20 公爵令嬢のお茶会
『公爵家の令嬢からお茶会の招待状よ』
(公爵家?)
全く心当たりのないシャーロットが姉リーディアから手渡された招待状を見る。
それはエリアスのパートナーとして出席した舞踏会で顔を合わせたエリアスのいとこのロゼッタからだった。
舞踏会の夜、言葉を交わすこともなかった。それなのにどうして招待されたのだろう。
シャーロットが不思議に思っているとリーディアが淡々と言った。
「もう出席で返事を出してあげたから行ってきなさいね」
「えっ?お姉さまどうして勝手に…」
「公爵家のご令嬢と知り合いなんて我が家にはとてもいいことなのよ。ただでさえシャーロット、あなたは我が家のお荷物なんだから。たまには役に立つことなさい」
「……わかりました。出席します。その代わりエリアス様が贈ってくださったワンピースを私に渡してください」
「しかたないわね。でも渡すのはあなたがお茶会に出席した後よ。あなたが無事、我が伯爵家に恥じない振る舞いでお茶会に行ってこれたら渡してあげるわ」
リーディアはせせら笑うように言った。
◇◇
(わあ、すごい豪邸!)
お茶会当日、ロゼッタの住む公爵邸に到着したシャーロットはそのあまりの広さと豪華さに足がすくむ思いがした。
侯爵令息であるエリアスの住む屋敷もかなり広くて豪華だが、それ以上だった。
(えっ?)
会場に案内されたシャーロットはさらに驚くことになる。
会場は公爵邸の広大な庭だった。庭の何ヵ所かに軽食や飲み物が置かれたテーブルが用意されていて、立食形式のようだ。そこにシャーロットと同年代くらいだろうか若い貴族の令嬢や令息が集まり、それぞれ歓談している。
お茶会というよりむしろガーデンパーティーの規模だった。これならもしかしてエリアスも参加しているかもしれないと思わずシャーロットは彼の姿を探したが、残念ながら来てはいないようだった。
先日、贈ってくれたワンピースのお礼とロゼッタのお茶会に出席するという近況を書いた手紙をエリアス宛に送った。
シャーロットは手紙にまた会いたいとも綴ったが、エリアスからまだ返事は来てない。きっと忙しいのだろう。
できたら毎日でも会いたいと思っているシャーロットに対し、エリアスにとってシャーロットは女性避けのための単なる仮恋人にすぎないわけで…。
(今度はいつ会えるかな…)
公爵令嬢ロゼッタのお茶会が想像していたものと違い、少し狼狽えたシャーロットだったが、かえってよかったかもしれないと思い直した。
皆が着席する人数の限られたお茶会だと途中で帰るのは難しいがこれだけの人数がいれば主催者に挨拶して途中で帰っても目立たないだろう。
シャーロットはさっそく本日の主催者、公爵令嬢ロゼッタを探す。
庭のちょうど中央あたりいた彼女は会の主催者に相応しく繊細なレースが美しい水色の豪華なドレスに身を包んでいる。色素の薄い金色の髪は日に透けてキラキラとしていて、まるで妖精のような可愛らしさだった。
「ロゼッタ様、本日はお招きいただきありがとうございます」
「まあ、シャーロット様、お越しいただけて嬉しいわ。せっかくですもの、こちらへいらっしゃって」
「?は、はい」
簡単に挨拶をしたらロゼッタから離れるつもりでいたのにシャーロットはなぜかそのまま連れて行かれる。
そうして案内されたのは庭園の片隅にある立派な白い石造りのガゼボだった。
その下には大きめの丸テーブルに椅子が並べられている。テーブルの上にはお茶会らしく軽食やデザートが用意されていた。シャーロットはその椅子のひとつに座るよう勧められる。
他の椅子にも顔も知らない令嬢たちが次々に座っていく。
最終的にシャーロットを含め6人の令嬢が席に着いた。これでは途中で帰ることは難しそうだ。
ロゼッタと別段親しいわけでもない自分がなぜこのテーブルに誘われたのだろう。
「皆様、本日はお集まりくださりありがとうございます。短い時間ですが楽しんで過ごしましょうね」
満面の笑みでロゼッタが挨拶すると、招待された令嬢たちがそれに対し順々にお礼の言葉を述べる。シャーロットもその流れにそって短く本日のお礼を言った。
