21 公爵令嬢のお茶会(2)
カシャンッ
「も、申し訳ございません!」
「いえ、大丈夫です。ほんの少しかかっただけですので」
カップに残っていた紅茶の量は少しだったので、シャーロットのドレスの裾のあたりに小さな染みが出来た程度だった。
「まあ、大変!シャーロット様、うちの侍女が大変失礼いたしました。誰かすぐにシャーロット様に新しいドレスを」
「いえ、そんな!本当に大丈夫です。染みもほとんど目立ちませんし。気になりません」
「そういうわけにはいかないわ。ほら、シャーロット様を早く着替えに案内してちょうだい」
シャーロットの着ていたドレスは姉のお古だった。しかも、姉にもらった時すでに少し綻んでいる部分があり、それをシャーロットが繕い直して着ているような代物だった。
だから余計大事にはしたくなかったが、ロゼッタの好意を頑なに断るわけにもいかずシャーロットは席を立ち、案内役の侍女の後に続いた。
「こちらです」
てっきり表玄関の方から屋敷内に入ると思ったのだが、侍女に案内されたのは庭の奥に続く小道だった。人通りもほぼない。
染みができたドレスを着たシャーロットが人目につかないように配慮してくれたのかもしれない。こんなに大きくて広い屋敷だ。出入口も複数あるのだろう。
(なかなか屋敷の中に入らないのね…)
人気のない小道を思ったよりも長く歩き、更にくねくねと何度も道を曲がったためシャーロットはここがいったい敷地のどのあたりなのか見当もつかなくなってしまった。
侍女とはぐれたりしたら確実に迷子になる。
「あ、あの…」
さっきから妙に侍女の歩くペースが速い。はぐれたら大変だとシャーロットはほとんど駆け足になりながらついていく。
「あの、すみません、少し―――」
さすがに息が上がってきたシャーロットは侍女に歩くペースを落としてもらうようお願いしようと思った。
その時、先を歩く侍女が急に建物の角を曲がったため、シャーロットも急いでその後に続いた。だがシャーロットが角を曲がった時にはもうその先に侍女の姿は無くなっていた。
「あっ、あれっ?」
焦ったシャーロットがキョロキョロと侍女の姿を探すが見つからない。
(どうしよう、困ったわ)
歩くのが速い侍女についていくのに必死で周りの風景を途中からあまり見ていなかった。今シャーロットがいるのは木々が点々と植えられ、視界も悪い場所だった。あまり人が立ち寄りそうな場所ではない。
誰かに道を聞こうにもまったく人気がないので、とにかく人がいそうな場所まで戻ろうとした時。
こちらに近づいてくる足音が聞こえた。
よかった、侍女が戻ってきたのだとシャーロットが振り返ると、立っていたのは赤茶色の髪を綺麗に整えた身なりのよい青年だった。おそらくお茶会に出席していた貴族令息だろう。
道を聞こうとシャーロットが口を開く前に男性の方が先に話し始めた。
「シャーロット嬢、お待たせ。やっとふたりっきりになれたね」
「――えっ?あの?」
名前も知らない男性の謎の言葉にシャーロットは首を傾げる。
「恥ずかしがらなくていいよ。侍女に言伝を頼んだろう?僕と2人で会いたいって」
貴族令息であろう赤茶色の髪の男性は笑みを浮かべながらシャーロットに近づく。
「あの、申し訳ありません。誰かと間違えてらっしゃるのかもしれません。私は言伝など頼んでいませんので――」
「嬉しいな。前から君のこといいなって思ってたんだよ」
シャーロットの言葉が聞き取れなかったのか、それとも無視したのか会話が成立していない。
シャーロットは意識して先程より強めに声を出した。
「す、すみません、人違いだと思います。なにより私、今恋人がいますから!」
「恋多き君の噂なら僕も知ってるよ。君なら同時進行もお手のものだろ?僕はそれでも構わないから」
クスッと笑いながら楽しそうに近寄る令息に壁際に追い込まれ、さらに逃げられぬように彼は両手をシャーロットを挟むようにして壁につけた。
「あ、あの、どいてください」
「もしかして初心な振りをして、楽しんでいるのかい?そんな君も可愛らしいよ」
そう言って令息は無遠慮にシャーロットの髪を撫でた。
ぶわりと鳥肌が立つ。
話が通じないようでシャーロットは少し恐怖を感じた。
「いえ、あの、本当にやめて―――」
これ以上近づいてくるなら乱暴だが思いっきり突き飛ばしてやろうと構えたときだった。
「何をしている?」
立っていたのは、お茶会には出席していなかったはずのエリアスだった。
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