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片翼の小鳥  作者: Atyatya
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第十二話 実験

 目を開けると、そこには闇が広がっていた。目を開けているはずなのだが、何一つ見えない。手触りからして地面は石でできている。どこかで、ピチョンと水が落ちる音が、定期的に響いてくる。


 一体、何が起きたのか、思い出せない。だが、僕が覚えていなくても、兄ちゃんなら覚えているかもしれない。そう思い、声をかけてみる。


「兄ちゃん、そこにいる? さっきまで、何してたのか、覚えてる?」


 僕の声が、周囲に反響して聞こえる。変な感じだな。そんなことを思っていると、兄ちゃんからの返事がないことに気づく。もしかして、まだ寝てるのかな?


「兄ちゃん、どこ? 早く起きて。」


 聞こえてくるのは、自分の声の余韻だけ。ペタペタと地面を手で触りながら、兄ちゃんを探す。すると、衝撃が額に伝わってくる。どうやら壁にぶつかってしまったようだ。額に手を当て、ぶつけたところを摩る。すると、脳が刺激された影響なのか、思い出せなかった記憶が、徐々に湧いて出てくる。


「……そうだ、あの時……。」


 意識を失う前に、老人は言っていた。実験動物として協力してもらう、と。


 嫌な予感がする。早く逃げないと。


「……兄ちゃん? ……兄ちゃん!!」


 孤独感が、一気に心の中を支配する。兄ちゃんと離れ離れになったのは、あの、きのみを取りに行った日以来だ。暗くて見えないことがこんなにも辛いとは思わなかった。


 寂しい。


 怖い。


 そんな感情が、孤独感に支配された心から生み出される。


 膝を抱え、俯き、一人の世界へと逃げる。どうしてこうなったのか、原因を考える。誰かのせいにしたい。誰かのせいにするだけで、すこし楽になれる。そう思い、攻撃する対象を選定する。


「……兄ちゃんの嘘つき。」


 一番最初に攻撃対象から外したはずの、兄ちゃんへの恨み言を呟いた自分に驚く。そんな自分から擁護しようと、兄ちゃんの良いところを並べる。


 優しい。


 頼もしい。


 でも時々、うっかりしているところが可愛い。


 心の中で言いながら、再認識する。そう、兄ちゃんは、僕の大好きな兄ちゃんは、こんなにも素敵な人なのだと。


 嘘つき。


 一人にしないって言った。


 約束した。


 それと同時に、兄ちゃんのことを責める声がする。ひどく冷静な、冷たい、自分の声。


「うるさい……。」


 これ以上、兄ちゃんを悪く言わないでくれ。


 嘘つき。


「うるさい。」


 嘘つき。


「うるさい!」


 嘘つき。嘘つき。


「うるさいっ!うるさい、うるさい!うるさいうるさい!うるさいうるさい、うるさい!うるさい。うるさい、うるさい!!!」


 わけがわからなくなってきた。心の声が嘘つきと言っているのか、自分の口が言っているのか、うるさいと、心の声が言っていたのか、自分が口にしたのか。


 いつの間にか、頬に涙が流れてきている。このままここに居たら、おかしくなる。


 助けて、兄ちゃん……。


 都合のいい時だけ兄ちゃんに頼る自分に辟易していると、キィと錆びた蝶番の音が聞こえる。そして、そこからは強い光と、その光を遮る人影が見える。


 眩い光が目に痛みを与えてくるが、目を細め、それに耐える。人影がゆっくりと近づいてくる。兄ちゃんだろうか、そう思いながら人影が喋り出すのを待つ。


「おや、いけないっ! 光がないと人は壊れると、以前、学んだというのにっ! 光をつけるのを、すっかり忘れていたっ!」


 テンションの高い、老人の声が聞こえる。兄ちゃんじゃ、ない。落胆する僕。そんな僕を見て、老人が何かを察したのか、続けて喋る。


「ああっ! 君の兄ちゃんなら、別の牢に入れてあるぞっ! シエルはどこだ、シエルはどこだと、うるさかったのぉっ!」


 その言葉を聞き、兄ちゃんが心配してくれていることに嬉しさや、安堵と言った感情が出てくるが、その一方で、落胆や、失望といった感情も感じられる。


「だからっ! お主から先に、実験を始めようと思うっ! 大丈夫じゃっ! 失敗はせんっ! 十中八九っ!」


 実験、その言葉に脳が警鐘を鳴らす。どうにかして逃げなければ、そう考えるが、遅かったようで、見えない大きな何かに掴まれているかのように、体がまったく動かなくなる。そのまま、牢の扉を開けていた老人の元へと引き寄せられる。これも、老人の魔術なのだろう。僕は抵抗すらも許されず、老人と一緒に錆びついている扉をくぐる。


