26 星夜祭(3)
高台に建てられた白い石造りの神殿は、今日の祭典に合わせ、周りをランタンの柔らかな明かりに照らされて、いつも以上に荘厳な雰囲気を漂わせていた。
神殿についた2人はそのまま中に入り、大きな祭壇の前で祈りを捧げる。
スカイランタンの時間まではまだ少し余裕があったので神殿の中、礼拝客に開放されている場所のベンチに座って待つことにした。
「大丈夫?足疲れてない?」
エリアスがシャーロットを気遣うように言った。
「はい、大丈夫です。いろんなお店が見れて楽しかったです」
「そう。よかった」
高台にある神殿までの長く、緩やかな上り坂は確かにいい運動になったが、普段お使いで歩いて市場まで出かけているシャーロットには軽いものだった。
「あれ?エリアス、来てたのか。っとシャーロット嬢もこんばんは」
声をかけてきたのはエリアスの友人のケヴィンだった。
シャーロットも「こんばんは」と返す。
「スカイランタンの時間まで待ってるの?」
「そうだ」
エリアスはケヴィンの問いに答えつつ、不自然に左手をサッと隠した。
「ん?今、何か手に描いてなかった?なんで隠したんだ?」
「…………」
エリアスは何も答えない。
「シャーロット嬢の手にも何か描いてあるね。それは何?」
「これはカップルスペシャルペイントです」
無言のエリアスの代わりにシャーロットが答えた。
「カッ、カップル…?」
「はい。こうして2人の手を並べるとハートの形になるんです」
エリアスは手を隠したままだったので、シャーロットの手の甲だけ見せてケヴィンに説明した。
「ハート………ブフッ……ずい、ぶん…仲良しだね」
突然何かを耐えるように震えだしたケヴィンは「すまない…それじゃあ」と言うと、肩を小刻みに揺らしながら去っていった。
「ケヴィンめ」
去っていくケヴィンをエリアスはジトリと睨んだ。
「……すみません、エリアス様。やっぱりボディペイントなんて子ども染みてて恥ずかしかったですよね。付き合わせてしまってごめんなさい」
そう言ってシャーロットはエリアスと左右対称のボディペイントが描かれた自分の手の甲を見た。シャーロットは素敵だと思ったが、男の人には恥ずかしかったに違いない。
「いや、いいんだ。きっとシャーロットが望まなければ僕は一生経験できなかった。面白い経験ができたと思ってるよ」
シャーロットを気遣ってエリアスは優しく笑った。
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――――――――
いよいよスカイランタンを上げる時間になり、シャーロットとエリアスは神殿に隣接した広場まで出てきた。高台にあるその場所は明るく天気のいい日には王都の街並みを見渡すこともできる。
「シャーロット、暗いから足もと気を付けてね」
「はい、ありがとうございます」
シャーロットはエリアスと一緒にひとつのスカイランタンを持って立っている。初めて間近で見たスカイランタンは大人の上半身がすっぽり入るくらいの大きさがあった。すでに火が灯り、ランタンの中でゆらゆらと揺れていて、それだけで綺麗だった。
2人のまわりにも大勢の人々がスカイランタンを持ち、その時を待っていた。
ボーンと神殿から合図の鐘が鳴り響き、シャーロットとエリアスは同時に手を離した。
2人の離したスカイランタンがふわりと空へ舞い上がる。
周囲でも柔らかなオレンジ色の明かりをともしたランタンがいくつも空へと浮かび上がっていく。
「綺麗ですね!」
「ああ」
夜空に舞い上がる無数のスカイランタンは想像以上に幻想的でとても美しかった。2人はしばらくその光景に見入っていた。
シャーロットは美しい光景とエリアスへの感謝で胸がいっぱいだった。
去年の今頃は想い人と星夜祭のスカイランタンを上げることができるなんて思いもしなかった。
エリアスにとっては替えのきく仮の恋人でしかないはずなのに、そんなシャーロットのことを彼は今日もずっと優しく気遣ってくれた。
(来年の今日は、私は何をしているのかしら…)
子爵の後妻になっていること、そしてエリアスともう2度とこのお祭りに一緒に来ることはないことはわかっている。
今日がきっと好きな人と行く最初で最後の星夜祭。
(寂しいな)
でもこれが最後なら…
(エリアス様に気持ちを伝えたい)
無数のスカイランタンが空高くのぼったころ、神殿に来ていた観客はそろそろと帰り支度を始める。
「人が大勢帰るところだから、少し待って落ち着いてから帰ろうか」
「はい。……あの、エリアス様、少しだけいいですか?」
「うん?いいよ、どうしたの?」
シャーロットはドキドキとうるさい鼓動を落ち着かせながら気持ちを伝える決意を固めた。
でもただの仮の恋人と思っている相手に突然告白されてもエリアスは困惑するだろう。だからシャーロットは咄嗟にこう言った。
「エリアス様。今日は星夜祭一緒に来てくださってありがとうございました。恋人同士で来るのが夢だったので、それが叶ってとても嬉しいです。あっ、もちろん仮の恋人としてですが」
「ああ、いいんだ。僕も楽しめたから」
「それで…もうひとつお願いがあるんですが…」
「いいよ、なに?僕にできることなら」
「こういう素敵な場所で好きな人に、こ、告白するっていう体験をしてみたかったんです。もちろん仮の告白なんですが…どうですか?」
「別に、構わないが…」
「ありがとうございます!それでは…」
シャーロットは胸に手を当て、ゆっくりと息を吐き、気持ちを落ち着かせる。
仮の告白なんて誤魔化したけど、シャーロットの中では正真正銘の告白だった。
ドッドッドッと心臓が口から飛び出そうなほど内心緊張しながら口を開いた。
「エリアス様、初めてお会いした日からずっと好きでした。…初めはとても格好いい王子様のような姿に気づいたら一目惚れしてました。
でも仮恋人として会っていくうちにエリアス様のさりげない優しさや、誠実さ、柔らかい笑顔がとても素敵なところ。エリアス様のいろいろな面を知ってどんどん好きになって…
今ではどうしょうもないくらい大大大好きです!」
シャーロットの最大限の気持ちをこめた告白だった。エリアスの美しい瞳や顔を見て伝えるのはハードルが高すぎたので斜め下、エリアスの足もとを見ながら一気に話した。
これ以上ないくらい恥ずかしくって、でも言葉にできたことが嬉しくってシャーロットは泣き笑いの表情を浮かべ、やっとエリアスを見上げた。
するとエリアスは口元を片手で押さえて、視線を外していた。
(あ、あれ?やりすぎた…?)
気持ちをこめすぎて、重たすぎて引かれたのかもしれない。それとも本気告白だとバレてしまっただろうか。
謝ろうかとシャーロットが慌てて再び口を開く前に、エリアスがぽつりと言った。
「…ありがとう、シャーロット。僕も好きだ」
「――――――へ?」




