25 星夜祭(2)
星夜祭当日。
すでに日が沈み、暗くなった夜空には満天の星が輝いている。星空が見えやすいように今夜は街灯の明かりが絞られていて、いつもより街全体が薄暗い。
「天気がよくてよかったです。星がとても綺麗ですね」
「そうだな」
シャーロットはエリアスと神殿に向かって歩いていた。祭典のメイン会場で、訪れた人々は神殿の中にある祭壇に平和の祈りを捧げる。
街灯の明かりを絞っている分、地面には等間隔にランタンが置かれて足元を照らしている。
結局、面と向かってエリアスを誘うことができなかったシャーロットは手紙を送ることにした。
手紙には忙しければ全然断ってくれて構わないことも添えた。だから忙しかったり面倒だったりすれば断ることもできたはずだ。今日来てくれたということは少なくとも面倒には思ってないということだ…たぶん。
神殿は高台に造られていて、そこまでの道沿いにはお祭りらしく露店がたくさん並んでいて賑やかだ。
昔シャーロットの母親がまだ健在だった頃、家族4人で星夜祭の日に神殿へお祈りに行ったことがあったが、その時は屋敷から神殿まで馬車を使った。そのためこうして徒歩でゆっくりと祭りの雰囲気を楽しめるのは初めてのことだった。
物珍しさからついついキョロキョロしてしまう。
すると突然その露店のひとつから小さな女の子が駆け出してきて、シャーロットにぶつかった。
「わっ、大丈夫?」
きょとんとする女の子の顔をのぞきこむとその頬には星がモチーフの可愛らしいボディペイントが描かれていた。
「エマ、駄目じゃない!…申し訳ありません、お怪我は…―――――シャーロット様?」
慌てて駆け寄ってきた母親らしき人物はシャーロットを驚いたように見つめた。
その女性の顔にシャーロットも見覚えがあった。
「もしかしてミリー?」
昔、シャーロットの住む伯爵家で働いていて、姉と比べて不出来なシャーロットにもいつも優しく接してくれた数少ない使用人だった。
「そうです!お久しぶりです、シャーロット様。お元気そうで」
「ミリーも!会えて嬉しいわ。娘さんなの?」
シャーロットはミリーと手を繋ぐ可愛らしい女の子を見て言った。
「はい。お屋敷を辞めることになって田舎に帰って、そこで夫と知り合って結婚したんです。今は縁あって夫婦で王都の外れでパン屋を営んでるんです」
「まあ、そうなの!場所を教えてちょうだい。ぜひ行きたいわ」
「ぜひ、お待ちしてます」
そこでミリーはシャーロットの隣へと視線を移した。
「ひょっとしてシャーロット様のお付き合いなさってる方ですか?」
「え、ええ、そうなの」
キラキラと目を輝かせるミリーに思わずシャーロットは頷いていた。
本当は仮恋人だが、わざわざ訂正して変な空気になる必要もないだろう。シャーロットはミリーにエリアスを紹介した。
「まあ、そうなんですね。とても素敵な方ですね!シャーロット様が幸せそうで本当によかったです。突然お屋敷を去ることになって、ご連絡もできないままでしたが、勝手ながらずっとシャーロット様のこと心配しておりました」
「ありがとう……ミリーも、幸せそうでよかった」
過去、シャーロットを庇ったせいで姉リーディアの怒りを買い屋敷を辞めることになった彼女にずっと罪悪感をもっていた。
手を振り帰っていくミリーたちに笑顔で手を振り返した。
「じゃあ、僕たちも行こうか」
「はい」
そこでふと、シャーロットはミリーの娘エマが飛び出してきた露店に目がいく。店先では店員が客の頬や腕にボディペイントをしているのが見えた。そのペイントは薄闇の中でキラキラ光っていた。物珍しさからシャーロットは食い入るように見つめてしまう。
「暗闇で光る植物が原料になってるみたいだね。肌にも優しいものだから、せっかくだしシャーロットもやってみたら?」
「あっ、いえ、私は…」
興味はあるものの、客の大半は子どもで少し恥ずかしい気がした。
「手にも描いてもらえるみたいだよ。すみません、次出来ますか?」
「えっ、エリアス様」
シャーロットがまごまごしているうちにエリアスが店員に声をかける。
「いらっしゃい。おやおや、お美しいカップルだね。仲の良いおふたりにはカップルスペシャルペイントがおすすめだよ」
「「え?」」
(カップルスペシャルペイント??)
店員がボディペイントの見本が描かれたノートを見せてくれる。カップルスペシャルペイントとは星とリボンがモチーフにされたもので、2人の手を並べるとそれぞれのリボンがくっついてまるでハートの形に見えるというものだった。
エリアスもさすがに少し狼狽えて口を開く。
「いや、さすがにそれはちょっと恥ずか―――」
「とっても素敵ですね!!」
「えっ?」
シャーロットが見本の絵を見てびっくりするくらい目を輝かせていた。
「あっ、すみません。駄目ですよね」
「いや駄目というわけでは……」
エリアスの微妙な雰囲気を感じ取ったシャーロットが遠慮がちに、少し残念そうにこちらを見ていて、エリアスはなぜだかはっきり断ることができなかった。
「それじゃあ決まりだね!カップルスペシャルペイント注文入りました~」
結局押しの強い店員に押しきられてしまった。
ものの数分で店員はそれぞれの手の甲にボディペイントを施してくれた。
「はい、これで完成だよ。石鹸で洗ってもらえば落とせるからね。ほら、せっかくだからふたりの手を並べて見て」
店員に言われた通りシャーロットは右手、エリアスは左手の甲を合わせる。
(…こうして並べて見るとエリアス様の手は大きいわね)
もし手を繋げばシャーロットの手などすっぽり包まれてしまいそうだ。ついそんなことを想像してしまいシャーロットはドキドキした。
それぞれの手の甲に描かれた小さな星と流れるようなリボン、そのリボンの部分がちょうどくっついて綺麗にハートの形になった。
「わあ、とても素敵です!!落とすのがもったいないわ」
「そうだね」
想像以上のカップルスペシャルペイントの出来映えに感激するシャーロット。
そんな嬉しそうな彼女を見てエリアスもまた目を細めた。
神殿に近づくにつれ人通りも多くなる。
薄暗闇にキラキラと綺麗な手の甲のボディペイントに見惚れていたシャーロットはうっかり人とぶつかってしまう。
「あっすみません」
「シャーロット、人が多くなってきた。危ないからもっとこっちへ」
そう言ってエリアスはシャーロットの肩を抱いて、近くに寄せた。
(あ、距離が近いっ)
エリアスは気にせずそのままシャーロットの肩を抱き歩いている。
シャーロットの方はまるで恋人同士のようなエリアスの行動と距離感に心臓がドンドコドンドコ騒がしくなった。
ふと、思う。
エリアスは仮恋人が誰でもこんな風に接するんだろうか。
(私だけだったらいいのに…)
本当の恋人でさえないのに、つまらない独占欲のようなものが頭を過り、そんな自分に呆れてしまう。
それでもドキドキとうるさい心臓はどうにもおさまりそうになかった。
シャーロットは自分が思うよりももっとずっとエリアスのことが好きになっているのだと実感した。




