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片翼の小鳥  作者: Atyatya
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第七話 愛

「ひっ!」


 小さく悲鳴を上げつつ、尻もちをつく僕。まさか、こんなところに人の死体があるなんて思いもしなかった。


 この鞄はこの人の持ち物、ということだろう。


「勝手に使っちゃって、呪われたりとか、しないかな?」


 恐怖で震える声で兄ちゃんに問う。そんな僕の問いに、押さえ込んでいるが、若干震えている声で兄ちゃんが答える。


「だ、大丈夫だろ。……たぶん。」


「たぶんって。」


 兄ちゃんの適当な返答にやや不安が残るものの、もうすでに使ってしまったのだから、今更考えても仕方がない。そう考えるようにする。とりあえず、アンデッドではないようなので、なるべく視界に入れないように、骸骨を背に焚き火で体を温める。兄ちゃんも同様に、焚き火の前に座り込む。


 兄ちゃんはおもむろに、鞄を再度、漁り始める。


「ちょっ、兄ちゃん!?」


 僕はその行動が理解できず、兄ちゃんを止めようとする。先程まで呪われるかどうかの話をしていたはずなのだが。


「この先、何が起こるかわからないんだ。呪いに恐れてなんかいられない。」


 そう言い、物色を続ける兄ちゃん。たしかに、この鞄には、何か役に立つものが入っているかもしれない。兄ちゃんがそこまで考えているというのに、僕はそれを悪いことのように思ってしまった。そのことが恥ずかしく、兄ちゃんから目を逸らし、焚き火へと目を向ける。


 しばらくして、兄ちゃんが何かを見つける。


「これは、メモ帳?」


 兄ちゃんは鞄を置き、そのメモ帳を開く。僕はそれを覗き込む。そこには何かの地図のようなものが書かれている。次のページには単語のようなものがいくつか書かれている。その次はまた、何かの地図。その次、次、とめくっていく。すると、あるページに赤黒いシミがいくつか付着していることに気がつく。そこにはびっしりと文章が書かれている。だが、僕たちは文字が読めない。そのせいでここに書かれていることを理解することができない。しかし、なぜかこのページから目を離せない。文字から温かみが伝わり、懐かしい気分になる。そのページがとても愛おしく感じ、思わず抱きしめてしまいそうになる。そして、なぜか、泣きたくなる。兄ちゃんも同様なのか、ページをめくっていた手で、文字をなぞり、懐かしそうに目を細める。


 この文章は、おそらく誰かに向けてあの人が書いたものなのだろう。そしてその人をあの人は愛していた。そんなことが伝わってきた。最初は怖かったが、そういった感情を、かつてあの人が持っていたと考えると、もう、恐怖は無くなっていた。


「きっと、この文章は、あの人の大切な人に向けたものだよね?」


「そうだろうな。」


「なら、ここに置いとこうよ。その人がここに来たら、読めるように。」


「……ああ。」


 兄ちゃんは鞄の中にメモ帳をしまい、骸骨の側にそっと置く。僕も兄ちゃんの後ろをついて行き、この人がどんな人だったのかを想像する。きっと優しくて、笑顔が素敵な人だったことだろう。


「それは返すよ。」


 優しさのこもった声で骸骨に話しかける兄ちゃん。


「けど、あの石とナイフ、それと毛布はもらってく。」


 そう言って、ナイフと、どこからか持ってきたのだろう、毛布をそれぞれの手に持ち、焚き火の近くに置いてある石を目で指し示す。悪いな、と言って焚き火の近くへと戻る。


 心から恐怖の感情がなくなると、一気に眠気が襲う。コクン、コクンと首が揺れるのを感じる。


「そろそろ寝るか。」


 兄ちゃんがあくび混じりにそう言って、毛布を持って近づいてくるのを感じる。隣り合わせで横になる。地面は石でできているため、頭を動かすとゴリッと音がする。顔を兄ちゃんの方へ向け、就寝の挨拶をする。


「おやすみ、兄ちゃん。良い夢を。」


「ああ。良い夢を。」


 良い夢を。何故か昔から、お互いにそう言ってから眠りにつく。そうすることで安心して寝られる。目を瞑り、襲いくる睡魔に身を委ねる。もうじき寝てしまうことを自覚する。今日はどんな夢が見られるのか、少しワクワクしながら意識を手放すーー。


