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シャーロットは朝からせっせと屋敷の、使用人がする仕事をこなしていた。先日のエリアスとのデートで半日休みをもらった分、やることはたくさんあった。もちろん勝手に休みをとると姉リーディアにあとできつく叱られるので、予め期間限定の恋人ができたことを説明した。
『へえ、期間限定の恋人ねえ。あなたもやるじゃない。相手は誰なの?』
『エリアス様です』
『ぷっ、私の元交際相手じゃない。あなたってば服だけじゃなく恋人まで私のお下がりなの』
『……それで、エリアス様に会うために時々仕事を休みたいんです』
『しょうがないわね。その代わり休んだ分、他の日は今以上に働きなさいね』
そういうわけで朝食も食べる間もなく、動き回っているのだがシャーロットは全然苦にならなかった。
(エリアス様の笑顔、美しかったな…)
屋敷の窓拭きをしながら、先日のエリアスとのデートを思い返しては幸せな気分に浸っていた。
エリアスは優しくシャーロットをエスコートしてくれてとても楽しかった。まるで本当の恋人同士のように過ごせた。
浮き浮き、ふわふわ―――
恋愛経験がないシャーロットだが、もう半分ぐらいはエリアスに恋している気がする。
一方その頃―――
「――――で、どう思う?」
「…………」
「エリアス?」
「あ、すまない。少し考え事をしていた」
「珍しいな。どうした?……まさかまだあの令嬢のこと引きずってるのか?あんな奔放な女とは別れて正解だったよ」
エリアスの幼馴染で友人のケヴィンが屋敷を訪ねてきていた。エリアスの部屋のソファに座り、心配そうにこちらを見ている。
ケヴィンはエリアスにとって心を許せる数少ない友人で、以前エリアスが遊び人と評判のシャーロットと交際しているときもとても心配してくれていた。
「恋人ができたんだ」
「え?お前にしてははやいな。どこの令嬢?」
「シャーロットだ」
「ん?シャーロット?……待て待て、まさか、あのシャーロットじゃないよな?」
「そうだ」
「おい、気は確かか!?復縁したのか?」
「一時的なものだ」
エリアスは簡単にシャーロットと期間限定の恋人になるに至るまでをケヴィンに話して聞かせた。
「どうして、期間限定とはいえそんな話、了承したんだ?君らしくない」
「………泣いていたんだ」
「泣いていた?」
あの夜会の日、シャーロットの期間限定の恋人の話を馬鹿馬鹿しいと1度断って、その場を去ろうとしたエリアス。しかし少し気になって彼女の方を振り返ると、シャーロットはうつむき泣いているようだった。以前の彼女はプライドが高く、とても人前や人目のあるところで泣きそうな人物ではなかったので少し驚いたのである。
「騙されているんじゃないか?後妻になるのが嫌で、しおらしく演技してお前をもう一度惚れさせて、求婚してもらおうとでも企んでるんだろう」
シャーロットの嫁ぎ先は子爵家だ、立場が上の侯爵家なら結婚に横やりを入れることも不可能ではない。
「まあ、もしその通りだとしても、俺が今の彼女に惚れることはない」
「やけにきっぱり言うな」
「今のシャーロットは本当に別人のようなんだ。例えそれが復縁するための演技だとしても、今の彼女のような女性は全くタイプではないから惚れる心配はしなくていい」
おどおどしていて、頼りなさげで、気持ちがすぐに顔に出てしまう自称素面のシャーロット。
人によっては庇護欲をそそられるのかもしれないが、エリアスが好きなのは自立した、しっかりと自分を持ってるような女性だ。
エリアスは自分で言うのもなんだが見た目が整っている。侯爵令息ということもあり、しなを作った女性が近づいてくることも多かった。
そういうことに辟易していたとき、シャーロットと出会った。シャーロットの噂も知っていたエリアスは最初は警戒したものの、男に媚びない、自由で、意外に知的な面を知り、どんどん彼女に惹かれていった。
それにしても以前のシャーロットと今現在の彼女は本当に人が違う。疑問を持ったエリアスは彼女の家に関して簡単な調査を依頼した。
それによると、シャーロットにはひとつ上に見た目が似ている姉がいるらしい。しかしその髪色は金。体が弱いらしく、社交の場に出ることはあまりないようだ。過去には王太子の婚約者候補に名があがったこともあるくらい優秀で、完璧な淑女と評判らしい。
度々、夜会に出席し、交際相手がコロコロ変わる遊び人の妹シャーロットとは正反対である。
まあそれ以上詳しく調べる必要はないと判断した。今の彼女が演技であろうと、飲酒で人格が変わる話が真実であろうと大した違いはない。どうせあと半年の関係なのだから――――
「ふーん……」
(心配だな)
ケヴィンはまた何か考えごとをしているエリアスを見る。
エアリスとは幼少のころからの付き合いだ。
侯爵家の嫡男として生まれたエリアスは真面目な性格で、幼い頃から家を継ぐため勉強に勤しんでいた。
見た目も整っているためすり寄ってくる女性が後を絶たないが、彼はそういう女性を毛嫌いしていた。
あまりにも浮わついた話のひとつも出てこない友人をケヴィンは少し心配していたが、彼の口からあのシャーロットと交際していると聞かされたときは余計に心配し、しばらくして沈んだ様子で別れたと伝えられたときは表には出さなかったが内心安心したものだった。
エリアスにはもっとふさわしい令嬢がいるだろうと――――