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23 公爵令嬢のお茶会(4)

 




 シャーロットを横抱きにしたままエリアスは侯爵家の馬車に乗り込む。

 座席に優しくシャーロットを下ろすと、その隣にエリアスが座った。


「辛かったら僕にもたれ掛かっていていいから」

「もう大丈夫です。エリアス様本当にありがとうございました。ご迷惑おかけしました」


「いいんだ。たまたま公爵のところに提出しなければならない書類があってね。来てよかったよ。あの令息に何かされなかった?」

「はい、大丈夫です」


「よかった。シャーロット。今回は()()()()僕がいたから大丈夫だったけど、ああいう男もいるから、極力男性とふたりっきりにならないよう気を付けた方がいい。僕以外はね」

「は、はい。気を付けます」


 シャーロットの返事を聞いたエリアスが少しだけ口角を上げ、彼女の頭に手をポンとおいた。


「…っ」

 それだけでシャーロットはカアッと頬が熱くなる。


 エリアスは慣れているのだろうけど、シャーロットはそんな彼のちょっとした行動にどぎまぎしてしまう。




(………()()()()ね)


 馬車の中、2人の向かいに座りつつ存在感を消していた副執事スチュアートは数時間前のことを思い出す。



 侯爵邸、執務室で書類の記入をしていたエリアスがふとペンを止めて頭をあげた。


『スチュアート、確か今週までに公爵のところへ持っていく書類があったろう?今日、時間があるから持っていこうと思う』

『書類を提出するだけでしたらお忙しいエリアス様が行かずとも私か、下の者にお任せください』

『いや…ちょうど公爵に話したいこともあったんだ』

『そうでしたか』


 その後馬車でエリアスと共に公爵邸にむかった。


 公爵に話があると言っていたエリアスだが実際は書類を手渡した後、少し世間話をした程度だった。公爵はその後予定があったため、ゆっくりしていってくれと言い残し先に退席した。エリアスもいつもであればすぐに帰宅するのだが、今日は珍しく用意されたお茶を飲みながら窓の外をしばらく眺めていた。


 本日は公爵令嬢でエリアスのいとこでもあるロゼッタがお茶会を開催しているという。ちょうどエリアスたちのいる2階の客間からもその様子を見ることができた。


『スチュアート、そろそろ出よう』

『かしこまりました』


 急に立ち上がったエリアスはなぜが足早に廊下を通り抜け、表玄関ではない出入口から外へと出ていく。エリアスは小さな頃から何度も公爵邸に来ているので敷地内は勝手知ったるものだった。


『エリアス様どちらに行かれるのですか?』

『さっきシャーロットが侍女にこちらの方角へ案内されて行くのを見た』

『は?こんなところにですか?』


 そこは広い公爵邸の敷地の片隅、木々が点々と植えられていて視界の悪い場所だった。

 間違っても客人を案内するようなところではない。

『念のため辺りを探したい。スチュアートはあちらを頼む』

『は、はい』



 先にシャーロットを見つけたのはスチュアートだった。木々と建物の陰に隠れた人目につかない場所で男と2人でいた。大方、侍女に案内させて2人で落ち合うようにしたんだろう。


 なんだやっぱり噂通りの女だったのかとスチュアートは一瞬落胆したが、すぐに彼女の様子が少しおかしいことに気がつく。

 急ぎエリアスのもとへ戻り、彼女の場所を知らせた。その際、男と2人でいることも伝えた。

 スチュアートの言葉を聞いたエリアスは躊躇することもなくすぐさま2人の前へ出ていった。




『知らなかったのかもしれないが。シャーロットは僕の恋人だ。今度何かしたら許さないよ』


 低い声で脅すように子爵令息の耳元でエリアスが囁く。子爵令息は青い顔をして立ち去った。


 その様子をスチュアートは少し驚きをもって見ていた。



 以前スチュアートが彼女との関係を尋ねたときにエリアスはこう言っていた。

『いや、ちょっと利害が一致して一時的に恋人の振りをしているんだ』


 その言葉通り、それまでさほどエリアスはシャーロットを気にする素振りを見せることはなかった。

 パートナーとして舞踏会に出るため彼女が侯爵邸にダンスの練習に来ていても、書類仕事を優先して顔を出すことも少なかった。



 だが、牧草地に2人で出かけたあとからだろうか。


『若草色の上品なワンピースを手配してほしい』

『はい』

『できればピンクの髪色に似合うものがいい』

『…承りました』


 女性への贈り物の手配を頼まれたことは過去にもあったが、そのときは宝飾品や花などといった大まかな指定を受けるのみだった。今回のように色合いなどにも指定があったのは初めてのことだった。




 スチュアートは再び馬車の中、目の前に座るエリアスとシャーロットをちらりと見た。


 エリアスに話しかけられ恥ずかしそうに頬を染め頷くシャーロット。そんな彼女を見るエリアスの瞳は優しげだった。


 スチュアートは2人の関係が『利害が一致』した『一時的な恋人の振り』であることを知っている。だから、スチュアートの前では恋人の振りをする必要なんてないはずなのだが…。


 スチュアートはこっそりと軽く息を吐くと再び視線を窓の外へと移した。





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