチの娘は!魔女の道を閉ざされたんだ!」
黒幕は炎華を指差してがなり立てる。暗闇でも目が血走っているのが分かった。彼女は正気ではないのだろう。
「おばさん、もしかしてだけど……ひじりんを虐めてた先輩達の親?」
炎華は心底軽蔑する様な表情で黒幕を見つめる。だとしたら逆恨みもいい所だ。
「ひじりん、凄く困ってたよ?カツアゲされたり、体育館裏で服脱がされそうになったりさ……
友達が泣いているのを、放って置けっていうの?どう考えても、悪いの先輩達じゃん?」
「黙りなさい!あの娘は勉強でちょっとストレスが溜まってただけよ!それに、相手は白百合家の出来損ないでしょう!?
落ちこぼれの小娘で発散したところで……」
「「「お前が黙れ」」」
顔面に炎が、胸には水球が、腹には鞘の打撃が炸裂した。
中年女性は宙を舞い、校庭の木に叩きつけられた。
炎華が振り向くと、そこには聖と蒼蘭が立っていた。
◆
「ごめん、白百合さん……。やっぱり、先に帰ってた方が良かったね。こんな……胸糞悪い場面に遭遇するなんて、思ってなくて……」
俺が見たのは、魔力生物が撃破される所までだ。その後で黒幕が開き直る事も、身勝手極まりない言い分を口にする事も見えていなかった。
その所為で、彼女を傷つけてしまった。
「ううん、大丈夫……。私が家の落ちこぼれなのは事実だし……。」
「そんな事は無いよ。私が断言する。だって、白百合さんのお陰で私は復活できたんだよ?怪我の治療だけじゃなくて、魔力まで回復できるのって凄い事なんでしょう?」
「瑠璃海さん……
ありがとう、瑠璃海さんって優しいのね。」
瞳を潤ませながら、彼女は礼を述べた。
「全く、実に気分が悪くなる事件でしたね。
白百合さん。どうかこんな下劣な無法者の言う事など、気になさらないでください。貴女はこの学園の生徒であり、ここでの勉学に励む権利も資格もあるのです。
そして貴女が学んで積み重ねてきた事は、誰にも否定する資格など無いのです。」
「錫宮さん……」
「ほんっと、腹立つよね!
あーしが虐めてた先輩達と戦った時だって、ひじりんが回復してくれたお陰でやっつけられたんだし!
ひじりんは十分凄いよ、本当に!」
「炎華ちゃん……!!」
聖は泣きながら、炎華に抱きついた。
見ているこっちまで目頭が熱くなる。
「ありがとう、みんな……。
上手く言えないけど、本当にありがとう!
あと、瑠璃海さん……」
「な、何かな?」
いきなり名指しで呼ばれてビックリした。
「もしよかったら、私と友達になってくれませんか!?」
「え、いいけど……
そんな畏まって言われると、なんか照れるな……」
「ご、ごめん!何か、変だったかな?」
「あ、ううん!大丈夫!
それじゃ……改めてよろしくね!聖!」
「うん!
これからよろしくね、蒼蘭ちゃん!!」
◆
こうして、転校初日の長い一日は終わった。
ひょんな事から繋がりを持った彼女達とは、当然良好な関係を築いていきたい。
……
その為にも、俺が『男』だってバレない様にしないとな。