 暖かい。誰かに抱かれている。安心する。隣で赤ちゃんの鳴き声がする。


「よしよし、泣かないでーー。お兄ちゃんでしょー。」


 柔らかい口調で赤ちゃんに喋りかける若い女性。それでも何か不安なのだろう、泣き続ける赤ちゃん。僕は赤ちゃんの左手を右手で握る。自分の手も同じように小さい。


「ーーは優しいねー。」


 女性に褒められる。嬉しい。いつのまにか泣き止んでいる赤ちゃん。良かった。


 場面が切り替わる。夢では良くあることだ。


 また誰かに抱かれている。口の中に何かを入れられる。それをゆっくりと嚥下する。


「いっぱい食べて大きくなりな、ーーちゃん。」


 しわがれた声で老婆がそう言う。お腹が満たされ、眠気が襲ってくる。リズムよく体を揺らされ、眠りにつく。

 とても心地よい夢。


 ーー肌寒さを感じる。ゆっくりと目を開け、洞窟内に入ってきている朝日に目を細める。目を擦ると、手が少し濡れることに気がつく。どうやら涙が出ていたようだ。夢を見たことは覚えているが、その内容までは、はっきりとは思い出せない。ただとても懐かしい夢だった、ということはわかる。体を起こし、少しボーとする。すると兄ちゃんも目を覚ましたのか、大きく息を吸い込み、そして吐き出す音が聞こえる。目を閉じたまま上体を起こし、両腕を上に向けて伸ばす兄ちゃん。


「おはよ、兄ちゃん。」


「……んー。」


 半分寝ている状態で返事が返ってくる。これは、そのまま二度寝が始まる時の返事の仕方だ。僕は兄ちゃんの肩を掴み体を揺らすことで、兄ちゃんを無理やり覚醒させる。


「兄ちゃん、朝だよ。」


 少しして、目を開ける兄ちゃん。


「はよー。」


 あくびとともに適当な挨拶が返ってくる。何とか起床した兄ちゃんは昨晩とっておいた枝を使って火を起こす。冷えていた体が再び熱を持ち始める。


 ジッと火を見ていたら、今日見た夢のことを考えてしまう。不思議な夢。一度どこかで体験したことのあるような、そんな既視感のようなものを感じた。そのことを兄ちゃんに語る。すると兄ちゃんも同じような夢を見たという。その夢で兄ちゃんはソルと、呼ばれていたという。ソル、何だかしっくりくる。元々そうであったかのような、足りなかったものがピッタリとハマったようなそんな感じがする。


「お前は? 何て呼ばれてたんだ?」


「僕は……。」


 僕は言葉を止め、夢の内容を思い出す。あの、暖かい夢を。


「シエル。」


 口に出した途端、自分の中にストンと何かが入ったような感じがした。初めて、自分が何者かになったような感覚、とでも表現すればいいのだろうか。

 なぜ、夢の中でこの名前で呼ばれたのかはわからない。この名前に聞き覚えはない。そもそも、僕たちは名前で呼ばれたことがない。いや、そもそも名前なんてないのかもしれない。物心つく頃には、すでにあの孤児院にいた。おそらく親は、死んだか、僕たちを捨てたかのどちらかだろう。そこのところも、よくわかっていない。それなのに、なぜ……。疑問で頭が埋め尽くされる。


 二人して黙り込んでしまう。洞窟の外の音が硬い岩肌に反射し、こもったような音になり、耳に入ってくる。


「ソルって兄ちゃんにピッタリな名前だね。」


「シエル。……お前の名前もな。」


 一度、口に出してみる僕たち。


「この名前で呼び合おうよ。」


 元々、名前に憧れはあった。名前は親が子供に対して、願いを込めてつけると聞いたことがある。そのため、孤児院で名前を持った子供たちに馬鹿にされることもあった。


「……そうだな。……ああ、そうしよう。シエル。」


「うん、ソル……兄ちゃん? ……なんか、変な感じだね。」


 いつも兄ちゃんと呼んでいたため、違和感がある。そんな僕に、兄ちゃんは微笑みを浮かべながら解決策を提示してくれる。


「兄ちゃんでいいよ。お前が名前を知ってくれているだけで……。それに……兄ちゃんって呼ばれるの、嫌いじゃ、ないしな。」


 頬を朱に染めながら目線を逸らし、そういう兄ちゃん。僕は無性におかしくなり、笑ってしまう。そんな僕を、目を丸くして見てくる兄ちゃん。そして、つられて破顔する。二人で少しの間、笑い合う。

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