9 植物園にて(2)
「あなた、あんなことをしておいてよく外を出歩けるわね!!」
突然険しい声をかけられ、シャーロットが慌てて振り返る。立っていたのは上等な衣服を着た貴族の令嬢だった。
ウェーブした艶のある茶髪に、少しつり目がちの大きな瞳でシャーロットを睨み付けている。
「えっと…」
令嬢の顔に見覚えはなかったが、なんだか嫌な予感がする。彼女の後ろにはさらに2人、貴族の令嬢が控えていて、蔑んだような目でこちらを見ていた。
「……もしかして、誑かした男の婚約者の顔もわからないの!?まあ、既に元婚約者ですけれど。あなたって本当に最低の悪女ね!!」
社交の場にあまり出ることがないシャーロットは面識がなかったが、どうやら姉リーディアがシャーロットに扮して手を出した婚約者がいる男性の、婚約者だった侯爵令嬢のようだ。シャーロットのせいで婚約破棄になってしまったのだからかなり恨まれているだろう。
「も、申し訳ありませんでした」
シャーロットは咄嗟にベンチから立ち上がり、頭を下げて謝る。
「ねえ、謝るくらいで、許されると思って!?」
侯爵令嬢の後ろにいた取り巻き令嬢の一人がドンッと強くシャーロットの肩を押す。
「あっ」
バランスを崩したシャーロットは地面に思いっきり尻餅をつく。
その衝撃で髪飾りがはずれて地面に転がった。安物だし、壊れてしまったのかもしれない。
シャーロットが慌てて拾おうとしたが、先に拾ったのは侯爵令嬢だった。
「何これ?安物じゃない」
クスクスクス
「お返しください」
「我が家に慰謝料請求されて、あなたの家はさぞかし困窮しているでしょうね」
「アクセサリーを買うお金もないのね」
「自業自得よね」
令嬢たちの非難めいた視線が痛い。シャーロットは震える声でお願いする。
「あの、それを返してください」
「そんなにこの安物の髪飾り大事なの?」
「は、はい」
「あなたは私からもっと婚約者を奪ったんだから、それに比べたらこんなもの大したものではないわよね?」
嘲笑いながら侯爵令嬢は髪飾りを振り上げ地面に投げつけるような仕草をする。
「や、やめてください」
「そんなに返してほしければ、これまでの行いを地面に頭をつけて謝罪しなさい」
「…………」
(謝るしかない…)
シャーロットは屈んで地面に膝をつけた。
そのとき―――
「………何してるの?」
飲み物を購入して戻ってきたエリアスが立っていた。
「あっ」
取り巻きの令嬢たちがエリアスの顔を驚いたように見る。
「僕の連れが何かしてしまったかな?」
「連れ!?」
エリアスの言葉に今度は令嬢たちはシャーロットを信じられないと凝視する。
「いえ。私たち過去にいろいろありましたから、シャーロット様がどうしてもと言うので謝罪を受けていたところですの」
そんな中、流石侯爵令嬢は冷静に応答する。
「そうか………ではそろそろ彼女を連れてっていいかな?デートの途中だったんだ」
「……………」
「エ、エリアス様は騙されているんです。シャーロット様は男を弄ぶ悪女です。エリアス様にはふさわしくありません!」
「そうです!私たちエリアス様のことがとても心配です」
無言の侯爵令嬢に対し、取り巻きの令嬢たちは口々にエリアスを心配しているとばかりに彼に近づき、涙目で訴える。
「へえ、つまり君たちは僕を悪女に騙された愚かな男だと言っているんだ」
「い、いえ!決してそんなつもりは…」
途端、冷えきった笑みを浮かべたエリアスに令嬢たちはたじろぐ。エメラルドグリーンの瞳は少しも笑ってない。
「失礼、もう時間も限りがあるので。シャーロット、行こう」
「は、はい」
エリアスはまだ地面に膝をついていたシャーロットを片手で助け起こすと、そのまま手を繋ぎ、すたすたと歩きだした。
「助けていただいて、ありがとうございます」
「いや…遅くなってすまなかった」
本当はもっと早く駆けつけることもできた。しかしエリアスはそれをせず、少し様子を見ていたのだった。エリアスの前で、従順に振る舞うシャーロットだが、その姿は演技ではないかと思っていた。エリアスがいなければ本来の姿を出すのではないか。
それに以前の強かで物怖じしないシャーロットであれば、あのくらい令嬢に囲まれたところで返り討ちにしそうだとも思っていた。
だが、シャーロットは始終おどおどしていて仕舞いには謝罪のため地面にひれ伏そうとした。さすがに見ていられず止めに入った次第だ。
シャーロットは返してもらった髪飾りを悲しげに見ていた。
髪飾りは地面に落ちた衝撃で留め具の部分が壊れ、さらに3つはめ込まれた緑の石の真ん中の石にヒビが入っていた。
「ごめんなさい。せっかくいただいたのにもう壊してしまいました」
「別に気にすることはないよ。安物だったし。そういうデザインが好きなら似たようなものを今度また贈ろう」
「い、いえ。そう何度もいただくわけにはいきません。大丈夫です」
「遠慮しなくていいよ」
「いえ、本当に結構です。これを修理できないか買った店に今度聞いてみます」
「そう…」
なんだか気まずい空気が流れ、シャーロットは少し後悔した。
(頑なになりすぎたかな。こういうときは素直に甘えた方が可愛らしいのかも…)
両親の興味は早くから優秀な姉だけにむけられ、2人がいなくなってからはシャーロットを助けてくれる使用人は姉に疎まれ、辞めさせられてしまった。結局ひとりぼっちで耐えてきたシャーロットには人にどう甘えていいかわからなかった。
結局気まずいまま、植物園を後にし、馬車に乗って帰る。
エリアスは馬車に乗ってからずっと黙っている。シャーロットは窓の外を眺めるエリアスの横顔をちらりと見た。
形のよい鼻筋に顎のライン、金の髪は窓から射し込む日の光でキラキラしている。
(もしかして私の態度に呆れてしまったかもしれない)
せっかく仮の恋人になってもらったのに、もう解消したいと言われたらどうしよう―――
「じゃあ、こうしよう」
唐突にエリアスがシャーロットの方を見て言った。
「?」
「その髪飾りをこちらで知り合いの修理屋に直してもらうから、そのお礼として君に頼みたいことがある」




