第六話 過去の人物
「ピ、ピィ。」
死んだはずの小鳥が鳴き出した。その異常な光景に僕も、兄ちゃんも目を丸くする。言葉は喉に詰まり、出てこない。
残っている右翼を動かし、折れていない方の左足で立ちあがろうとするが、右足が折れているため、こけてしまう。それを何度も繰り返す小鳥。左翼からは残っていた血液がポタポタと滴っている。
生き返ってくれた。それを願い、期待もしたが、今、本当にそれが叶ったにもかかわらず、僕の心の中は、悲しさや、申し訳なさが湧き上がっている。もう死んでいるのに、無理やり体を動かされている。原因はやっぱり、あの黒い光だろう。
「ま、まさか、それは……。」
戸惑った声。それは園長先生の口から漏れ出ていた。右手の指で力なく小鳥を指差し、目を見開き、右足が少し後ろに下がっている。いい加減、暗闇に目が慣れてきて、表情も認識できる。
ここまで取り乱した園長先生を見たことがない。それだけこの状況が異常だということだ。
この状況を作った兄ちゃんへ声をかける。
「兄ちゃん、やめてあげて。見てられない。」
兄ちゃんも驚いていたところを見るに、意図して動かしているわけではないことはわかる。それでも、この状況を作り出したのが兄ちゃんなら、元に戻すことができるのも兄ちゃんしかいない。
「え? いや、でも。」
どうやったらいいのかわからない、そんな声が聞こえてきそうな顔をする兄ちゃん。やはり、意識して戻そうとしても無理そうだ。しかし、数秒後、小鳥は再び動きを止め、その場に倒れ込む。まるで糸が切られた、操り人形のように。
「あ、あぁぁ! くそっ!! あのババアめ、面倒なことをしてくれた!!!」
それまでブツブツと独り言を呟いていた園長先生が急に大きな声を上げた。ババア、その一言が何故か気にかかる。
「いや、落ち着け。これも想定していたはずだ。そう、そうだ。」
何かを納得した園長先生が再び僕たち二人の髪の毛を掴み、引き摺りながら移動を始める。
孤児院を囲んでいる、木で作られた簡素な柵。正面だけ、人が通ることができるように柵と柵の間が空いている。そこを通り、二人して放り出される。
倒れたままの僕たち。蹴られたり、殴られたりしたため、身体中が痛み、力が入らない。その状態のまま園長先生を見上げる。落ち着きを取り戻した園長先生が僕たちに向けて口を開く。
「出ていきなさい。もうここに、お前たちの居場所はない。どこか遠くで、人様に迷惑をかけないよう、早々に死になさい。」
そう言い残し孤児院へと戻る園長先生。
孤児院には戻れない。そう思うと、何だか心が軽くなった気がする。もともとあそこに居場所はなかった。園長先生からは過酷な労働を強いられ、子供達からは嫌がらせを受けていた。そんな場所にもう帰らなくてもいい。嬉しい、と同時に、何故か一抹の寂しさを感じた。それがなぜなのかはわからない。兄ちゃんに聞けばわかるかな、と思い、隣に倒れている兄ちゃんに声をかける。
「良かったね、もう、帰らなくていいんだって。」
「ああ。」
「これで、僕たちは自由だね。」
「ああ。」
「……でも、何でだろう、少し寂しい気がする。」
「……ああ。」
同意はしてくれるが、理由は答えてくれない。いや、答えたくても答えられないのかもしれない。同じだけ生き、同じ時間を共有する僕でもわからないのだ。兄ちゃんがわからなくてもおかしくない。
とりあえず、今はこれからのことを考えよう。そう思い、思考を切り替える。しかし、少しの間考えたが、何も思いつかない。そもそも、何をすればいいのかが、わからない。
「今日、森の中でお前が座ってたところ、あるだろ? あそこの奥に洞窟があったんだ。あの辺りはまだ、森の浅いところだから、とりあえず、あそこに行ってみよう。」
何も考えつかなかった僕にそんな提案をしてくる兄ちゃん。
