38 真実を(2)
「なっ!?シャーロットがふたり?どういうことだ?」
姉妹の父親ベルナルド・ハノホープはふたりのシャーロットを驚いたように何度も見返す。
同じピンクの特徴的な髪色でどちらもシャーロット本人にしか見えなかった。
ただふたりの身に着けているものにはかなり落差があった。隣にいるシャーロットは美しく着飾った夜会用のドレス姿なのに対し、今部屋に入ってきたシャーロットは着古したような使用人服姿だった。
「ハノホープ伯爵。隣に座っているのはシャーロットに変装したリーディア嬢です。本物のシャーロットは納戸に閉じ込められていました」
エリアスが淡々と言った。
「納戸…?リーディア?どういうことだ」
隣に座るリーディアは思案げにため息をつき、口を開いた。
「シャーロットの代わりに夜会に出るつもりでした。以前から招待されていたもので断れないと本人から相談があったのです」
「本当か?シャーロット」
「ち、違います。そんな夜会、私は知りません」
「シャーロット。この機会に伯爵に全部本当のことを話すんだ」
エリアスに促され、シャーロットはおずおずと話し出した。
「…お父様が領地で暮らすようになってから、お姉様は変わってしまいました。私に変装して夜会に勝手に出席するようになって。私はその間、部屋の外に出ることを禁止されてました。夜会で遊んでいるという噂も、婚約者のいる男性と恋仲になったのも全部私に変装したお姉様なんです」
「シャーロット、何を言う…リーディアがまさか、そんなわけ…」
小さな頃から何をやらせても優秀で、過去には第一王子の婚約者候補にもなった自慢の娘リーディア。ベルナルドは信頼し、この屋敷のこともすべて彼女に任せていた。リーディアがそんなことするはずない。ベルナルドはとても信じられなかった。
「お父様。シャーロットはこの期に及んで後妻になりたくないから嘘をついているんです。すべて私に罪をなすりつけるつもりですわ」
リーディアが悲しげに言った。
「私は嘘なんて言ってません。本当なんです!」
「私、シャーロットのように男性と気軽に遊ぶなんてとてもできませんし…」
「うむ…」
シャーロットが訴えても父ベルナルドはリーディアをまだ信用しているように見えた。
(こんな状況でも信じてもらえないのね…)
黙ってしまったシャーロットを見て、エリアスが口を開いた。
「ハノホープ伯爵、少しよろしいですか?」
「あ、ああ」
「今夜の彼女が行く予定だったのは仮面舞踏会です。そしてシャーロットには直接招待状は届いてません。調べてもらえばわかると思います」
「仮面舞踏会…」
仮面舞踏会は貴族のちょっとした夜遊びの場で、招待状があれば簡単に出入りできるところも多い。大半が予め出欠の確認をしないので、招待状を受け取っても絶対に行かなければならないものではない。
「仮面舞踏会に招待されていたある貴族のご子息がシャーロットを誘ったんです。断ろうと思えば断れるものです。リーディア嬢、そうでしょう?」
「………」
エリアスの言葉にリーディアから返答はない。しかし彼女が動揺しているのが見てとれた。
「シャーロットを誘った貴族の子息とは知人を介して知り合いなんです。必要であれば証言もとれますが」
「いや…もう充分だ。
リーディア、どういうことなんだ?きっと何か理由があるのだろう?優秀なお前がこんな馬鹿なこと理由もなしにするはずがないからな。父に話してごらん」
「………理由なんてないわ。ただ遊びたかっただけよ」
リーディアの表情がすーっと冷めていき、突然開き直ったように言い放った。
完璧な淑女であるはずの長女リーディアの見たこともない態度にベルナルドは狼狽える。
「リ、リーディアどうしたんだ?お前は頭の良い賢い子のはずだろう。私たちの自慢の娘――」
「何が自慢の娘よ。お父様は本当の私のことなんて何も知らないでしょ。今さら父親面されたくないわ。私たちのことなんてこれっぽちも興味ないくせに!」
「リ、リーディア?!」
「お父様はずっとお母様のことしか見ていなかったじゃない。
お母様が喜ぶから、お母様と同じように私のことを熱心に褒めていたのでしょう?だからお母様が亡くなった途端、興味を失ったようにひとり領地に移って。私たちのことなんて放ったらかしだったじゃない」
「そんなつもりは…」
リーディアの言葉に思い当たるふしがあったのかベルナルドは言い淀む。
客間には重々しい空気が漂っていた。
そんな中エリアスが再び口を開く。
「リーディア嬢。君にも事情があったのかもしれない。でも実の妹を虐げていい理由にはならない。ハノホープ伯爵、シャーロットの格好を見てください。彼女は実の姉に命じられてずっと使用人のように働かされてきました」
ベルナルドは着古した使用人服を着て目の前に立っているシャーロットを驚いたように見つめた。
「使用人、だと…?」
シャーロットもエリアスに背中を押されて頷いた。
「………はい。ずっと使用人の仕事を朝から晩まで手伝っていました。部屋も食事も彼らと同じかそれ以下でした。お父様が私たちにと送ってくれたお金もほとんどお姉様が使っています」
「リーディアお前はなんてことを…」
ベルナルドは思わず頭を抱えた。
「屋敷の人事権を私に任せたのはお父様だわ」
「リーディア!」
「ハノホープ伯爵。これでおわかりでしょう?夜遊びをして婚約破棄騒動を起こしたのはリーディア嬢なんです。彼女が責任をとって子爵の後妻に入るべきだ」
「いやよ!私は絶対行かないわよ」
「リーディア…話が本当なら、お前が子爵に嫁ぐしか…」
困惑しながらも、ベルナルドは告げる。
「まさかお父様は全部私が悪かったって世間に公表するおつもりなの?完璧な淑女のはずのリーディア・ハノホープが夜な夜な妹に変装して遊び歩いてたって?社交界の恰好のスキャンダルの的になるわね。伯爵家の信用も地に落ちるわ」
「それは…」
ベルナルドは苦悶の表情を浮かべる。
夜遊びをし、婚約破棄騒動まで起こしたシャーロット(リーディア)のせいですでに伯爵家の評判は良いものではない。慰謝料にしても、すべて子爵の支援金で賄えたわけではないので、財政状況も厳しかった。その上で、さらに伯爵家の評判を落とすことはできれば避けたかった。
その時、シャーロットが静かな声で言った。
「…後妻には私が行きます」




