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片翼の小鳥  作者: Atyatya
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第十四話 新しい家族

 笑い声が聞こえる。聞き慣れた、嫌な笑い声。ニタニタしている老人の顔。鉄の香りがする、薄暗い研究室。


 なるほど、これは夢だ。過去の記憶を追体験するかのようなそんな夢。


 老人は長く、先端が尖っている鉄の棒を逆手に持ち、ゆっくりと近づいてくる。もちろん、逃げられないように拘束されている僕。しかし、それでも逃げようと踠く。


 ゆっくり、ゆっくり。鉄の棒の先端を左目に近づけてくる老人。


 ドクドクとうるさい心臓。早く、浅くなる呼吸。やめて欲しいと懇願するが、聞き入れられない。止まるどころか、一気に加速する。まるで、頭を貫通させるかのような勢でーー。


「ッ!! ……はぁ、はぁ、はぁ。」


 勢いよく目が覚める。寝汗の影響で服が張り付いて気持ち悪い。心臓は夢と同様に、高速で脈打っている。


「大丈夫ですか?」


 心配そうな顔で僕の顔を覗き込んでくる少女。そんな少女の行動のおかげで、自分が先ほどまでとは違う環境にいることに気がつく。


 僕は、仰向けでベッドの上に寝ている。そのベッドの右隣に椅子があり、そこに少女が座っている。少し短めの金髪を後ろで一つに結んで、黒と白のコントラストが綺麗な、ヒラヒラした服を見に纏っている少女。そして、僕と彼女がいるこの空間は、見たこともない、綺麗なもので満たされている。カーテンや、シーツ、絨毯に至るまで、すべてが高級と表現されるものばかりだ。なぜこんな場所で寝ていたのか、疑問に思う。


「そのままお待ちください。今、当主を呼んでまいりますので。」


 言って部屋から出ていく金髪の少女。わけがわからない状況で放置されてしまった。


 手持ち無沙汰になり、上体を起こして窓を眺める。太陽の光が差し込み、あたりの明るさを保っている。太陽の角度から見て、おそらく、夕方ぐらいだろうか。


 ボーと外を見ていると、コンコンとドアをノックされた。そして、


「失礼するよ。」


 と、男の声がした。そのままドアが開けられ、外から三人の大人と先ほどの少女が入ってくる。


 三人中二人は男だった。一人は三十代ほどで、白を基調とした豪華な衣装を着た男。髪も白く、金色の瞳が理知的な印象を与える。


 もう一人の男は六十程だろうか。髪の毛は灰色で、片眼鏡をかけ、高身長を際立たせるような黒い服を着こなしている。


 そして、最後の一人は女性だ。薄い黄色のドレスを身に纏っている。長い栗色の髪。その髪の後ろに黄色い花を模った髪飾りをつけている。だが、他の大人たちと比べると見劣りする顔立ちをしている。整った顔立ちとは言い難いが、だからと言って容姿が劣っているというわけでもない。普通、という言葉が一番しっくりくる。化粧もしているのだが、薄く、元の顔を崩さないようにしてある。しかし、普通であるがために、少し親近感を感じた。


 四人は先ほど少女がいた場所、ベッドの右側に来る。そして、白髪の男が笑顔で話しかけてくる。


「初めまして、僕はこの辺りの統治を任されている、レン・ゼノバラン、よろしくね。そして、隣が妻のキルシア。」


 自己紹介を始める白髪の男、レン。レンに紹介された女性、キルシアも軽く微笑み、よろしく、と言う。


「君は森に隣接した街道に倒れていたんだよ。そして、そこを通りかかった僕達がここまで運んだんだ。」


 そう言えば、意識を失う前に馬車を見た気がする。その馬車はこの人達のものだったのだろう。


「君の名前は? なぜ、あんなところに倒れていたのかな? ご両親はどうしたの?」


 そう言って事情を聞き出そうとするレン。


 いい加減この展開にも慣れてきたなと感じる。この後は僕が双子であることを知って、殺そうとするか、追い出すかのどちらかだろう。今ここに兄ちゃんはいない。嘘を吐いてもバレないだろう。しかし、それでは兄ちゃんとの繋がりを否定することになる。そんなのは絶対に嫌だ。そう思い、僕は本当の生い立ちを話すことにした。


