41 わがまま
前話より少し時間が遡っています
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いっそあのまま手を離さず、連れ帰ってしまえばよかったろうか――――
エリアスはシャーロットと最後に会った夜を思い返していた。
最後に手を繋ぎたいという彼女の希望を叶え、細く自分よりずいぶん小さな彼女の手をとる。少しひんやりした彼女の華奢な手をこのままずっと離したくないと思った。
でもそう思うと同時に理性的なもう一方の自分が侯爵家の嫡男として無責任な行動は控えるべきだと警鐘を鳴らした。
あれから数日が経った。
執務室での書類仕事はここ数日まったく捗らない。正直に言うと、何をしていても彼女のことを考えてしまうからだ。
そんなエリアスを見かねて副執事スチュアートが声をかける。
「エリアス様、よろしいのですか?」
「……なにがだ?」
「シャーロット様のことです。もうすぐ嫁がれてしまうのですよね?」
「…できることはしたんだ。それでも彼女は子爵に嫁ぐことを選んだ」
無実なのに後妻に行かなければならないシャーロットを助けたくてエリアスは真実を確信した後、すぐに行動した。
まず夜会好きの“シャーロット”が興味を持ちそうな仮面舞踏会で開催日の近いものを探す。運良くそれが見つかると、ケヴィンの伝手で招待状を入手し、今度は過去彼女と恋人関係にあって、後ろ暗いところがある男性を探し出し、彼女を誘うように依頼した。そっち方面にも詳しいケヴィンにはずいぶん協力してもらった。
目論見通り彼女が誘いにのって、これで彼女らの父親ハノホープ伯爵を適当な理由で呼び出し鉢合わせさせ、言い逃れができない状況を作ってしまえばすべてが上手くいくと思った。本物のシャーロットを助けられると信じて疑わなかった。
「選ばざるをえなかっただけでは?」
「…どういうことだ」
「貴族の令嬢にとって一度でも悪評が立ってしまうのは致命的です。それが例え誤りだったとしても一度広まったものは噂好きの社交界ではどうしても尾を引く。おそらくシャーロット様は、ここで後妻を断ってしまったら自分に二度と縁談は来ないのではと危惧されたのではないでしょうか」
「そんなこと……本当の彼女を知れば、求婚したい男などたくさんいるはずだ」
本当のシャーロット。彼女は優しくて素直で思ったことがすぐ顔に出る。貴族の令嬢としてはいかがなものかと思わないでもないが、そんなことが些細に思えるほど彼女を知れば惹かれていく。
「ではエリアス様はどうして求婚なさらなかったのです?」
「…ぼ、僕は侯爵家の嫡男だ。両親の許しも得ずに勝手に話を進めることはできない。例えそうしたくても、もう時間もない…」
「それでは彼女が他の男性のものになってもあなたは平気なのですか?」
「平気なわけじゃない!…でももう、手段がない」
エリアスもさすがにもう自分の気持ちには気がついていた。
最初は一度振られた女性にまた好意をもつなど不毛で愚かだと、自分の気持ちに蓋をしていた。でも本当のシャーロットを知れば知るほどエリアスは彼女に惹かれていった。
最初に交際していた“シャーロット”と、今の彼女が別人だと分かるとエリアスははっきりと自覚した。
最初の“シャーロット”に対してはもちろん好意もあったが同時に、知的で強かな彼女なら侯爵夫人に適任だろうという打算的な考えもあったのだ。
しかし本当のシャーロットと接するときは、そんなことがどうでもよくなるくらい、ただ、彼女といるのが楽しくて心地よくて。できるのならずっとそばにいて彼女の笑顔を見ていたいと自然に思ってしまう。
思い返せば早い段階から自分はシャーロットに惹かれていたのだ。ケヴィンと先にダンスしたり、いつの間にかスチュアートと親しげにしている彼女の姿を見たときエリアスは少しおもしろくないと思った。今思えばすでに嫉妬していたのだろう。
「まだひとつ後妻をやめさせる方法があるのではないですか」
「それは……だが、そんなこと、やはり父の許しも得ずに…できない」
「エリアス様、聞いてください」
スチュアートはエリアスを諭すように話し出した。
「あなたは幼い頃から侯爵家の跡取りとして自分を律し勉学に励んでこられた。そしてお若いうちから侯爵の仕事を引き継ぎ、見事にこなしている」
「そんなこと跡取りなら当然だろう」
「当然ではありません。あなたがそれだけ努力されたからだ。どれだけの者があなたと同じことができるか。侯爵様はエリアス様のことをよくやってくれてると褒めてらっしゃいました。しかしそれと同時に心配もしてらっしゃいました」
「心配?」
「はい。エリアス様は小さなころから聞き分けが良すぎだと。子どもらしいわがままを言われたことがほとんどないと」
「わがまま?そんな必要がないくらい僕は環境に恵まれていただけだよ」
「それならエリアス様。一度くらい大きなわがままを言っても、それが例え事後承諾になろうとも侯爵様はきっとお許しになると思います。それにエリアス様もご存知ですよね。あなたのご両親は恋愛結婚だったと」
「だ、だが彼女はそんなこと迷惑なだけかもしれない」
眉を寄せ、逡巡しながらエリアスは言う。
「迷惑だと思いますか?少なくとも私の目には彼女はあなたといるときとても楽しそうに幸せそうに映りました。そしてそれはエリアス様も同様です。
まさかエリアス様は彼女を幸せにする自信がないのですか?」
「そんなこと、っ~……………………
スチュアート、すまないが、至急手配してもらいたい―――」
少しの沈黙あと、決意を固めたエリアスがスチュアートに指示を出した。
「実はもう手配済みです」
「――は?スチュアート、お前……」
「はい」
驚くエリアスにスチュアートはにこりと笑った。
「感謝する」
「勿体無いお言葉です」
エリアスは急ぎ支度を済ませ、足早に侯爵邸を出発した。
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次回、本編最終話の予定です。




