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片翼の小鳥  作者: Atyatya
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第十三話 別れ

 あの日から僕は、注射と四肢の切断を繰り返されていた。


 初めは、指先や耳などの限定的な部位の切断だったが、次第に、腕、脚などへと変わっていった。それが一通り終わったら、今度は切断ではなく、道具を使って曲がらない方向へと捻られたり、刺されたり、燃やされたり、潰されたりと、さまざまな方法で実験は繰り返された。


 どのくらいここにいるのか、わからない。いつまでここにいなければいけないのかも、わからない。


 暗い牢屋の中、頼りなく揺れている蝋燭の火。火を見ていると色々なことを思い出す。楽しかったこと、嬉しかったこと。そんなことばかりが蘇ってくる。そして、兄ちゃんのことを懐かしく感じている自分に気がつく。兄ちゃんに会いたいという気持ちも薄れてきてしまった。今はただ、この地獄のような生活が、一刻も早く終わることを願い続けている。たとえそれが死であってもだ。


 そんなことを考えていると、老人が扉を開け、牢屋のある部屋へと入ってくる。


「さあっ! 最後の準備をしようかっ!」


 そう言う老人は、いつも以上に愉快そうに見えるが、少しだけ、緊張しているように感じた。


***


 連れてこられた部屋はいつもとは違い、大量の蝋燭でその部屋の明るさを保っている。そして、床の真ん中には巨大な羊皮紙に精密な模様が書かれたものが、敷いてある。その模様は人が描いたにしては精巧すぎ、気味が悪い。


「……兄、ちゃん?」


 そして、その羊皮紙の上には懐かしく、見慣れた顔の人物が、手足を縛られ、座っていた。兄ちゃんもこちらに気がつき、驚いた表情をする。


「シエルッ!」


 僕の名前。久々に呼ばれると、懐かしい日々を思い出し、目頭が熱くなり、鼻水がてで、唇が小刻みに震え出す。


「てめぇ、シエルを離せっ!!」


 老人に対して怒鳴る兄ちゃん。勢いをつけて言ったため、体勢を崩してしまう。そんな状態でも老人を睨む兄ちゃん。しかし、それでも飄々とした態度を崩さない老人。


「そう大きな声を出すでないっ! そこまで耄碌した覚えはないぞいっ!」


 そう言って、僕を兄ちゃんと同様に羊皮紙の上へと移動させる。そして、老人自身も羊皮紙の上、僕たちの前へと移動する。


「そんなに、二人一緒がいいのならばっ! こちらとしても好都合っ!」


 そう言って両手を上げ、天を仰いでいた顔をこちらへと向ける老人。


「君たちを、常に一緒にしてあげようっ!」


 その声と同時に、胸から熱が伝わってくる。いや、これは熱ではない。痛みだ。何度も、この熱のような痛みに襲われたため、理解できる。ゆっくりと自分の胸を見る。そこには、風でできた刃物のようなものが僕の心臓を貫いている光景が広がっていた。今まで、心臓を刺されたことはない。これは、もしかすると本当に死ぬのではと、脳が理解し始める。


 兄ちゃんに助けを求めるように、目線を向ける。すると、そこには鏡でもあるのか、全く同じ光景が存在している。鏡の僕も、こちらを見て、目を見開いている。


 いや、わかっている。これが鏡ではないことに。髪の色が全く違うため、それが、兄ちゃんであることは疑いようもない。ただ、それでも兄ちゃんが死にそうになっている、ということが受け入れられない。そのため、鏡であって欲しいと、そう思ってしまう。


「……シ、エル。」


 口から血を垂らしながら、兄ちゃんが名前を呼んでくる。


「……兄、ちゃ、っ! ゴホッゴホッ!」


 それに答えようとすると、口の中にあった血が気管に入り、むせてしまう。そんな僕を見て、ひどく取り乱す兄ちゃん。


「あ、ああ、ああぁぁぁぁあああ゛あ゛!!」


 そして、下にある模様が光出す。それと同時に老人は笑い出す。


「いいぞっ! ここまでは順調だっ!」


 そんな老人の胸から拳大ほどの光る玉のようなものが出てくる。そして、それが二つに分かれ、僕たち二人へと向かってくる。そして、スゥと胸の辺りへと吸い込まれる。そこで、僕の意識は途絶えた。


***


 目が覚める。辺りを見回すと、先ほどと何一つ変わらない部屋がある。しかし、部屋は変わらずとも、他のところに変化は訪れていた。まず、老人がいない。老人が来ていた服は落ちているが、肉体が跡形もなく消えている。他にも、僕と兄ちゃんの手足を縛っていた紐が切られている。まるで刃物で切られたかのように綺麗な切り口。一体誰が、と考えようとした時、兄ちゃんの体が目に入る。意識を失う前の記憶が蘇る。


「……兄ちゃん? 兄ちゃん!」


 顔色が悪く、目を開けたまま意識を失っている兄ちゃん。胸からはまだ血液が漏れ出ている。肩を揺らそうと兄ちゃんに触れた瞬間、いつもは優しさや体温で温かい兄ちゃんが、ひどく冷たくなっていることに気がつく。


「……兄ちゃん? ……ソル兄ちゃん!」


 震える声で呼びかけるが、反応はない。


「あ゛あ゛ぁぁぁ゛ああああっ!!」


 あの時の小鳥と同じだ。命の灯火が消え、冷たくなった体。こちらがどんなに呼びかけたとしても、聞こえていない。


 頭の中では今までの記憶が濁流の如く押し寄せている。その全てが兄ちゃんと共に過ごした日々の記憶。小さなことで笑いあった。些細なことでたまに喧嘩もしたが、すぐに仲直りできた。どんな辛い時も一緒にいた。それなのに、これから先、兄ちゃんはいない。そう考えると辛く、苦しい。いくら泣いても、この悲しみや絶望は流れ出て行ってくれない。


 僕はその場で何時間も、何日も泣き続けた。


***


 鳥の鳴き声がする。何かが草木を掻き分けながら移動する音も聞こえる。森の中を何日も歩いている僕。お腹が空いた。何日も水を取ってない。それでも、動き続ける体。おそらく、兄ちゃんの後を追おうとしたところで、死ぬことはできないだろう。何故なら、何度も手や足は切断された。目だって潰されたし、体には無数の穴を開けられた。それでも、そのすべてが跡形もなく綺麗に治っているためだ。どんな傷を負おうと、空腹で死にそうになろうとも、死ぬことはない。たとえ、心臓を刺されたとしても。


 ガサガサと近くで音がする。その方向を目で追うと、僕を囲むように多数の狼の魔獣が囲んでいるところが見える。喉を鳴らし、涎を垂らしながら、こちらを獲物として見つめてくる。


 そんな狼さえ、どうでもいい。僕は気にせず、歩き続ける。


 そんな僕に対し攻撃してくる狼たち。腕や脚に噛みつき、引きちぎろうと手前に引き寄せる。そのせいで体勢を崩してしまう。


 さらに、運の悪いことに、その先が崖になっていた。


 狼と一緒に落下する。転がっている最中に頭を石に強打する。身体中の骨が折れる音がする。最後に大きく跳ね、地面に激突する。


 狼たちは無事だったのか、いつのまにか離していた牙を再び僕に突き立てる。


 意識が朦朧とする。数日間、睡眠すらとれていなかった。そのため、精神はもう限界だ。霞む視界で馬車のようなものが見えた。このままいけば轢かれてしまう。そう思うが、体がいうことを聞かない。


 そして、結果を見ることなく、僕の意識は深い眠りへと落ちていく。

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