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30 突然のおわり(2)

 



 伯爵家に戻ったシャーロットはすぐさま姉リーディアを探す。


「お姉様!」

「なんなの、シャーロット。騒がしいわね」


「私に変装してまた舞踏会に行ったのですか?もう二度としないと約束したのに、どうして破ったのですか?」

「あら、そうだったかしら?」


「エリアス様に言われました。複数の人がピンクの髪色の女性を仮面舞踏会で見たって。男の人と寄り添っていたって。お姉様ですよね?どうして!」


 リーディアは面倒くさそうにため息を吐いた。


「だってあなた外出もできないくらい寝込んでたじゃない。せっかく誘われたんだもの。それに仮面舞踏会だったのよ?確かにピンクの髪だったかもしれないけど仮面をつけていたんだから誰だかわからないはずでしょ?」


「そんな…ピンクの髪なんて珍しくてそれだけで私だって思われます。そのせいで、エリアス様に関係の解消を言い渡されました」


「まあ、別にいいじゃない。どうせ期限までもうあと1ヶ月くらいでしょ。それがちょっと早まっただけじゃないの」


「…あと1ヶ月()ありました」

 シャーロットは悔しそうに両手を握り締めた。


「とにかくもう終わったことでしょ?予定がなくなったのなら、後妻に入るまではしっかりとこの屋敷の仕事をしなさいね。あなたは私と違ってそれくらいしかできないんだから」


 シャーロットは肩を落とした。

 もう何を言っても無駄だ。

 これ以上、姉に何と言ったところで再びエリアスの仮恋人に戻れるわけではないのだから。


 もう言い合う気力も失せて、シャーロットは力なく自室へと戻っていった。


 部屋に入るとシャーロットはつけていた髪飾りを外す。

 葉の形を模してつくられていて中央に緑の石が3つはめ込まれている。エリアスからプレゼントされたものだった。プレゼントが嬉しくてシャーロットはよくこの髪飾りを使っていた。

 髪飾りにはめ込まれた真ん中の石がエリアスの美しい瞳に似ていると見るたび思っていた。


 シャーロットが最後に見たエリアスの美しいエメラルドの瞳はとても冷ややかなものだった。


 もう二度とエリアスが柔らかい笑顔をシャーロットにむけてくれることはないのだろう。


 悲しくて寂しくて涙が止まらなかった。




 ◇




 エリアスは今日何度目になるかわからない書き損じた書類をくしゃくしゃに丸めて捨てた。


「エリアス様、少し休憩なさったらいかがですか」

 心配したスチュアートが声をかける。

「いや、大丈夫だ」


 エリアスは軽く息を吐くと再び執務机に向き合った。



 シャーロットと仮恋人の関係を解消してから数日が経つ。いつものエリアスであれば、もうとっくに切り替えができているはずだった。

 しかし認めたくはなかったが、いまだに気分が晴れずに明らかに引きずっていた。



 ケヴィンからシャーロットが仮面舞踏会で男といたと聞いたとき、エリアスは最初何かの間違いでは?と思った。

 今のシャーロットが自分以外の男と親密そうにするなんて信じられなかったからだ。


 しかし人違いとも考え難い。シャーロットのピンクの髪は大変珍しい。エリアスが知る限りこの髪色はシャーロットくらいだった。


『僕は以前、仮の恋人の期間中は酒を飲まないように君と約束したはずだが。君はそれを破ったのか?』

『――――――も、申し訳ありません』


 それにシャーロットは認めたのだ。酒を飲んで仮面舞踏会に出席したと。



 なぜこんなに苛立ってしまうのかわからなかった。


 シャーロットと一度目に別れたときもそれなりにエリアスはショックを受け、失望したが、不思議と怒りまでは湧かなかった。


 なのに今回は、なぜこんなに感情を揺さぶられてしまうのだろう。本当の恋人でさえなかったというのに。


 それでも言葉で表すなら、嫉妬に近い感情だったのかもしれない。

 シャーロットが他の男と()()()()()()()()()()いたと聞いて。

 彼女の綺麗なピンクの髪に、華奢な身体に自分以外の男が触れたと思うと許しがたかったのだ。


 ただの仮恋人の関係だったのに、彼女は自分に少なからず好意を抱いているように思っていた。結局のところ自惚れていたんだろう。


『人間はそんなにすぐ変われるもんじゃない。彼女にこれ以上入れ込んでもいいことはない。お前がまた傷つくだけだ』


「ケヴィンの言う通りになったな」


 自嘲するようにエリアスは呟いた。




 ◇




「いらっしゃいませ―――まあ、シャーロット様!来てくださったんですね」

「こんにちは、ミリー。素敵なお店ね」

「ありがとうございます」


 シャーロットは王都の外れにある一軒のパン屋に来ていた。

 伯爵家の元使用人ミリーが夫婦で営むパン屋で、こぢんまりとしながらも清潔感があり、淡いオレンジ色の内装の可愛らしいお店だった。



「美味しそうなパンね。どれにしようかしら」

 陳列されたパンはどれも美味しそうで、迷ってしまう。


「こちらのクロワッサンと、あとこちらのベリーがのったパンが女性に人気があります」

「じゃあ、それを頂こうかしら」



―――――――



「シャーロット様、来ていただいて嬉しかったです。ありがとうございました」

 ミリーはパンの購入を終え帰ろうとしたシャーロットを引き留め、お茶を勧めた。

 お昼の時間をとうに過ぎた店内は空いていて、シャーロットはミリーの言葉に甘えて店の奥でお茶をいただくことにした。


「いいの。パンも食べたかったし、ミリーにも会いたかったの」

「それは、嬉しいです」

 ふふふとシャーロットとミリーは顔を合わせて笑いあった。


「また、今度はよかったらあの格好いい恋人の方とも一緒に来てくださいね」

「……ええ」

「シャーロット様?」

 どこかぎこちなく頷くシャーロットにミリーが首を傾げた。


「ごめんねミリー。実はあれから私…振られてしまったの」

「まあ、そんな…知らずに、失礼いたしました。……でも、とても仲睦まじい感じでしたのに」


「私が悪いの。約束を破って彼に見放されてしまったの」

「………本当に、シャーロット様()約束を破ったのですか?」

 心配そうに窺うようにミリーはシャーロットを見つめた。


 シャーロットは悲しそうにどこか諦めのこもった笑みを浮かべた。


「シャーロット様…」

 伯爵家の姉妹の関係を知るミリーはその表情で察した。

「相手に全部話してしまうことはできないんですか?」


「証拠がないもの。信じてもらえないわ。……それに私、別のところに後妻に入ることが決まったの」

「そんな…」


 悲しそうな顔をするミリーにむかい、大丈夫だと笑顔をつくってみせる。


「……もう元の関係に戻るのは無理だけど、最後にもう一度だけ会って彼に謝りたい…でも彼からしたらきっといい迷惑よね」


 膝の上で握りしめていたシャーロットの手にミリーは自分の手を重ねた。


「……いいんです、シャーロット様。もし本当にそれが最後になるならきっと会わなければ後悔してしまいます。少しくらい迷惑をかけたっていいじゃないですか」


「ミリー…ありがとう。…あなたにまた会えてよかったわ」


 後妻に入ると王都を離れるかもしれない、だからその前に必ずもう一度来ると約束してシャーロットはミリーと別れた。





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