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片翼の小鳥  作者: Atyatya
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第十話 天の声の条件

 目に入ってくるのは、世界の果てにでも繋がっているのではないか、と思いたくなるほどの、長い長い道。周囲にはとてつもなく広い野原。日差しが強く、時折り吹き抜ける風に、体を煽られ、ふらついてしまう。その度に、草たちに笑われているような音が聞こえる。


 どこに向かって歩いているのか、自分たちすらも理解していない。ただ、道に沿って歩いているだけ。歩き始めた頃は、多少の会話もあったが、喉が渇き、声を発するのが辛くなってから、会話はしていない。


 前を歩く兄ちゃんに置いていかれないよう、必死に脚を動かす。しかし、元々の歩幅さえも、大したことがないというのに、疲労で、さらに一歩が短くなっている。


 お腹が空いた。もう、お腹を鳴らす元気もないのか、兄ちゃんからも、僕のお腹からも音は鳴っていない。


 目的地がないということが、精神を蝕んでいく。どこまで行くのか、どこまで行けばいいのか。いつになったら、この苦しみから解放されるのか。孤児院にいた時の方が、マシだったのではないか。いろんな考えが浮かんでは消えてを繰り返す。


***


「ーー!」


 誰かを呼ぶ声がする。


「ーール!」


 うるさいな、今、気分がいいんだから、静かにして欲しい。


「ーーエル!」


 何で、返事してあげないの?


「シエル!」


 ーー気がつくと兄ちゃんの顔が目の前にあった。兄ちゃんは、不安という感情を表情で表すと、まさにこんな感じなのだろうと誰もが思うほどの顔をしている。そんな兄ちゃんの目元を水が通り、鼻先へと伝って行く。そのせいで、兄ちゃんが泣いているように見える。


 徐々に鮮明になって行く思考であたりを見渡す。薄暗く、バケツをひっくり返したかのような大粒の雨が、仰向けになっている体を叩いてくる。大量の水が、体温を奪っているのか、少し寒い。


 さっきまで、あんなに晴れてたのに……。


「大丈夫か?」


 雨の音の影響で、兄ちゃんの声の様子は判然としなかったものの、言っている言葉は理解できる。


「……うん。 ちょっと、疲れただけ。」


 笑顔で答える。あのまま気を失ったのだろう。


 少し寝られたから、まだ頑張れる。そう思い、体に力を入れ、ゆっくりと起き上がろうとする。疲労のせいで震える脚。あと少し、そんな気の緩みが横転という結果に結びつく。それを最初から見越していたのか、咄嗟に兄ちゃんが体を支えてくれる。肩を組み、二人で歩き始める。


 僕の脚は踏ん張りが効かない。そのせいで、おそらく、兄ちゃんには相当な負担がかかっていることだろう。このままでは兄ちゃんも倒れてしまう。


「兄ちゃん。」


「言うな。……何も、言わないでくれ。」


 僕がどんなことを言おうとしていたのかを察したのだろう、兄ちゃんに遮られる。


 ビチャ、ビチャ


 地面に溜まっている水に足を入れるたび、そんな音が鳴る。靴の中までずぶ濡れのせいで、グチョ、グチョと不愉快な音と共に、最悪な感覚が足から伝わってくるーー。


***


 ーーそれからしばらくして、兄ちゃんはとうとう、肩を組んでいた僕と共にその場に倒れ込む。弾けるような水音とともに衝撃が伝わってくる。


 お互いに喋る気力もない。


 ここまで、か。


 結局、園長先生が言ってた通りになったな。遠く、誰もいないところで、早々に……。


「おやっ? おやおやっ? どうしたのかなっ?」


 天からの声が聞こえる。不思議と雨の音も遠くなったように感じる。さっきまで痛いぐらいだった雨粒も、今はもう感じない。


「これは、まずいっ!」


 やたらとテンションが高い天の声は、ドタバタと何かを探しているような音をたてる。


「ほれ、水じゃっ! 飲め飲めっ!」


 口の中に雨水が入ってくる。汚い。僕は思わず、むせてしまう。


「落ち着けっ! ただの水じゃっ!」


 水? そう言えば喉が渇いているんだった。


 口の中に次々と流れ込んでくる水。それを今度は、しっかりと喉を鳴らしながら飲み下していく。胃に入ってきた水が、身体中に広がっていくのを感じる。


「今度はこっちの子じゃなっ!」


 そう言う天の声。次は兄ちゃんにも飲ませてあげるのかな。良かった……。


 そこで、僕の意識は途絶えた。


***


 ガタガタと、心地いいリズムと一緒に体が揺れる。心地よいはずなのだが、それがかえって違和感に思う。そのせいで薄っすらとしていた意識が、現状を理解するべく、覚醒していく。


 目の前には、毛布で包められている兄ちゃんの姿。兄ちゃんはまだ寝ているようだ。


 今度は手前に目線をやってみる。そこには兄ちゃんと同じく毛布に包まれている自分の体が見える。そして、手触りなどで、僕たちが、木でできている何かに乗っていることがわかる。周囲には袋がいくつか載せてある。その袋の一つに食べ物のようなものが見える。赤く、ハリのある皮。そして、おそらく、中はみずみずしい果肉が詰まっていることだろう。久々に、お腹がなった。口の中は唾液でいっぱいになっている。


