第11話 回復術師、聖の秘密
さて、改めてどうするか……?
取り敢えず炎華と聖、そしてD組の教室で倒れている生徒二人を女子寮へ送り届ける事が先決だろう。
正直、かなり体力と魔力を消耗している。
今日の事件を引き起こした犯人も気になるが、それは学園の先生方に任せた方が良さそうだ。
……なんて甘い考えは、ものの十数秒で霧散した。
雷鳴の如き轟音、赤い稲光、校庭で発生したそれらの現象が、ダンス部部室に居る俺たち全員を震撼させる。
恐る恐る窓から外を見ると、全身から赤黒い光を放つ巨大な蜘蛛が、こちらも巨大サイズの魔法陣から丁度這い出て来た所だった。脚の毛深さから推測するに、恐らくはタランチュラか何かだろう。
そして俺の脳裏には再び、直後に訪れる危険が映像として浮かび上がった。
「!?
二人とも、伏せて!!」
反射的に叫びながら、炎華と聖を床に押し倒す。
タランチュラが『何か』を、こちら目掛けて飛ばしてくるのが見えたからだ。
先程までの予知とは異なり、ビジョンが乱れている。具体的な攻撃方法は分からない。電波の悪いテレビの様で、見ていて少し気分が悪くなる……。
だが、危機的状況には間違いなかったようだ。タランチュラが飛ばして来た液体は、窓ガラスを一瞬のウチにドロドロに溶かしてしまった。十中八九、猛毒の液体だ。
どうやら黒幕さんは予想以上に御立腹らしい。まさかとは思うが、あんな巨大な魔法生物を作り出してくるとは……。
そして当然、あの巨大蜘蛛を作り出した理由は一つしかない。何としても、炎華と聖……そして計画を盛大にぶち壊した俺を始末する気だ。
そしてハッキリ言って、状況は最悪だ。
あの乱れた映像が、今夜使える最後の予知能力だったのだろう。
俺は体内の魔力を全て使い果たした。そしてその反動ゆえか、足に力が入らない。床に四つん這いになったまま、立ち上がる事ができずにいる。博士が俺にかけてくれた『羽衣人形』も、効果が切れてしまったようだ。しかも、気分もかなり悪い。吐くまでは行かないが、胃から喉にかけて不快感が徐々に滞留している。
「瑠璃海さん……?
大……夫?顔……が、顔色が凄く悪……よ!?」
マズい、聖の声が聞こえづらくなってきた。
意識が持たない。
そして、視界が暗転する。
瞼を支える筋肉も疲労の限界だったらしい。
遠のく意識の中、必死に呼びかけてくれる声が聞こえた気がした。
ああ、しまったな……。
どうにか、彼女らだけでも逃げてくれたら良いのだけど。
◆
「ひじりん、セーラを負ぶって先に逃げて。」
炎華は凛とした声色で自分に告げた。
「『先に』って……?
炎華ちゃんはどうするの?一緒に逃げようよ!?」
これが無意味な問答だと言うのは薄々分かっている。
彼女とは短くない付き合いだ。返答内容も凡そ察しがつく。
だが、それでも問わずにはいられない。
「あーしはアソコ、校庭にいるデッカい蜘蛛ちゃんをやっつけに行くからさ。ひじりんは先に女子寮まで逃げててよ。」
やはりそうだ。
炎華はそういう選択をする人間だ。
「一人で行くなんて……無茶だよ。」
「大丈夫。サクッとやっつけて戻ってくるからさ☆
それに……
セーラはひじりんとあーしを助ける為に、命懸けで戦ってくれたんだよね。だったら、次はあーしが頑張る番じゃん?
そんで、セーラを介抱するのは回復役のひじりんがベストじゃん?なら、戦うのは炎華ちゃんの役目っしょ!
それじゃ、行ってくるから!!」
炎華は毒液で溶解した壁から、校庭に飛び降りた。
「炎華ちゃん!!」
巨大蜘蛛は、落下する女子高生に先ず狙いをつけたようだ。
再度口から毒液を、今度は弾幕の様に分散してばら撒いてくる。
「はああああああッッッ!!」
炎華は自分の身体に炎を纏った。轟々と燃え盛る真っ赤な炎は、毒液を瞬時に蒸発させていく。
そのまま地面の着地に備えて、空中で体勢を整える。
が、その必要はなかった。
炎華が地面に降り立つと、グラウンドがまるでクッションの様に沈んでいった。落下の衝撃は全て吸収され、飛び降りたギャルは余計な怪我やダメージを負わずに済んだのだ。
「胡桃沢先生に頼まれて来てみれば……随分と厄介な事に直面した様ですね?」
そこにはグレーの髪をした帯刀副会長、錫宮 菊梨花が立っていた。
彼女が扱うのは、『物体の硬さを自在に変える魔法』だ。校庭の一部を物凄く柔らかい地面にして、炎華の着地を手助けしたのだった。
「これより副会長権限により、生徒会の役割を遂行致しましょう。文字通り、貴女達を『助太刀』させて頂きます。」
彼女は愛刀の『菊一文字』を抜きながら、そう言い放った。
◆
「良かった……錫宮さんが来てくれた!」
彼女が来たと言うことは、生徒会の面々や先生達にも情報が行き届いている筈だ。直に助けが来ると考えて間違いない。
それに、菊梨花は学内でも指折りの実力者だ。少なくとも、この場は彼女ら二人に任せて問題は無い。
なら、自分は自分のすべき事をするまでだ。
改めて、床に倒れ込んだ蒼蘭の容態を確認する。
彼女は体内の魔力が完全に枯渇した状態だ。早急に何かしらの処置をしないと、体内に後遺症が残ってしまう。今後、魔法の使用にも影響が出てくるだろう。
一番良いのは、今すぐ彼女の身体に魔力を注ぎ込む事だ。だが、魔力の回復薬は医務室にしか無い。それに、気絶した蒼蘭に飲ませるのは無理だ。こういったケースだと、医務室へ連れ込んで点滴を打たせる事になる。
そう、通常の措置であれば。
白百合家の魔女は、自分の魔力を他者に分け与える事ができる。しかも普通の回復魔法と同程度の手間で、だ。そして彼女ら一族は他の魔女と比較して、体内に保有する魔力が圧倒的に多い。落ちこぼれの聖ですら、成人した魔女の3倍近い魔力を保有している。
しかし、一族の中で聖だけは他者に魔力を分け与える際、特殊な手順を踏む必要があった。それが『落ちこぼれ』と称される所以であり、自分自信ではどうにもできない体質だった。
この方法は人前では取れない。だが、今の蒼蘭は気を失っている。彼女にバレる危険性は無い。何より、彼女は自分と友人の為に危険を冒してくれたのだ。自分の羞恥心ぐらい、安い物だ。何なら蒼蘭にバレて、彼女に嫌われたって構わない。
だから私は意を決して、蒼蘭に顔を近づけ……
彼女の唇に、自分の唇をそっと重ねた。
そのまま、自分の魔力を分け与える。急激に注ぎ込むのは御法度だ。慎重に、ゆっくり少しずつ、必要な魔力を与える。
人形の様に愛らしい見目でありながら、時に凛とした表情をも見せ、絶望的状況から救い出してくれた少女。可憐で、美しく、頼もしい恩人の瑠璃海蒼蘭を救う為に。
聖ちゃんは、ちょっと蒼蘭ちゃんに惚れかけています。
主人公がこんな感じで、無意識のうちに罪を重ねて行く作品でもあります。どうかご容赦の程を。