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34 さようなら

 



「急に訪ねてきてしまってごめんね」

「いえ」


 父ベルナルドが屋敷に来た日の翌日、シャーロットのもとにはエリアスの友人ケヴィンが訪ねてきた。


「怪我の具合はどう?」

「もう痛みもないですし。大丈夫そうです」


 さすがにもう療養するほどの怪我でもなかったので、今日は客間でソファに座りケヴィンに対応している。


「それはよかった。……今日訪ねてきたのは君にお願いがあったからなんだ」

「なんでしょうか?」


 少し言いにくそうにケヴィンは話し始めた。


「エリアスのことなんだ」

「エリアス様の…?」


「ああ、エリアスは君が怪我をしてからというもの自分をかなり責めて塞ぎがちになっている」

「そんな、エリアス様のせいでは決してありません」


「それでもこのままでは真面目なエリアスはどこまでも責任をとろうとする。それは君も本意じゃないだろう?」

「…はい」


「優しい彼をこれ以上縛りつけるのはやめてほしい。エリアスのためにも君からきっぱりともう会わないと告げてほしい」


「わかりました…」


 シャーロットは膝の上に重ねた手をぎゅっと握りしめた。


 昨日父ベルナルドに、三週間後に子爵のもとに嫁げと言われて、エリアスともう会うべきではない、もう来る必要はないと告げなければとシャーロットも考えていた。


 でも、もっと早く言うべきだったのだ。会いに来てくれるのが嬉しくて、罪悪感に苛まれているエリアスにシャーロットは気づこうとしなかった。目の前であんなに何度も辛そうに謝っていたのに。

 シャーロットのせいでエリアスはずっと苦しんでいたのだ。




 ◇




 三日にあけず見舞いに来てくれる優しいエリアス。手渡されたピンク色の花束の中には、植物園でシャーロットが気に入ったケロンソウが入っていた。それだけでもうシャーロットは胸がいっぱいになった。


 意を決してシャーロットは切り出す。


「エリアス様」

「どうした?」


「お忙しいのに何度もお見舞いに来てくださりありがとうございました。すっかり怪我もよくなりました。もうすぐ期限の半年になりますし、今日限りでお見舞いは結構です」

「しかし…」


 突然のシャーロットの言葉にエリアスは少し戸惑っているようだった。


「エリアス様が責任を感じることはなにもありません。自分で招いたことですから…」


 舞踏会の日、シャーロットを襲ったのはやはりシャーロットに扮した姉リーディアが原因で婚約破棄となった令息だった。


「…どんな理由があっても力の弱い者に暴力を振るっていいわけがない」

「…最後までこんな私を気遣ってくださりありがとうございます。実は三週間後にガルガモット子爵のもとに嫁ぐことになりました」


「そうか……君は、それで納得しているのか?」

「私にはそうするしかありませんから」


 エリアスのエメラルドの瞳に心の内を見透かされてしまいそうでシャーロットは目を伏せた。


「…まだ三週間ある。もし君が――」

「ひょっとしてエリアス様は私にまだ未練があるのでしょうか?」

「――は?」


 これ以上エリアスに自分のことで迷惑をかけてはいけない。責任を感じさせてはいけない。

 エリアスの罪悪感が少しでもなくなるようにと、シャーロットはわざと軽薄な女の態度をとる。


「ふふ、私のことがまだ好きなら、そうとはっきり言ってくださればいいのに」


 目を細め微笑みながらシャーロットは言った。


「いや……それはない。ちょうど新しい縁談の話も来ていて検討していたところだ」


 シャーロットの言葉に今度はエリアスが視線をそらし苦い顔をして否定した。


(縁談…)

「そ、そうでしたか」


 ズキリと胸が痛み、笑顔がひきつってしまいそうになる。上手く笑えているだろうか。

 当然といえば当然だ。令嬢に人気があり、家柄もよく、美しいエリアスなら恋人がいなくなればすぐに縁談が舞い込むはずだ。


「エリアス様には感謝しかありません。どうぞ私のことなど忘れて、お幸せになってください」

「…ああ、君も元気で」

「はい、ありがとうございます」


(これでよかったんだ…)


 シャーロットはエリアスを笑顔で見送った。

 扉が閉まるその瞬間までは。



 それからシャーロットは辛い胸の内を紛らわすように必死に屋敷の仕事をして体を動かした。

 何も考える隙のないように。




 ◇




「なあエリアス、今日飲むペース速すぎないか?」

「…大丈夫だ」


 日が暮れた頃にふらりとケヴィンの住む屋敷を訪ねたエリアス。そのままふたり書斎で酒を飲んでいた。

 エリアスは何か考え込むように口数が少なく、グラスの酒ばかりが減っていた。


「…そういえばシャーロット嬢のところにはまだ見舞いに行ってるのか?」

「いや…もう治ったから来なくていいと言われた」

「そうか、よかったじゃないか」

「………」

「エリアス?」


 エリアスはそっと酒の入ったグラスをテーブルの上に置いた。その顔は思い悩むように苦しげだった。


「…どうしても彼女が男を誑かすような女には思えないんだ」

「まあ…普段の彼女を見てたらそう思いたくなるのも仕方ないと思うが。酒を飲んで人が変わるような人間はそう珍しくないだろ?」


「……ケヴィンはシャーロットの姉、リーディア嬢のことは知っているか?」

「あ、ああ。完璧な淑女として有名な令嬢だろ?確か体が弱かったんじゃなかったか?」


「彼女が…以前交際していたシャーロットと重なるんだ」

「ん?そりゃ、姉妹だから似ているのは当然だろ?」

「違うんだ」


 エリアスは王家の舞踏会で見たリーディアのダンスが以前のシャーロットとかなり似ていると感じたことをケヴィンに話して聞かせた。

「それに―――」


 その後、姉妹のことが気になったエリアスは秘密裏に彼女たちのことを調べさせた。だが、過去伯爵家の屋敷に勤めていた使用人たちは誰も話したがらなかったのだ。なんでも使用人を辞める時に屋敷で見聞きしたことを口外しない誓約書を書かされていたらしい。

 伯爵家に関わる重要事項ならいざ知らず姉妹の関係さえ話したがらないことをエリアスは不自然に感じた。



「他家のことに首を突っ込みすぎじゃないか?これ以上調べて、何かわかったとしてもお前にできることはないだろう。シャーロット嬢はもう子爵のところに嫁ぐんだろう?………まさか、お前引き留めようと――」

「そんなんじゃない!」


 珍しく声を荒らげるエリアス。酔いがまわっているのかもしれない。

 ケヴィンは大きくため息を吐き、頭に手をおいた。

「とにかくエリアス、今のお前はお前らしくない。もう少し冷静になったほうがいい」

「……ああ」


「……そういえばシャーロット嬢といえば―――」


 ケヴィンがふと思い出したように口を開いた。




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