29 突然のおわり
ケホケホケホッ
風邪を引いてからもう1週間くらい経つがシャーロットの風邪はいまだに治っていなかった。
今、シャーロットは自室のベッドに座り、せっせとクッションカバーに刺繍をしていた。
ベッドの隣、机の上には無地のクッションカバーやハンカチなどこれから刺繍をする予定のものが大量に置いてある。
もちろんこれはシャーロットの趣味などではなくリーディアに命じられたものだった。
『寝てばかりじゃ暇でしょ。仕事をもってきてあげたわ』
来週、教会でバザーがあり、そこにリーディアは刺繍した小物をたくさん寄付する予定だ。お洒落な図案のリーディアの刺繍はいつも人気がある。
しかし実際のところ図案はリーディアがつくるが、それをもとに刺繍するのはシャーロットだった。リーディアの図案は凝っていて時間がかかるものが多い。
ここのところ睡眠時間もそこそこに、毎日刺繍ばかりしている。長時間、手もとばかり見ているせいか目がショボショボしてきた。こんなことをしていれば、治るものも治らない。
そんなこんなで、風邪が完全に治るまで二週間かかってしまった。
エリアスに体調が回復したことを連絡するとすぐに会おうと返事が来た。
会いたいと思っていたのが自分だけじゃなかったことが嬉しくて侯爵邸までの道すがら、どうにも頬が緩んでしまった。
侯爵邸に着き、案内されて客間に行く。
部屋の中に入ると、すでにエリアスがソファに座っていた。
「エリアス様、先日はせっかくのお茶会を直前でキャンセルしてしまって申し訳ありませんでした」
「いや別に」
一言返しただけで黙ってしまったエリアス。足を組んだままの彼と視線が合わない。
「あ、お見舞いの品もありがとうございました。とても嬉しかったです」
シャーロットは当たり障りのないお礼の言葉を口にした。
結局、リーディアにエリアスからの見舞いの品について何度聞いてもはぐらかされてしまい、何を贈ってくれたのかもわからなかったからだ。
「…………」
「?」
エリアスから反応がなく。様子がおかしいことにシャーロットはようやく気づいた。
「シャーロット、君は1週間前の週末は何をしてた?」
「え?1週間前ですか?…まだ体調が良くなかったので屋敷で療養してました」
療養というか、ベッドの上でせっせと刺繍をしていたのだが…。
シャーロットの言葉を聞いたエリアスは固い表情のまま大きくため息を吐いた。
「1週間前の週末の夜、開かれていた仮面舞踏会で君を見かけたという話を聞いた。もっとも仮面があるから正確にはピンク色の髪の女性だが。男と仲睦まじく歩いていたそうだ」
「え………?」
ピンク色の髪の女性なんて、シャーロットは今まで自分以外に見たことがなかった。それくらい珍しい髪色だった。
ドクンッ
心臓が嫌な音をたてた。
(まさか…お姉様が…?)
風邪をひいている間、シャーロットは部屋にこもってあまり外に出なかった。体調を崩していたし、リーディアに押しつけられた大量の刺繍も終わらせなければならなかったからだ。だからその間の姉の行動は全く把握していない。
「…君はあんな騒動を起こして、まだ懲りずに夜遊びを続けていたんだな。僕の前では心を入れ替えたような態度だったのは演技だったのか?」
「ち、違うんです」
「君ではないと?それともまた酒に酔っていたとでも言い訳するのか?」
エリアスが冷ややかに言った。
姉とは約束したはずだった。私が大人しく後妻に入るから、もう自分のふりをして遊ぶのはやめてくれと。
こんな簡単に破られてしまうなんて…
「ちなみに複数の人間が、ピンクの髪の君に似た女性が男と仮面舞踏会で親密そうに寄り添っている姿を目撃したそうだ。ケヴィンだけじゃない、面識のないような令嬢方も手紙や、わざわざここまで教えにやって来た者もいた」
「あのっ……」
何て言ったらいいのかわからなかった。
シャーロットは本当に療養していた。けれどおそらくリーディアがシャーロットに変装して仮面舞踏会に出席したのだろう。
「僕は以前、仮の恋人の期間中は酒を飲まないように君と約束したはずだが。君はそれを破ったのか?」
(違う!)
全部、姉リーディアがシャーロットに黙って勝手にしたことだ。それを今、この場ですべて話してしまえば彼なら信じてくれるだろうか。
「それは、お、お姉様が―――」
「姉?…そういえば君の姉ぎみはとても優秀な淑女と評判らしいな。君も少しは見習おうとは思わなかったのか?」
「っ…」
喉がきゅっと締まって言葉が続かない。
エリアスの言葉がシャーロットの胸につき刺さる。
そう、誰にも信じてもらえるわけがないのだ。
真実を言ったところで都合の悪いことを姉のせいにする嘘つきでどうしょうもない妹としか思われないだろう。
「あの…も、申し訳ありません」
やっと絞りだしたのは謝罪の言葉だった。
「謝罪はいらない。もう君とは関わりたくない。この関係はもう終わりだ」
冷たいエメラルドの瞳がシャーロットを見据える。
「あ、エリアス様…」
「帰ってくれ。スチュアート、客人をお見送りしろ」
追い出されるようにしてシャーロットは侯爵邸を後にした。
シャーロットは茫然としていた。
こんな終わりかたは予想していなかった。
1か月後、期間限定の最後の日は笑顔で、感謝の言葉を述べて、刺繍したハンカチをお礼に渡すつもりだった。
そうやって彼と過ごした日々は綺麗で何よりも大切な思い出になるはずだったのに――――。
突然の関係の解消は現実感がなく、シャーロットの心は追いつかなかった。
ただ、さっき見せたエリアスのエメラルドの冷たい瞳が頭に焼きついて消えない。