***


 拘束具によって身動きが封じられている体。周囲には血飛沫のようなシミがついている。


 この場所は研究室ではなく、拷問室とでも形容した方がしっくりくる。鉄の匂いがあたりに充満している。それは、鉄で作られた拘束具から香ってくるのか、それとも、あたりについている血痕から漂ってくるのか、判然としない。


「それではっ! 一本目っ! いっきまーすっ! あ、ぶすり。」


 僕の左の上腕に注射をする老人。注射器に入っている液体は深い緑のような色をしている。およそ、無害とは言えそうもないものを体内に注入される。


 全身の血管が浮き出てくる。ドクンと一回、一際大きな音を立て、心臓が跳ねる。そのあとはドクドクと尋常ではないほどの速度で心臓が動く。息は浅く、早くなる。そして、


「あ゛、あ゛ぁああああ゛ぁあ゛!!!」



 痛い、痛い痛い痛い痛い、痛い! 痛い!!


 心臓が痛み、熱を帯びだす。拘束されている手足をガチャガチャと鳴らし、何とか気を紛らわせようとするが、効果はない。


 そんな姿をじっと、楽しそうな目で見ている老人。


「うむっ! 効果が出ているようじゃなっ!」


 そんな声を最後に僕の意識は途絶えた。


***


 あの日から老人は、牢に一本の蝋燭を置くようになった。それが消えるとき、奴は来る。そして、注射をされる。それを何回も、何回も繰り返される。時間感覚はもうない。これが何本目の蝋燭なのかも覚えていない。ただ、日に日に液体の量が増えていることだけは、理解できていた。


 兄ちゃんも同じことをされているのだと思う。たまに兄ちゃんの叫び声が聞こえることがある。最初は、兄ちゃんが苦しんでいることを知って、悲しい気持ちにもなった。しかし、それが何度も繰り返されると、何も感じなくなってきた。心が死んでいくのを感じる。


 錆びついた蝶番の音がする。


 まだ、蝋燭は消えていない。いつもと違うことが起こり、少し不安に思うが、すぐにその気持ちも冷めていく。


 スキップをしながら入ってくる老人。いつものように体が動かなくなる。そんな僕を見て、


「今日からっ! 次のステップにいくぞっ!」


 おー。と、一人で二役しながら語りかけてくる。一体何が待っているのだろう。まあ、何にせよ、あの注射以上でないことを祈るばかりだ。


 ーー研究室で、拘束具をつけられ、仰向きで両手両足を広げている僕。そんな僕の体をしげしげと見つめる老人。


「一番、なくて困らないところはっ! 足の小指かなっ?」


 そう言うと、右足の小指に手を添える老人。え、まさか。そんなことを考えた瞬間。小指に痛みが走る。


「いっ! っだあ゛ぁぁぁぁああ!!」


 小指を角にぶつけた時の痛みなんて比べ物にならないぐらいの痛さ。ガチャガチャと、音がする。拘束されている手首や足首の皮が剥け始め、血が出てきている。


 右足を見る。親指、人差し指、中指、薬指、そして、そこには存在していたはずの指が消えている。心臓の脈動に合わせて、血が吹き出しているのがみえる。


「きたっ!」


 期待に満ちた声と目で僕の小指を見る老人。それどころではない筈の僕でさえも、痛みを忘れ、その小指を見てしまう。なぜなら、失われたはずの小指が、ゆっくりとではあるが、再生し始めているからだ。


 骨が生え、血管が通り、肉がそれを覆い、皮が張り付く。完全に再生していた。痛みも、もうない。


「よしっ! 成功じゃっ!」


 ガッツポーズをする老人。この結果が、老人には予想できていたのか、あとは成長と共に、とか、いや、まだまだ実験しなければ、などと、もうすでに次の段階を考え始めている。


 僕は、今の状況でさえ理解でいていないというのに。一体、僕の体に何が起こったのだろう。

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