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31 最後にもう一度

 



 今夜、王城では大規模な舞踏会が開かれる。

 第二王子の婚約者探しのため、正式な婚約者のいない適齢期の令嬢が多く招待されていた。


 まだ後妻に入る手続きなどしていないシャーロットのもとにも招待状が届き、父からは王家からの正式な招待である以上欠席はできないから行ってくるようにと連絡が来た。


 もちろん完璧な淑女と評判の姉、リーディアにも招待状が届いた。



「シャーロット、あなたなんか間違っても選ばれるわけないんだから大人しくしてなさいよ。粗相して私の足を引っ張るのだけはやめてちょうだい」

「…はい」


 舞踏会に向かう馬車の中、リーディアはシャーロットにきつく言い聞かせていた。


 過去、第一王子の婚約者候補に名があがったこともあるリーディアは自信があるようで、かなり張りきって今夜の舞踏会に臨んでいた。この日のために刺繍の美しい豪華なドレスも新調している。

 ちなみにシャーロットのドレスはリーディアのお下がりだ。



 城の豪華に飾りたてられた会場で、令嬢たちはそわそわと第二王子の登場を待っていた。皆、少しでも第二王子の目に留まるようにと競いあうように美しく着飾っている。


 その中でシャーロットはキョロキョロと人を探す。

 このような大きな舞踏会であれば高位貴族の令息なら間違いなく招かれているはずだ。



 目的の人物はすぐに見つかった。


 纏っている黒のシンプルな正装は彼の美しさをより引き立てていた。

 その周りを令嬢たちが取り囲んでいて彼に熱い視線をむけながら熱心に話しかけている。


 第二王子が会場に現れ、令嬢たちの注目がそちらに移ったタイミングでシャーロットは彼に声をかけた。


「エリアス様」

「……なにか?」


 エリアスはシャーロットの言葉に振り返ってくれたもののその表情は固く冷たいものだった。


「少しだけでいいので最後にお話を聞いてくれませんか」

「君から聞きたい話なんて僕にはひとつもないけど?」

「で、でもほんの数分でいいのでお時間をいただけませんか」


 予想はしていたが冷たい態度に心が辛くなる。でもこの機会を逃せばエリアスとはもうきっと会えない。



 断っても諦める様子のないシャーロットにエリアスは大きくため息を吐いてしかたなく了承した。



 会場の外、人気の無い場所まで二人でやってくる。


「それで、話ってなに?」

 素っ気なくエリアスが尋ねた。


「あ、お時間ありがとうございます。

 あっその、約束を破ってしまったこと本当に申し訳ありませんでした。謝ってどうにかなることじゃないってわかってます。でももう一度謝りたくて」

「そう…」


「それと、今までのことお礼を言わせてください。エリアス様と期間限定の仮恋人になれて本当に楽しかったです。本当にありがとうございました。夢みたいな時間でした」


 この5ヶ月、エリアスのお陰でシャーロットはいろいろな場所に出かけて恋人気分を味わうことができた。それに本当の恋をすることもできた。



「…そう。言いたいことはそれだけかな?じゃあこれで」

「あっ、ま、待ってください」

 去ろうとするエリアスをシャーロットは慌てて引き留めた。


「まだ何かあるの?」と心底迷惑そうなエリアスの表情に手が震えてしまう。


「これまでの感謝の気持ちに何かお礼がしたくてハンカチに刺繍をしたんです。受け取っていただけますか」


 シャーロットは刺繍したハンカチをエリアスに差し出した。図案はいろいろ悩んだがエリアスのイニシャルと緑の植物を刺繍した。

 リーディアの図案に比べると凡庸だが、最後まで心を込めて刺繍した。もちろんハンカチも刺繍糸もシャーロット自身の少ない手持ちのお金をやりくりして購入したものだ。



「結構だよ。……僕が、君が刺繍したハンカチを欲しいとでも思うの?」

「あ、そ、そうですよね……こんなものしか用意できなくて申し訳ありませんでした」


 予想はしていたがショックで体が小刻みに震えてしまう。


「もういいかな?僕も暇じゃないから。それじゃあ」

「は、はい…」


 エリアスはそう言うと一度も振り返ることなくさっさとその場から去っていった。

 彼にとってはシャーロットとのことはすでに過去のこと、もうとっくに終わったことなのだと思い知らされる。


 去っていくエリアスの背中をシャーロットは見えなくなるまで見つめた。


(…よかったじゃない)


 ハンカチは受け取ってもらえなかったが、最後にこれまでのお礼を言うことができた。

 これできっと自分の気持ちも区切りをつけることかできるはずだ。


 だけど、エリアスは終始迷惑そうで冷たい態度を崩さなかった。それくらい嫌われてしまったことが堪らなく悲しかった。

 絶対に泣かないと決めてきたのにまた涙が滲む。


 もうきっと顔を合わせることはないだろう。




「シャーロット!」


 エリアスが去ってから数分後、その場に立ち尽くしたままだったシャーロットは突然誰かに名前を呼ばれて驚いて振り返った。

 そこには見知らぬ男性が立っていた。


「酷いじゃないか。何度連絡しても音沙汰なしで。ほかの男と会っていたのか?」


(ひょっとしてお姉さまの…)


「いえ、ごめんなさい、急いでるので…」


 シャーロットのいる場所は会場の外、薄暗く人気のない庭園の隅だった。こんな場所で見知らぬ男性とふたりきりなんてさすがに少し危うく感じる。


「逃がさない」

 ガタッ

「痛っ」

 男が突然シャーロットの手首を掴み乱暴に壁際へ押し付けた。



「俺を弄んで面白かったか?」

「ち、違うんです」

「何が違うんだ!このあばずれが!!」


 月明かりに男の目が血走っているのが見えた。相当シャーロットに恨みをもっているようだ。


 もしかしてシャーロットに扮したリーディアが原因で婚約破棄になった貴族令息かもしれない。後に家の後継ぎから外されたとも聞いた。


(こ、怖いっ…)


 シャーロットは反射的にエリアスの去った方角を縋るように見た。いるはずがないのに。

 エリアスは今までシャーロットの窮地を助けてくれたことがあった。でも、今回は来てくれることはまずない。


(自分で何とかしないと)


「俺はお前のせいで何もかも失った。お前も同じ目にあわせてやる」


 男が身体を近づけて来たとき、シャーロットは勢いよく足を上げ、男の腹を蹴った。

 上手くヒットして男はうずくまる。


「ぐっ……ま、待て」


 この隙にはやく逃げなければならないのに恐怖から足がガクガクして素早く動けない。もたもたしているうちに男の手がのびてきて、シャーロットの髪を掴み強く引っ張った。

 シャーロットはそのまま倒れ、勢いよく石畳に頭を打ち付けた。


「つっ……」


 こめかみに鋭い痛みが走る。少し額が切れたのかもしれない。



「キャーーー」

「誰かー!!」


 その時、運良く人が通りかかり倒れているシャーロットと男を見つけた。



 女性の悲鳴が聞こえ、よかった見つけてもらえたのだとわかるとほっとして緊張の糸が切れたのかシャーロットの意識は遠のいていった。



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