「おやっ? 起きたかのっ?」


 僕のお腹の音に反応して、前に座っている、薄汚れたローブを羽織った老人がこちらに振り返る。この、無駄にテンションが高い声は、天の声じゃなく、この老人の声だったのか。


 知らない人。それだけで、今の僕が警戒する理由は十分だ。目を老人から離さないようにし、兄ちゃんを起こそうと肩を揺する。


「……兄ちゃん。……兄ちゃん起きて!」


 うっすらと目を開ける兄ちゃん。そして、ハッと顔を上げ、辺りを見渡す。


「ここは?」


 僕の方を見ながら、そう尋ねてくる兄ちゃん。しかし、僕にもわからない。答えあぐねていると、あの老人が、テンションはそのままに、兄ちゃんの質問に答える。


「ここはっ、わしの馬車っ! そしてっ、死にかけていた君たちを助けたのもっ、わしじゃっ! そしてっ、こっちが、愛馬のポニーちゃんっ!」


 名前を呼ばれた馬が鼻を鳴らす。なるほど、状況は理解した。けど、納得はできない。


「なんで、俺たちを助けた? ……双子だぞ。」


 そう、問題はそこだ。兄ちゃんの言う通り、双子、という理由だけで嫌われてきた僕たちにとって、違和感でしかない。


「やはり、双子かっ! どうりで瓜二つだと思ったっ!」


 少し興奮気味に、そう返してくる老人。


「それに、黒髪っ! さぞや大変な目にあってきたのじゃろうっ! そんな子達を、どうして見殺しになどできようかっ!」


 天に向け、顔や、両手を上げる老人。少しの間が生まれる。


「……双子と黒髪、この二つはどうして嫌われてるんだ?」


 兄ちゃんの質問に、そう言えば、と今までのことを振り返ってみる。双子だ、黒髪だと言われ、忌み嫌われてきたが、その理由までは全く聞かなかった。その理由がわかれば、解決もできるかもしれない。僕の目には、期待が込められていたに違いない。


「ふむっ! まずは、双子から説明しようかのっ!」


 双子について語り出した老人。その話をまとめると、昔から、双子の片方には、悪魔が宿ると言われていたそうだ。人間の子供と、その子供に似た悪魔の子。それが、どちらなのかは外見では判断ができないそうだ。そのため、双子は二人とも恐れられ、忌み嫌われる対象となったそうだ。


 その次に、黒髪について教えてくれた。まず、髪の色は、生まれ持った魔術の適性によって色がつくとされているらしい。それは、適性が高いとそのようになる傾向にある、と言った程度のもので、絶対というわけではないらしい。しかし、そこには例外が二つだけあると言う。それが、神聖術と死霊術。これらはそれぞれ、神聖術に適性があれば髪の毛は白くなり、死霊術に適性があれば、黒くなるらしい。そして、死霊術はその名の通り、死体を操るため、世間からは神への冒涜者として迫害されているとのこと。


「そのため、その二つを合わせ持つ君は、神の敵っ! と表現されるわけじゃなっ!」


 ズビシッと音が鳴りそうなほどの勢いで兄ちゃんを指さす老人。


 理由を聞かされ、はっきりした。これは僕たちの努力でどうにかなる問題じゃない。昔ながらの考え、それらをひっくり返すなんて、二人の子供の力では不可能だ。僕たちは俯くしかない。今回は生き延びれても、また死にかける。そして、次も運良く助かるとは思えない。


「ちなみに、それを広めたのは、ティエラウス教だったりするのじゃっ!」


「ティエラウス教?」


 聞き覚えのない言葉が出てきたため、つい、質問してしまった。


「? なんじゃ、知らんのかっ? この国の教会はすべてこの宗教なんじゃぞっ!国教にもなっておるっ!」


 その言葉を聞いた瞬間、あの時のことを思い出す。あの、シスターさんの豹変の仕方。なるほど、得心がいった。


 グゥウウッ!!!


 大きな音が二つ重なった。そう言えば、お腹が減って死にそうだった。こんな状態で難しい話をして、無駄に体力を消耗させている場合ではない。


「おお、そうじゃったなっ! そこの果実を食べても良いぞっ! ただしっ!!」


 食べてもいいと言う声と共に動き出していた体が、最後の一言で動きを止める。なるほど、確かに、タダでやるとは言われていない。僕はどんな要求が来るのか、身構える。


「わしの研究の手伝いをして欲しいっ!」


「手伝い?」


 正直、拍子抜けだった。もっと、無理難題を押し付けられると覚悟していたのに、まさかの手伝いとは。


「人手が足りなくて困っておったところでなっ? 渡りに船じゃったよっ!」


 そう言って、ケラケラと笑い出す老人。そんな老人を訝しむような目で見ながら、質問をする兄ちゃん。


「研究って?」


「不老不死じゃよ。」


 先程まで、無理しているのではないかと疑うほど高かったテンションが、一気に下がり、声に真剣さが混じる。その時の老人は、研究者の目をしていた。

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