「ロゼッタ様。今日のドレスとても素敵ですわ」
「私もそう思いました。繊細なレースがなんと美しい」
「ふふ、ありがとう。本日のためにマダムシャルベリーが特別に仕立ててくれたの」
「まあ、あの有名な!」
「さすがロゼッタ様ですわ。1年先の予約をとるのも難しいと聞きますのに」
「うちとは昔から付き合いがあるの」
その後も令嬢たちはロゼッタを中心に最近の流行についての話題で盛り上がり、楽しそうに会話が続く。シャーロットはもちろん流行りものに疎いので笑顔を張り付けて聞き役に徹していた。
そんな中、ロゼッタが発した一言で楽しげな空気は一変した。
「ところで、シャーロット様はエリアスとの交際はまだ続いているのかしら?」
ロゼッタは微笑んでいるが目は笑っていない。
周りの令嬢たちの笑みが心なしかひきつり、急に静かになってしまった。
「は、はい」
令嬢たちの責めるような視線を感じながら、なんとか頷いたシャーロットの声は掠れていた。
「あら意外だわ。恋多きシャーロット様のことですからすでに新しい殿方にご興味が移ってらっしゃるのかと思いましたわ」
「そんなことは…ありません」
固まっていた令嬢たちもここぞとばかりに声をあげる。
「私は、てっきりロゼッタ様とエリアス様が交際されているのだと思っていました」
「私も思ってました。過去の舞踏会でパートナーとして寄り添うお二人はとてもお似合いでした」
「私はそれでも構わないのだけど、お父様が許してくださらないの。ほら、第二王子であるハロルド様の婚約者がまだ決まってないでしょ?私だったらきっと選ばれるって譲らないのよ」
ロゼッタは頬に片手をあて、困ったように軽くため息を漏らす。
「美しいロゼッタ様なら当然のことですわ」
「私もそう思います」
令嬢たちの言葉にロゼッタは笑みを深める。
「まあ、嬉しいわ。ありがとう」
笑顔のままロゼッタは再びシャーロットを見据える。
「それでもシャーロット様。私にとってエリアスが大切な人であることは変わりません。一時の軽い気持ちで彼を弄ぶような真似はしないでくださいませね」
「いえ、そんな、弄ぶなんてことありません。エリアス様とは真剣にお付き合いさせていただいてます」
シャーロットは勇気を出して言い切った。
実際は期間限定の仮恋人でしかないのだが、エリアス自身が女性避けにしたいと言っていた。だから対外的には相思相愛の恋人同士なのだ。本人の知らないところで勝手に真剣交際を宣言したとしても彼も怒るようなことはないだろう。おそらく。
ほんの一瞬顔を歪めたようにも見えたロゼッタはすぐに笑顔で言い返す。
「まあ、仮に貴女が本当に真剣なお付き合いを望んでいたとしても、エリアスはどうかしら?一時的な軽い付き合いのつもりでいるはずよ。だって釣り合いがとれないもの。わかっているでしょ?エリアスは由緒ある侯爵家の跡取りなんだから」
「それは…」
シャーロットは返答に詰まる。釣り合いなんてとれていないのは自分でもわかっていた。でもここですんなりロゼッタに同意してしまいたくなかった。
いつの間にかお茶会の空気は重々しいものになっていた。
シャーロットはこの場からすぐにでも逃げ出してしまいたかった。
ひょっとして姉リーディアはこのようなことになるとわかっていて面白がって、シャーロットをお茶会に出席させたのかもしれない。
ぐっと言葉に詰まった様子のシャーロットにやっと満足したのか、ロゼッタは視線を全体に戻し笑みを浮かべ直す。
「ごめんなさい。変な空気になってしまいましたね。気分転換に新しいお茶でも淹れましょう。南方から取り寄せた珍しいものなんです」
「ま、まあ楽しみですわ」
「どんな味かしら」
令嬢たちも少しほっとしたようにお茶の話を始めた。
給仕担当の侍女たちが令嬢のカップを順々に新しい紅茶のものと代えていく。そんな中、シャーロットのカップを侍女が回収している時だった。侍女の手元が狂い、カップを落としてしまったのだ。
カシャンッ
「も、申し訳ございません!」
カップに残っていた少量の紅茶がシャーロットのスカートにかかり、染みをつくった。