***


 僕は話した。双子であることや、兄が黒髪であることを踏まえて、全てを。


 また、あの顔をされる。そう思うと憂鬱になり、下を向く。


 次の瞬間、何かが全身を包み込んでいる感触に襲われる。柔らかく、温かい感触。混乱する頭で何とか状況を理解する。誰かに抱きつかれている。そして、その誰かは鼻を啜っている。僕の話を聞いて、泣いている。そんなあり得ない状況のせいで、さらに困惑する僕。


 横にいる他の人たちを見る。レンは悲しそうな顔を、少女と老人は表情を変えず、目を瞑っている。


「……大変だったわね。」


 震える声で労ってくれるキルシア。頭を撫でてくれる。兄ちゃんとはまた違った安心感がある。この人は、人の気持ちを共感し、一緒に悲しんでくれる。こんなことは初めてで、僕ももらい泣きをしそうになるが、何とか堪える。


「そうだわ! 私たちの子にならない?」


 そんな僕の気持ちをよそに、ぶっ飛んだ提案をしてくるキルシア。この発言に老人や少女は目を丸くして驚いている。しかし、レンは頷き、


「そうだね、そうしよう。」


 と言っている。急展開すぎてついていけない。何をどうしたらそんな話になるのか。そんなことを思ったのは僕だけではないようで、老人が口を挟む。


「お待ちください。身元の不確かなものを、屋敷に招き入れるということだけでも問題だというのに、そんな子を養子にするのは流石に……。」


「ローウィン、言いたいことはわかるが、人として、こんな子を見捨てる真似はできないよ。それに、僕たちもそろそろ子供が欲しかったところでね。」


 ローウィンと呼ばれた老人の言葉を遮り、レンが言う。


「それに、彼なら僕の子として相応しいと思うが?」


 それでも渋っていた老人に対して、僕の髪を見ながらレンが最後のダメ押しをする。すると老人も折れたのか、はぁ、とため息をついて、かしこまりました、と言ってそれ以降口を噤む。


「それじゃあ、エレノア。君を今日から彼の専属メイドに任命する。」


 エレノアと呼ばれた少女、その顔には驚愕が張り付いている。


「お待ちください! 私はゼノバラン家にお仕えするためにメイドになったのです! それなのに、貴族でもない平民に仕えろと仰るのですか?」


 レンの命令に異を唱えるエレノア。


「エレノア。今から彼も、ゼノバラン家の人間だよ。それに次期当主でもある。立派なメイドのエレノアが、そんな態度でいいのかい?」


 立派なメイドという言葉に、反応するエレノア。わかりました、と言ってそれ以降喋らなくなる。黙っているエレノアに目をやる。睨まれてしまった。きっと彼女は平民が嫌いなのだろう。それなのに、平民である僕に仕えると聞いて、内心穏やかではないことは想像に容易い。


「さて、先にお風呂に入ってくると良い。その後、食事にしよう。エレノア、あとは頼んだよ。」


 そう言って出て行こうとするレン。僕を抱きしめていたキルシアとローウィンもその後に続く。


 残されたのは僕とエレノア。気まずい空気が流れる。しかし、そんな空気を破ったのはエレノアの方だった。


「レン様の命令だから、仕方なく仕えて差し上げます。しかし、必要最低限しかいたしませんので。それでは、浴場に案内いたします。ついてきてください。」


 そう言って部屋から出て行こうとするエレノア。これは、ついて行かないと、さらに機嫌が悪くなる気がする。僕は黙ってついて行くことにした。

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