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18 牧草地でピクニック(2)

 



 エリアスは敷物の上に横になったまましばらく目を瞑っていた。


(眠ってるのかな?)


 侯爵の仕事の一部をすでに引き継いでいるエリアスは結構忙しいと副執事のスチュアートが言っていた。疲れているのに今日はシャーロットにつき合って出掛けてくれたのかもしれない。


 そよ風が吹くたびエリアスの金髪がさらさら揺れている。


(触りたい…)


 唐突に彼の綺麗な髪に触れたくなった。きっと見た目通りさらさらなのだろうな。


 そろそろとシャーロットの手はエリアスの頭へと近づいていく。

 眠ってるようだし気づかれないかな。


 でもせっかく眠っているのに起こしてしまうかもしれない。それに気づかれたら、引かれるかもしれない。


 迷いながらもシャーロットの手は確実にエリアスに近づいていく。


(ちょっとだけ…一瞬だけ…)


 舞踏会の日、エリアスはシャーロットの髪を撫でてくれた。それは恋人っぽいシチュエーションを考えての行動だったのだが。

 だからもし気づかれたら今度はこっちもそう言えばいい。


 そうしてエリアスの髪の毛に触れられるまで近づき、そっと撫でる。

 モフモフモフ。


「へ?」

(モフモフ??)


 予想外の感触にびっくりして手の先をよく見るとそこにいたのは紛れもなく白いモフモフだった。


(!?!?)

 メェェーー


 モフモフの正体は羊だった。いつの間に近づいてきたのか、シャーロットはエリアスに夢中で全く気がつかなかった。

 驚くシャーロットをよそに、羊は侯爵家料理人が作った軽食のサラダの残りをムシャムシャと食べていた。


「あっ、こ、こらっ――――…ん?」


 そこでシャーロットは自分の左足に違和感があり、慌ててそちらへ振り向く。


「ひ、ひええええっ!」

 なんともう一匹の羊がシャーロットの若草色のワンピースの裾をムシャムシャと食べているではないか。やっぱり草と間違われてしまったのだ。


「やっ、やめて~」


 逃げようと立ち上がるとビリビリッと布が破ける嫌な音がした。しかしそれに構っている余裕はなく、気づいたときにはもう一匹、さらに一匹と羊が集まってきてあっという間に囲まれてしまった。

 モフモフでぎゅうぎゅう詰めにされ、もはや身動きが取れない。咄嗟に髪に付けていた髪飾りを守るように手で覆った。これだけは壊されたくない。



「―――ん?な、なんだ!?シャーロットどこだ!?大丈夫か!?」


 少し遅れて異変に気がついたエリアスが目を開けると視界いっぱいがすでに白のモフモフだった。

 シャーロットの悲鳴が聞こえ、慌ててモフモフを必死に掻き分けて彼女を探す。シャーロットは青い顔をして木の幹にすがりついていた。


 エリアスはシャーロットまでなんとか辿り着くと羊から守るようにぎゅっと彼女を抱き締めた。

 メェー メェー

 密集した羊たちに身動きがとれず2人が困惑していると、間もなく羊飼いが到着し羊たちは無事離れていった。



「シャーロット、大丈夫?怪我はない?」

「は、はい」


 突然の出来事に頭がついていかず呆然と見つめあう2人。

 いつも整っているエリアスの髪も服も乱れていた。もちろんシャーロットも髪飾りは守れたものの髪の毛はボサボサで、ワンピースは裾を食べられビリビリだった。


 プッ

 そのありさまにどちらからともなく吹き出した。


「シャーロット、ずごい格好だ」

 エリアスは使用人に持ってこさせた膝掛けをシャーロットの肩から掛けてくれた。


「ありがとうございます。フフ、エリアス様も髪に草が…」

「取ってくれる?」

 エリアスがシャーロットが取りやすいようにとこちらにむけ屈んでみせた。

 シャーロットは内心ドキドキしながらエリアスの髪についた草をはらい、ついでに乱れた髪を整えてあげた。

 期せずしてシャーロットはさきほどのエリアスの髪に触れたいという願望が叶った。



 ブッ クックックッ

 突然、エリアスがまた吹き出す。

「?」

「す、すまないシャーロット…羊に服を食べられる令嬢なんて初めて見て。お、面白すぎて…腹が痛い」


 エリアスはそう言うとしゃがみこんで肩を震わせだした。笑いが止まらなくなったらしい。



「こんなに笑ったのは久しぶりだ」

 ひとしきり笑ったエリアスはエメラルドの瞳に若干涙をためて顔をあげた。


 その表情がなんだか無防備で、その瞳もいつにも増して綺麗で、シャーロットの鼓動はドキンと高鳴った。



 突然の羊の襲撃でワンピースもボロボロになってしまったが、エリアスがこんなに笑ってくれたならそれもよかったかもしれない。



―――――

―――――――――



「シャーロット、疲れたろう。着いたら起こすから眠っているといい」

「そういうわけには…」


 帰りの馬車の中、シャーロットは眠気がピークを迎えていた。今朝はいつもの掃除洗濯に加えて、マフィンも作りたくてかなり早起きしていた。


 うとうとしているうちに耐えきれず夢の世界へ行ってしまう。



 コクリコクリと船をこぐシャーロットが危なっかしくてエリアスは肩を貸す。


「…羊が…羊が…」

 肩にもたれかかりながらシャーロットはうなされるように寝言を呟いた。

 エリアスはそれを聞き、またフッと優しく笑みを漏らした。




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