35 束の間の再会
「そういえばシャーロット嬢といえば、以前早朝の市場でひとりで買い物してるところに会ったことがあったな…」
思い出したようにケヴィンは言った。
「早朝の市場?ひとり?」
質素なワンピース姿で、荷物を持ち、買い出しするような姿はまるで使用人のようだった、と。おまけに乗合馬車を使って帰ろうとするものだから見かねたケヴィンが自身の馬車で送っていったという。
「なぜすぐに話してくれなかったんだ?」
「…シャーロット嬢に口止めされていたんだ。それに…お前、以前は彼女にそこまで興味なかったろう?」
「……」
“使用人のよう”というケヴィンの言葉にエリアスも思うところがあった。
シャーロットの手だ。自他共に厳しいスチュアートが彼女にクリームを、と言うくらいシャーロットの手は令嬢らしくない荒れ様だった。
彼女は花と水を使った趣味のためだと話したが今考えればそれだけであんなに荒れた手になるはずがない。
それに先日も引っ掛かることがあった。シャーロットの見舞いに伯爵家へ行ったときのことだ。
「そのストールは…」
伯爵家で出迎えてくれたシャーロットの姉リーディアが肩に掛けていたストールにエリアスは見覚えがあった。以前風邪を引いたというシャーロットに見舞いの品としてエリアスが贈ったものと同じだったからだ。
「あっ、これですか。実はシャーロットが贈り物で頂いたものなんですが、私にくれたんです。あまり気に入らなかったのかもしれません。よくそういうことがあるんです」
リーディアは少し困ったように微笑んだ。我が儘な妹を慮る姉のような表情で。
見舞いに花束を持っていく度、大袈裟なくらい嬉しそうに微笑むシャーロット。
正直エリアスが贈ったものなら彼女はなんであっても喜んで受け取りそうだと思っている。
だから違和感を覚えた。
「以前、見舞いの品として贈ったストールは気に入らなかった?」
療養しているシャーロットにもエリアスは直接尋ねた。
「えっ?………あっ!いえ、嬉しかったです」
「でも使わないからって私にくれたのよね。私が寒がりだから気にしてくれたのかしら。こう見えてシャーロットは優しいところもあるんですよ」
何のことか思い当たっていない様子のシャーロットにリーディアがフォローを入れる。
一見、贈り物など貰いすぎていちいち覚えてないような不義理な妹を庇っているように見える。でも本当にそうだろうか。
シャーロットは姉といる時、ときどき複雑そうに顔を伏せる。
◇
午前中、街での用事を済ませたエリアスは、すぐに馬車で帰る気になれず、そのまま街を歩いた。
考えてしまうのは彼女のことだった。
ジャケットの内ポケットから刺繍入りのハンカチを取り出し見る。シャーロットがエリアスのためにイニシャルと植物の図柄を刺繍したハンカチだった。
舞踏会の夜、遠くに女性の悲鳴を聞いたエリアスは嫌な予感がして、すぐさまシャーロットといた場所に戻った。
そこで額を怪我して手当てされている青白い顔のシャーロットを見てエリアスは大きなショックを受けた。
応急手当が終わり、室内へと運ばれていくシャーロットの傍らに落ちていたハンカチを見つけ衝動的に拾ったのだった。
エリアスは見舞いに行くたびハンカチを返そうと思ったが、自分の手元に持っていたい気もして返しそびれていた。シャーロットが手渡そうとしたとき冷たく断ったのは自分なのに。
シャーロットに対し、暗がりに置き去りにした罪悪感ももちろんあった、でも何度も見舞いに行ったのは同じくらいただ顔が見たいと思ったからだ。顔を見て、彼女が元気なのを確認して安心したかった。
歩いていたらいつの間にかエリアスはシャーロットの住む伯爵邸の近くまで来ていた。
つい、うろうろと敷地内の様子を窺ってしまう。
完全に不審者だ。
(何をやってるんだ自分は…)
しかしここまで来たらハンカチを返しにきたとでも口実にして彼女ともう一度会おうか…
その時、裏門の近くに使用人がいるのが見えた。
シャーロットの様子を聞いたらこっそり教えてくれないだろうかとエリアスは近づいていった。
◆
シャーロットは伯爵家の裏庭で草むしりをしていた。
来客の目に触れる表の庭と違い、裏庭はほぼ使用人しか通らないため手入れもなかなか行き届かない。高齢の庭師に代わりシャーロットが時々こうして草むしりなどをしている。
あらかた草むしりを終えると立ち上がりスカートに付いた土や草をパタパタとはたき落とす。そして今度は裏門近くに植えられた木々の枯れ葉を箒で集め始めた。
シャーロットは裏門から外の通りをちらりと眺めた。
先日屋敷の敷地外に出ることを父から禁止されてしまった。そのため嫁ぐ前にミリーのパン屋にもう一度行くと言ったのに約束を守れそうになかった。
(ミリー、心配してるかな…)
「あー、君。すまないが、伯爵家のものか?」
「は、はい」
(しまった)
うっかり裏門に近付きすぎて、外から見える場所まで出てきてしまっていた。使用人と間違われて声をかけられたのだと、シャーロットは焦りつつも振り返る。
「「え?」」
裏門近くに立っていた人物にシャーロットは驚き、顔を隠すのも忘れて、目を見開いた。
「エリアス様!?」
「シャーロット?」
エリアスも同じくらい驚いているようだった。
「どうしてこち――」
「そんな使用人のような格好をして何してるんだ?」
「あ、えっと……」
今のシャーロットの格好は着古した使用人の服で、しかもスカートには先程の草むしりで付いた土汚れが所々残っていた。
とても想いを寄せる相手に見られていい格好ではない。恥ずかしすぎて顔から火がでそうになる。
「お、お掃除をしてたんです」
「掃除?………誰かに命じられたのか?」
「い、いえ…いろいろと迷惑をかけてしまったので、償いになるかわからないですけど屋敷の掃除のお手伝いをしてます…」
「……でも、君はまだ病み上がりだろう」
心配そうにシャーロットを見つめるエリアス。その表情に、こちらを見つめる瞳に、シャーロットの鼓動は自然と高鳴っていく。
「も、もうすっかり元気ですから。ご心配なく…」
エリアスは真剣な顔つきでこちらを見つめたまま言った。
「シャーロット、正直に答えてほしい。君はもしかしてずっと――」
「シャーロット!どこにいるの?早く来てちょうだい!」
その時リーディアのシャーロットを呼ぶ声が聞こえてきた。
「あっ…」
少し焦るシャーロット。早く行かなければまたリーディアに「愚図」だの「のろま」だの叱られてしまう。
「…シャーロット、また来るから!」
「えっ?エリアス様?」
振り返るともうエリアスの姿はなかった。
「シャーロット!!」
「はいっ、お姉様!今、行きます」




