第二話 弱者の気持ち
雪が溶け、暖かい風が小鳥の歌声を運んでくる季節。朝の水汲み、孤児院の掃除、洗濯物を干すと少しの自由時間ができる。いつもその時間で森の中へ遊びに行っている。今日も兄ちゃんと一緒にきのみでも取ろうと思い、孤児院の正面を通る。
すると、扉の前に三人の子供たちが座っているのを見つけた。クスクスと嫌な笑い声が聞こえる。この音が聞こえたら大抵、嫌なことが起こる。それに、あの三人はいつも僕らを馬鹿にしてくるから、なるべく近づきたくない。
兄ちゃんは見なかったことにして足早にその場を後にしようとする。僕も兄ちゃんに続こうと歩き出そうとしたその時、微かな、ともすれば聞き逃してしまいそうな、そんな鳴き声が耳に届く。
「何してるの?」
なぜそんな行動に出たのかわからない。気づいたら僕の足は彼らの方へ送り出されて、喉は口へ空気を送り、口はその空気を言葉へと変換していた。こちらを振り返る彼らの足元には力無く横たわっている小鳥が見える。片方の翼は羽を捥がれ、あたりに散乱している。その横に拳大ほどの石が置いてある。それで翼を叩いたのだろう、形が歪になっている。兄ちゃんもそれに気付き、鋭い視線を3人に向けている。
三人の真ん中に座っていた男の子、リチャードが口を開く。
「てめぇらには関係ねぇだろっ。話しかけてくんなっ。」
両サイドに座っている二人、ケインとルータスが、そうだ、そうだと賛同する。そんな三人の間から小鳥と目があったような気がした。何とかしないと、そんな気持ちが腹の底から湧いて来ているように感じた。三人から向けられる嫌悪の目など、今は何とも思わない。もう一度、彼らに声をかける。
「その子、そのままだと死んじゃう。早く手当しないと。」
そんな僕の言葉に対して、は?っと笑いの混ざった声が返って来た。
「死ぬところが最高に笑えんじゃん。だからやってんだよっ。」
当然かのようにそう言う。いや、彼らの中では、それは当然のことなのだろう。死、それは自分達が弱者に与えるもので、その弱者が苦しむ姿を見て。愉悦に浸り、喜びを得る。それが彼らの遊び。なんてことはない、彼らは知らないのだ、弱者の気持ちを。それが許せない。弱者だって生きている。感情を持ち、思考し、行動している。それを誰かが奪うなんてことは、あってはならない。それがたとえ、人でなくても。
僕の怒りが彼らに伝わったのか彼らは笑みを浮かべていた顔を不機嫌そうに歪める。
「何だよその目、双子のくせに調子に乗んな!」
怒気のこもった声でそう言いながら、足元にある石を力一杯投げてくる。このままだと顔に当たる。
まさか、石を投げてくるとは思わなかった。すぐには身体が動かない。僕は目を瞑り、衝撃と痛みに備える。しかし、いつまで経っても顔に痛みはこない。恐る恐る目を開ける。そこには誰かの手がある。その手には先ほど投げられた石が握られている。誰の手なのか、考える必要はない。歳は同じはずなのに、僕よりずっと大人びていて、頼りになる。兄ちゃんは、今日も助けてくれた。
「あ゛?」
兄ちゃんの一声。怒りが滲み出いて、それを聞いた三人の顔は恐怖で支配されている。いつも僕に嫌がらせをしてくる彼らから守ってくれる兄ちゃん。僕が止めるまでやり返してしまうから、彼らにとっては恐怖の対象だろう。そんな兄ちゃんが、いつもより怒っている。それだけで、彼らが逃げ出す理由は十分だった。石を投げて来たリチャードが、行こうぜと二人に声をかけ、扉を開け、孤児院に入って行く。
バタン、と扉が閉まると同時に、兄ちゃんの手から石が落ちる。そして、兄ちゃんは苦悶の表情を浮かべる。勢いよく投げられた石を受け止めた手は赤く腫れ上がっている。
「ごめん、僕のせいで。」
僕が石を避けていたら、兄ちゃんは怪我をしなくて済んだのに。後悔したところで現実は変わらないが、自分を責めないと、自分で自分を許せそうもない。それがたとえ、ただの自己満足だとしても。兄ちゃんは、問題ない、と答えるが、やはり痛そうだ。そっと腫れた手に両手を添える。
「早く冷やそう。」
そう言うが、兄ちゃんは小さな笑みを浮かべ、
「本当に問題ないって。……それに、お前が手を添えてくれると、なぜか痛みが引いていくような気がするんだ。」
と言う。手を添えるだけで痛みが消えるなんて魔法みたいなこと、あるわけない。僕に心配させまいと、気を遣っているのだろう。
それより、と兄ちゃんは小鳥のほうを見ながら言う。
「あの子を、早く手当てしてやれ。」
そう言われて小鳥の方を見る。まだ息はあるが、いつ死んでもおかしくない状態に見える。とはいえ、このまま放置もできない。急いで小鳥へ駆け寄り、僕と兄ちゃんが暮らしている小屋へなるべく刺激を与えないように運んだ。
***
孤児院の左手にある畑のさらに奥。僕と兄ちゃんが暮らすその場所で僕は小鳥の手当てをしている。孤児院から包帯などを持ち出しているため、園長先生にバレると怒られるが、それでもこの小鳥は助けたい。その一心で包帯を巻く。なるべく傷を刺激しないようにゆっくりと、慎重に手を動かす。
「? ……今、白い、光が、……いや、気のせいか。」
そんな僕を見ていた兄ちゃんが何かを口にする。しかし、集中していた僕には、兄ちゃんが何を口にしたのか、わからなかった。