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7 贈り物

 


 街を歩くシャーロットは沈んでいた。隣にはせっかく王子様のようにキラキラしたエリアスが歩いているというのに。


 本日は待望の2回目のデートの日だった。もちろんエリアスから誘いが来ることは無いので、今回もシャーロットからまた会いたいと連絡したのだ。


 王都の街でエリアスおすすめのカフェに入り、シャーロットの好きなイチゴがのったショートケーキを食べた。感動的な美味しさで、カフェを出てから、ご馳走してくれたエリアスに感謝を伝えているときに事件は起きた。



『シャーロットじゃないか』

『?』

 突然、見知らぬ男性に声をかけられたのだ。


『久しぶりだな。最近ちっとも遊んでくれないと思ったら、また新しい恋人ができたんだな』

 そう言って身なりのいい商人といった格好をした男はニヤニヤとシャーロットの隣にいるエリアスを見た。


『えっと…』

(まずい…)

 この男性に面識はないが、おそらく過去にシャーロットに変装した姉と付き合っていた、もしくは遊んでいたのだろう。

 とにかく今は一秒でも早くどこかに行って欲しいと慌てるシャーロットだが、うまくあしらえそうな言葉が思いつかない。


 結局『あ、う、』と狼狽えるシャーロットをそれ以上気にする様子もなく、

『じゃあ、また遊びたくなったらいつでも連絡してくれよ』

 と、男は手を振って颯爽と去っていった。



 残された2人には、何とも言えない気まずい空気が漂っている。恐る恐るエリアスを見ると、その美しくも冷たい色をしたエメラルドグリーンと目が合う。


『君の恋愛に口を出す気はないが、他に交際したいもしくは遊びたい相手が出来たらさすがに外聞が悪いからその時は僕らの関係を解消してからにしてくれ』


『は、はい………で、でも今のところそんな予定は全くなく、期間満了までエリアス様にお願いしたいと思ってます……』


 無表情でこちらを見るエリアスが納得していないようで少し怖くてシャーロットは慌てて付け足す。


『で、でも万一そういうことがあったら真っ先に伝えますね』

『そうしてくれ』


『…………』


 わかっていたことだが、自分はエリアスに1ミリも好意を持たれていない。

 2人の関係はシャーロットが一方的に頼み込んだ、期間限定の仮の恋人なのだから。当然なことなのに。

 そんな事実を改めて突きつけられたようで、シャーロットは少し落ち込んでいた。


(エリアス様と恋人(仮)になれたことが嬉しくて浮かれすぎていたわ…)



 気まずい空気のまま街を歩き、シャーロットは何とはなしに宝飾品店のショーウィンドウに並んだアクセサリーを見ていた。


「何か欲しいものがあるのか?」

「い、いえ。綺麗で、なんとなく見ていただけなんです」

「遠慮することはない。好きなものを贈ろう」

「え?あの…」

 シャーロットがまごまごしているうちにエリアスに店内へと連れていかれる。


(あわわわ)


 ショーケースの中のアクセサリーは値段はわからないが、どれも恐ろしく高そうだった。


「どう?気に入ったものはあった?」

「い、いえ。見ているだけで十分です」


 自分は仮の恋人だ。親切なエリアスに甘えて、こんな高級品を買ってもらうわけにはいかない。


「…そう?あっドレスの方がよかったとか?」

「い、いえ………あの、もし、よろしければ少し離れたところにあるお店でもいいですか?」



 なんだ彼女御用達のお気に入りの店があったのか、どんな高級店なのだろうと思ったエリアスが連れてこられたのは、路上だった。


「ここです」

「――――え?」


 エリアスは目を疑った。

 そこには平民が利用するような露店がいくつも並んでいたからだ。


 戸惑うエリアスを横目に、シャーロットはアクセサリーが陳列された露店の前で真剣にそれらを見ている。


 並べられているものはネックレス、イヤリング、指輪など種類は多いが、どれも一目見て安物とわかる代物だった。

 町娘や子どもが使うようなものばかりだ。


「こちらが欲しいです」

 しばらくしてシャーロットが指差したのは、ひとつの髪飾りだった。

 シャーロットの選んだのは、葉っぱを重ねたようなデザインで、均等に並んだ緑色の石が3つはめ込まれているものだった。


「本当にこれでいいのか?」

 エリアスが尋ねる。

 上品なデザインではあるが、よく見れば明らかに安物とわかるものだった。


「はい」


 エリアスが買ってやると、シャーロットは「ありがとうございます」と、とても嬉しそうにそれを受け取った。



 なぜこんなおもちゃのようなものがいいのかエリアスは理解できなかった。遠慮しているのか?

 以前のシャーロットには高価な宝飾品をいくつか贈っていた。以前の彼女はそれらを嬉しそうに、一方でさも当然のように受け取っていた。



「ふふ、贈り物をいただくなんて、本当に恋人同士みたいです。とてもうれしいです」

「………」


 貰った髪飾りをシャーロットはいつまでも嬉しそうに見つめていた。



 演技だろうか。だとしたら大した女優だな、とエリアスは思った。


 こんな安物の髪飾りを貴族の令嬢が本当に欲しがるわけがない。そのくらい誰だってわかる。

 そんなことまでしてエリアスの気を引きたいのだろうか。そう思い当たるとエリアスは心がスーッと冷えていくのを感じた。



 ◇



 帰宅後、自分の部屋へ戻ったシャーロットはさっそく貰った髪飾りを髪につけて、手鏡で見ていた。


「ねえ、戻ったのならはやく家のことやりなさいよ」

 ノックもせず姉リーディアが部屋に入ってくる。


「あ、ごめんなさい。すぐ行きます」

「あら?何それもらったの?」

「あ、はい…」

「プッッ、何それ、おもちゃじゃない!?まさかそんなもの贈られて喜んでるの?完全に馬鹿にされてるわよ。ああ、可笑しい!」


 腹を抱え、小馬鹿にしたようにひとしきり笑ったリーディアは満足したのかそのまま部屋から出ていった。

 身を固くしていたシャーロットはふーっと息を吐いて緊張を解いた。


(良かった。取られなくて)


 贈り物が姉の気に入るような高級品だと、奪われてしまうかもしれない。そう考えたシャーロットはわざと安物の、それでも自分の気に入った髪飾りを選んだのだ。


 シャーロットはもう一度手鏡で髪飾りを見る。


 贈り物を貰うなんていつ以来だろう。

 以前は領地にいる父から誕生日プレゼントが贈られてきたこともあったが、もうずっと届いていない。父が忘れているのか、それともシャーロットの分もリーディアが黙って貰ってしまっているのかもしれない。


 ひょっとしてこんな機会はこれで最後かもしれない。大切に使わせてもらおう。


 恋人(仮)に贈り物をしてもらうなんて、憧れていたことのひとつだった。それが形だけでも叶ってシャーロットは改めて心のなかでエリアスに感謝したのだった。





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