兄ちゃんが、僕のそばからいなくなったあそこ。その奥に洞窟があるなんて知らなかった。そこなら安心して睡眠が取れるかもしれない。今日は色々あって疲れた。早く睡眠を取りたい。
「わかった。そうと決まれば、早く行こ。」
悲鳴をあげる体に鞭を打ち、起き上がる。僕が動くと兄ちゃんも続けて動く。時折、痛みが走るのか、うっ、と呻き声を出しながらその部分を手で押さえ、動きを止める。そんなことをしながら、森に向けて足を進める。
***
目の前にはきのみのなる低木。今日、僕と兄ちゃんが離れ離れになった場所に辿り着いた。暗く、足元がおぼつかないため、僕たちは手を繋いでここまで来た。途中、遠くでバサバサと何かが羽ばたく音や、ガサガサと近くで動いているような音が聞こえてきた。その度に僕の足は止まり、肩は跳ね、体が固まる。そんな僕の手を強く握ってくれていた兄ちゃん。でも時々兄ちゃんの方から痛いくらい握ってくる時があった。兄ちゃんも恐怖を感じることに少し驚きつつ、いつもは見れない可愛い部分が見れたことに嬉しさが込み上げてきた。
「この奥だ。」
左手は僕の右手を握っているため、右手で洞窟があるという方向へ指を差す兄ちゃん。それから数分後、正面に崖が見えてくる。近づくと崖の表面に穴が空いている。兄ちゃんが言っていた洞窟だ。
洞窟に入る。洞窟内は月明かりが届かず、奥へと暗闇が続いている。少しだけ進んでみる。すると何かが壁に寄り添う形で存在しているのが見えた。兄ちゃんも気づいたのか、2人で近づいてみる。手を伸ばせば触れられる距離まで近づき、それが何なのか確認する。
手で触ってみる。硬く、冷たい。
「これは、鞄か?」
隣で同じように触って、それが何なのかを確認する兄ちゃんがそう言う。僕とは違うものを触ったのだろう。ゴソゴソという音がなる。しかし、手触りだけではわからなかったのか、諦めて月明かりが届くところまで移動し、改めて物色する。その中の一つを取り出す兄ちゃん。それは見覚えのある赤い石だった。
「これ、確か火をつける道具だ。」
孤児院で職員の一人が、食事を作るときにこの石を使い、火をおこしていたのを覚えている。火は何とかなる。あとは燃やすものが必要だ。
「これで木の枝を集めてこよう。」
そう言いながら刀身が剥き出しのナイフを見せてくる、兄ちゃん。鞄の近くに落ちてた、とそのナイフの入手場所を教えてくれる。その提案に頷き、僕は落ちている枝を拾い集め、兄ちゃんは少し太めの枝を木から切ってくる。
僕は、集めてきた枝を洞窟の入り口付近に置く。そして、空気を含むように隙間を開けて密集させた枝に向け、石を持つ。しかし、何も起こらない。振ってみても何も起こらない。兄ちゃんが僕の手から石を取り、同じように火をおこそうとするが、やはりつかない。
「壊れてるのかな?」
火がつかない理由をこの石のせいにする僕。だが、兄ちゃんは首を横にふる。
「確か、魔力を込めると火がつくって、子供達に教えていたはずだ。」
魔力、聞いたことはあるが、それが一体何なのか、あまり理解していない。それは兄ちゃんも同様なのか、二人してうーんと唸る。他に魔力について聞いたことのある情報は、不思議なことを起こすために必要だということぐらいだ。そこから考えると答えが出てくるかもしれない。不思議なこと、不思議なことと、頭の中で繰り返すと、一つ思い出した。
「兄ちゃん、黒い光って、魔力じゃない?」
僕たちがつい先ほど経験した不思議な現象。死者をも蘇らせることのできる光。これが魔力でないなら何なのか。兄ちゃんは、なるほど、といい、再び石を枝に向ける。ふんっ、と気合の入った声を出すとともに火も出していた。石から飛び出た火は枝に飛来し、着火。枝が燃え上がっていく。あたりに光と暖かさが充満する。喜んだのも束の間、ふと、先ほどの硬いものが何なのか気になり、後ろを向く。そこには壁に背中をあずけている骸骨があった。