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24 星夜祭

 



「――――」

「ねえ来月の星夜祭、誰と行くの?」

「実はね、気になっている人に誘われたの!」

「えー、いいなあ!」


 市場へお使いに行った帰り道、シャーロットの前を歩いていた少女たちの会話が耳に入る。



(星夜祭か…)


 この国の大きな祭典のひとつで、星空が綺麗な夜に一年の平和を祈るお祭りだ。


 星夜祭の最後には祈りを込めたスカイランタンが夜空にむけ一斉に放たれる。


 夜空に浮かぶたくさんのスカイランタンはとても幻想的で、ロマンチックで。この国の年頃の女性なら恋人や好きな人と星夜祭に一度は行きたいと思うものだ。

 もちろんシャーロットも一度でいいから好きな人と行ってみたいとずっと憧れをもっていた。


 ここ数年、星夜祭の日は姉リーディアに人目につかないよう決して部屋から出るなと命じられていた。リーディアがシャーロットに扮してその時々の恋人と星夜祭に出かけるためだった。

 自室の小さな窓から星空を見て、いつか自分も好きな人と行けたらいいなと何度も思った。



 数ヵ月後にはシャーロットは愛人のいる子爵の後妻に入ることが決まっている。つまり今年が最後のチャンスなのだ。


 シャーロットは以前、姉リーディアに自分が子爵の後妻になることを受け入れる代わりにもうシャーロットに変装して出掛けないよう強く懇願した。リーディアも渋々だが一応了承してくれた。


 ちなみにリーディアがシャーロットに扮してエリアスと交際していた時期は、星夜祭の季節とかぶっていなかったので過去に2人で行ったことはないようだ。



(叶うならエリアス様と行きたい…)


 侯爵の跡継ぎとして仕事の一部をすでに受け継いでいるエリアスは忙しいので誘っても断られるかもしれない。でも、もしかしたら夜の短時間だけなら一緒に行ってくれるかもしれない。


 よし、誘うだけ誘ってみよう!とシャーロットは決心した。



 ◇




 エリアスの住む侯爵邸の、庭に隣接したテラスではお茶会の準備が進んでいた。本日はシャーロットを招いて、エリアスと2人でのお茶会の予定だ。



「なんかイチゴを使ったもの多くない?」

 ケヴィンがテーブルの上に用意されたデザートを見て言った。


「気のせいだ」

「シャーロット嬢の好物なの?牛乳は?」

「牛乳?…ところでケヴィンいつまでいる気だ、そろそろシャーロットがやって来る」

「せっかくだからシャーロット嬢に挨拶してから帰ろうかな」

「さっさと帰れ」

「なんだよ、冷たいな…ってさっきから何やってるんだ?」


 先ほどからエリアスはケヴィンの方を見もせずせっせと水の張った平たい皿に花を浮かべている。ピンクの花だった。


「……流行ってるらしい」

「シャーロット嬢から聞いたのか?」

「まあな」

 水に浮かべられた花が風に揺られて、ゆらゆらと涼しげだ。


「お前…大丈夫か?」

 ケヴィンは思わず額に手を当てた。


「何がだ?」

「相当彼女に絆されてるように見えるぞ!本当に半年で別れるんだろうな」


「ああ、そのつもりだ」

 エリアスは即答した。しかし言葉と動作が合っていない。エリアスはケヴィンと話しながらもせっせと水に花を浮かべ続けていた。


 ケヴィンは大きくため息を吐く。


「エリアス。俺はお前が心配だ。もし彼女の酒で人が変わるという話を信じるにしても、酒癖が悪いことにはかわりないだろ?人間はそんなにすぐ変われるもんじゃない。彼女にこれ以上入れ込んでもいいことはない。お前がまた傷つくだけだ」


 エリアスはそこでようやく手を止めてケヴィンを見た。

「そんなんじゃない。心配のしすぎだ。彼女とは単なる取引をしたにすぎない。俺は女性避けができれば彼女でなくても誰でもよかった。だだの偽の恋人だ。それ以上でも以下でもない」


 コホン。

 その時、スチュアートの咳払いが聞こえ、エリアスとケヴィンはハッとして押し黙った。


「…エリアス様。シャーロット様がお見えになりました」


「あっ……エリアス様、本日はお招きいただきありがとうございます」

「シャーロット…今のは…」


「あの、よく聞こえなくて、何か話の途中でしたか?すみません」

「いや、いいんだ……よく来てくれた。どうぞ座って」


「それじゃあ、僕は帰るね。シャーロット嬢ごゆっくり」

 笑顔で手を振るケヴィンにシャーロットも別れの挨拶をした。



 実は先ほどのエリアスの発言はシャーロットにも聞こえていた。でもどう反応したらいいかわからず聞こえなかった振りをしたのだ。


「まあ、素敵な花ですね」

 シャーロットは水を張った皿に浮かべられた花を見る。

「今日のお茶会のために用意したんだ。さあ座って好きなもの食べてね」

「ありがとうございます」


 シャーロットはエリアスにむけ意識して笑顔をつくる。



『誰でもよかった』『だだの偽の恋人だ。それ以上でも以下でもない』


 先ほどのエリアスの言葉は全部事実を言っただけだ。なのにシャーロットは少なからずショックを受けていた。


 最近エリアスは以前よりシャーロットに優しく、彼女の前で作り笑顔ではない柔らかい笑みを浮かべてくれることもたまにあった。

エリアスのそんな姿は特別感があって、だからシャーロットは徐々に彼と打ち解けているように感じていた。


(またひとりで浮かれてしまってたんだわ…)


 優しく紳士的なエリアスは例え仮恋人が誰であろうと同じように優しく接するのだろう。

 彼は女性避けのためにシャーロットに付き合ってくれているだけで、そこに好意などはないのだ。そう思うとズキリと胸が痛んだ。



「エリアス様、若草色のワンピースありがとうございました。直接お礼を言うのが遅くなってすみません。とても素敵でとても気に入りました」


 公爵令嬢のお茶会に無事に行ってこれたら、リーディアから返してもらえる約束だったエリアスの贈り物のワンピース。しかしお茶会帰り、シャーロットのドレスの裾の紅茶の染みを見つけた姉リーディアに粗相をしたとして非難され、不慮の事故だと説明しても納得してもらえず、結局ワンピースを返してもらうことはできなかった。

 でもそんなことエリアスに言えるはずがない。


「そうか、気に入ってもらえたならよかった」



 その後もとりとめのない話をしつつ、お茶会は和やかに進んでいく。

 シャーロットはエリアスを星夜祭に誘う機会をうかがっていたが、なかなか話し出せないでいた。


「エリアス様、あのっ……」


 思いきって、星夜祭に一緒に行きませんかと言うつもりだったのに言葉が続かなかった。


「なんだい?」

 エリアスは優しく微笑み、シャーロットの次の言葉を待ってくれている。


 表面上は優しく接してくれているエリアス。これまでシャーロットが誘うと忙しい中でも予定を合わせて一緒に出掛けてくれた。でも楽しんでいるのはシャーロットだけで、本当は度々予定を合わせて恋人の振りをするのもエリアスは面倒に思っているのかもしれない。

 そう思うと急に言葉に詰まった。


「こっ、このイチゴのムースとても美味しいです」

「そう。よかった」


 シャーロットは笑顔でパクパクと目の前のデザートを食べ続けた。とても美味しいはずだけれど、いつもよりなんだか味がしない。


 結局その日エリアスを誘うことはできなかった。




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