37 真実を
ガチャン
鍵が閉まる音がして、納戸の中で片付けをしていたシャーロットは慌てて扉に駆け寄る。
「すみません!中にまだいます!開けてください」
「――シャーロット、今晩は大人しくそこにいなさい」
「お姉様?なぜですか……まさか、お姉様また……止めてください!!」
「静かにしてなさい。まあ、騒いだとしてもこんな屋敷の片隅に来る人間など滅多にいないけれど。じゃあね、シャーロット。用が済んだら出してあげるから」
「お姉様!!お願いです!開けてください!」
リーディアはまたシャーロットに変装して夜会で遊ぶつもりなのだ。シャーロットは大きな声で何度もリーディアを呼んだが、もう返事はなかった。
納戸は屋敷の片隅にあり、リーディアが言うように用が無ければ近寄る人さえいない場所だ。
(どうして……)
シャーロットはその場によろよろと座り込んだ。
嫁ぐまで2週間を切ったというのに懲りずに夜遊びを続けているのを知られたら世間は何と言うだろう。
頭に浮かぶのはエリアスだった。
裏庭で会った時、また来ると言っていたエリアスからあれ以来音沙汰はない。
何の用事だったのだろう。あの時、エリアスは何か言いかけていた。
逆上した元交際相手とあんなことがあったのに、まだ懲りずにシャーロットが夜遊びしているとエリアスの耳に入ったら、今度こそ完全に軽蔑されてしまう。
(嫌だ…)
シャーロットはうつむき、ぎゅっと自分を抱きしめるように両腕に力を込めた。
◇
鏡台の前で美しく着飾ったシャーロットに変装したリーディアは微笑む。
本日も完璧。どこからどう見てもシャーロットだ。
一つ違いの姉妹であるふたりは昔から髪色以外の見た目はそっくりだった。だからリーディアは変装する際シャーロットのくすんだピンクの髪色を完璧に再現することでシャーロットに成りすましていた。
上質な白髪のウィッグを用意し、それを自分で調合した特製の染料で染色したのだ。
髪色が同じなら姉妹を見分けることのできる人間などいないだろう。
支度が終わったリーディアは二階の自室から階段を下りて玄関へ向かう。
今夜の仮面舞踏会は以前から遊び相手のひとりだった令息から誘われたものだった。第二王子の婚約者に選ばれずむしゃくしゃしていたリーディアは二つ返事で誘いにのった。
階段を下りると、玄関前に男性がひとり立っていた。
おかしい、今夜のパートナーとは会場で待ち合わせしているはずだ。
「シャーロット」
「!…エリアス様、どうしてここに?」
「用事で近くまで来たから顔が見たくなったんだ……もしかしてまた夜会に行くのかい?エスコート役はいるの?よければ僕が――」
「結構ですわ。他にパートナーがいますから」
「それは残念だな。ところでシャーロット、今日のドレスよく似合っている。とても綺麗だ」
「それはありがとうございます」
シャーロットに扮したリーディアは優雅に微笑む。少し前まで本物のシャーロットと仮の恋人関係にあり、見舞いだって頻繁に来ていたというのに、エリアスは全く変装に気がつく様子はない。
「それと君が刺繍してプレゼントしてくれたこのハンカチとても嬉しかった。ありがとう」
そう言ってエリアスは懐からシャーロットが刺繍したハンカチを取り出した。
「喜んでくださって私も嬉しいです。
…それではエリアス様、私そろそろ行きますね」
「やはり君はシャーロットじゃないね」
「え?」
「本物のシャーロットはこのハンカチを僕が持っていること知らないから」
「!」
「シャーロット?」
「っお父様!」
エリアスの言葉に狼狽えた変装したリーディアの前に現れたのは領地にいるはずの父ベルナルドだった。
外出禁止を命じたにも関わらず、着飾って出かける直前のシャーロットの姿を見たベルナルドは険しい顔になる。
「お前また――」
「シャーロット!!どこにいるんだ!?教えてくれ!」
目の前にシャーロットがいるにも関わらず突然大声で娘の名を呼ぶエリアスにベルナルドは何事かとぎょっとして言葉を失う。
―――ット…シャー…ト…シャーロット!
(え?)
閉ざされた扉の前にしゃがみこんでいたシャーロットは思わず立ち上がった。エリアスが自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がしたからだ。
(幻聴かしら?)
「シャーロット!お願いだ、いるなら返事してくれ!」
「エリアス様?」
「シャーロット?!」
(本物なの?)
シャーロットは大きな声で叫んだ。
「エ、エリアス様!!!ここです!」
エリアスに届くようにと何度も彼の名を呼んだ。
しばらくすると足音がシャーロットの閉じ込められている納戸に近づき、ガチャガチャと扉を開けようとする音が聞こえた。
「鍵がかけられているな……シャーロット、危ないから扉から離れて!!」
ドン、ドン、ドン バタンッ
体当たりで扉を壊し、エリアスは納戸の中に入る。驚いたように立ちすくむシャーロットを見つけるとすぐに駆け寄った。
「シャーロット!怪我はない?」
あまりの驚きで声も出ないシャーロットはコクコクと頷いてみせた。
(なぜここにエリアス様が…?)
「無事でよかった。すまないシャーロット、ずっと気づいてやれなくて」
エリアスはそのままシャーロットをぎゅっと抱き締めた。
「あ、あのっ、何がどうなって…?」
「そうだった。シャーロット一緒に来てほしい」
訳がわからないまま、エリアスに手を引かれて連れていかれた客間にはシャーロットに変装し、美しく着飾ったリーディアが不貞腐れたようにソファに座っていた。
その隣には父ベルナルドがいる。
「お父様?」
「なっ!?シャーロットがふたり?どういうことだ?」
父ベルナルドは混乱したようにふたりの娘を見比べた。




