28 風邪
街の通りを歩く人などいない土砂降りの中、シャーロットはずぶ濡れで歩いていた。
もはや防水機能が残っているかわからない古着の外套を羽織って来たが、すでに役に立たないくらい水分を含んでいて重たい。
最近、姉リーディアの機嫌が悪い。
おそらく今までシャーロットに扮して夜会など好き勝手遊び歩いていたのが急にできなくなってしまったためストレスが溜まっているのだろう。
それに星夜祭の日。
体が弱い設定のリーディアは夜に出掛けることはほとんどない。去年まではリーディアがシャーロットに変装して交際相手と出掛けて楽しんでいたが今年はシャーロット本人が出掛けてしまった。
その腹いせだろうか、この悪天候の中、「お気に入りの茶葉が切れた、今すぐ買ってこい」とお使いに放り出されたのだ。
『お姉様、雨が強すぎるのでもう少し弱くなってから――』
『さっさと行きなさい』
『ですが、こんな天気だとお店だって開いてるかどうか』
『うるさいわね!言うことを聞けないのならお父様に報告しようかしら』
『な、なにをですか?』
『あんな騒動を起こしたシャーロットが懲りずに仮恋人をつくって遊んでいるって』
『そんな…』
『この期に及んでシャーロットがそんなことしていると知ったらお父様も相当お怒りになるわね。せっかく今まで黙っていてあげたのに。そしたら貴女きっと外出を禁止されるわよ。いいの?』
『……すぐに行ってきます』
数十分かけて茶葉を売る店までたどり着いたが、案の定この悪天候で店は閉まっていた。こんな土砂降りの中、買い物に来る客などまずいない。
しばらく店の前で立ち尽くしていたシャーロットだが、雨は一向に弱まる気配はない。
(もう諦めて帰ろう…)
茶葉は買えなかったけどずぶ濡れのシャーロットを見ればリーディアの機嫌の悪さも少しはなおるだろうか。
(さ、寒いっ)
雨に濡れた服がシャーロットの体温を奪っていき、先ほどから体の震えが止まらない。
帰ったらすぐ体を拭いて着替えよう。
その時、強い向かい風が吹き、顔面に激しく雨が打ちつけた。
(くっ、くじけそうだわ……でも…)
数日後にはまたエリアスの侯爵邸でお茶会に招かれている。シャーロットはそれをとても楽しみにしていた。
(だからそれまで頑張ろう)
エリアスに会えると思うと不思議と元気が出た。
彼の優しげな笑顔を思い浮かべながら、シャーロットは家路を急いだ。
◇
侯爵邸のテラスにてケヴィンはイスに座り、いそいそと作業する友人の姿を眺めていた。
本日エリアスはまたシャーロットを招いてお茶会をするという。
「エリアス、それなんか変わった花だな」
ケヴィンが指差したのはエリアスが花瓶に生けていた花のひとつだった。弓なりになった茎からはハート型のピンクの花が並んで垂れ下がっている。
「ケロンソウだ」
「シャーロット嬢が好きな花なのか?」
「……まあ」
「さすがカップルスペシャルペイントをする仲なだけあるな」
「そのことは忘れろ。ただの気まぐれだ」
「……自覚はしてないんだな…」
「…何か言ったか?」
ボソリと呟いたケヴィンの言葉はエリアスには聞き取れなかった。
そこへ屋敷の副執事スチュアートが急ぎ足でやってきた。
「エリアス様、本日シャーロット様は体調を崩されて来れなくなったそうです」
「なに…?大丈夫なのか?」
「お風邪を引かれたようです。そこまで酷いとは書かれていませんでしたが…」
「そうか………スチュアートすぐにお見舞いに花束を手配してくれ。可能ならケロンソウを花の中にいれてほしい」
「かしこまりました」
「ケヴィン!」
真剣な顔つきのエリアスがケヴィンにぐっと近づく。若干怖い。
「な、なんだ?」
「花以外に見舞いの品として女性に贈るものは何がいいんだ?」
「え?うーん、冷えるかもしれないから、ストールとか?」
「そうか!スチュアート、暖かそうなストールも一緒に手配してくれ。彼女に似合うのは何色のストールだろうか…」
「「………」」
熱心に考えこむエリアスの姿にケヴィンとスチュアートは思わず顔を見合わせた。
◇
「くしゅんっ」
(風邪なんて久しぶりにひいたわ)
シャーロットは自室のベッドで休んでいた。熱があるのか、身体が怠く頭痛がした。
風邪を引いたとリーディアに言うと心配するどころか「馬鹿は風邪ひかないって嘘だったのね」と笑っていた。ほぼ間違いなく先日土砂降りの中、リーディアのお使いに出されたせいなのに。
楽しみにしていたエリアスとのお茶会も行けなくなり、シャーロットは落ち込んでいた。
トントントン
ノックが聞こえ、重たい身体を起こしてドアを開ける。ドアの前には具のないスープに小さなパンがのったトレイと一通の手紙が置かれていた。
寂しい食事内容だが、持ってきてもらえるだけマシだった。屋敷に勤める使用人はリーディアを怖がり、シャーロットに表向き優しく接するものはいなかった。
手紙はエリアスからだった。急ぎ封を開けると手紙には体調を気遣う言葉が綴られていた。治ったら改めてお茶会をしようとも。
見舞いの品も気に入るといいが…とも書かれていたがドアの外には手紙以外に置かれていたものはなかった。
(もしかしてお見舞いに花か何か送ってくれたのかもしれないわ)
それをまたリーディアが勝手に貰ってしまったのだろう。後でなんとかして聞きださないと。
手紙を抱き締めて、シャーロットはベッドに横になった。
(はやくエリアス様に会いたい…)
こうしている間にも仮恋人でいられる期間はどんどん少なくなっているのだから。
◇
1週間後――――
「おいエリアス!聞いたか!?」
いつもとは違う様子で執務室に飛び込んできたケヴィンにエリアスは眉を寄せる。
「ケヴィンどうしたんだ?そんなに慌てて…」
「―――――、―――――――――――!」
「―――は?」
ケヴィンの言葉を聞いたエリアスの手から持っていたペンがポトリと落ちた。




