17 牧草地でピクニック
「のどかだな」
馬車を降りたエリアスが景色を眺めて言った。
小さな雲が切れ切れに幾つか浮かんでるだけの青空の下に、太陽に照らされ眩しいくらいの黄緑色の牧草地が見渡す限りどこまでも広がっている。
エリアスとシャーロットは本日、王都から少し離れた牧草地に来ていた。
木の柵で囲われた中には牛が何頭か休んでいた。
「いい牛だな」
体の大きな牛をじっと見てエリアスは呟いた。
エリアスは今日、ラフなシャツにベストという格好なのだが高貴さがまったく隠しきれていないため、牛やこの場所との違和感がすごかった。
「あの、こんな所まで連れてきてもらってすみません」
「いや、最近書類仕事が多かったからいい息抜きになるよ。シャーロットも牛が見たかったんだろ?」
「え、ええ」
シャーロットは曖昧に微笑んだ。
―――というのも、前回の舞踏会の帰りの馬車での会話まで遡る。
『シャーロット今日は付き合ってくれてありがとう。次回はどこか出掛けようか?』
『えっ!いいのですか?』
嬉しかった。舞踏会のダンス練習のためしばらくエリアスと出掛けることもできていなかった。しかも舞踏会のお礼とはいえエリアスから誘ってくれたのだ。
『もちろん。どこか行きたいところはある?』
『えっ?行きたいところ…えーと……牛乳じゃなくて、牛…』
恋人がいたこともない、普段出掛けることも少ないシャーロットには適当な場所が全然思いつかなかった。でもせっかくエリアスから誘ってくれたのだから何かこちらも考えなければならない。
『牛乳?牛?』
エリアスが不思議そうに返す。
とっさに出てきた言葉は翌日のシャーロットの仕事だった。姉リーディアが新鮮な牛乳を飲みたいと言うので、明日朝イチで市場に牛乳を買いに行かなければならなかったのだ。
週に一度市場に牛飼いが牛を連れてきて、絞りたての牛乳が買えた。人気があるため早く行かないと売り切れてしまう。
『い、いえ牛というか…そう、あの牧草地などでピクニックなどいかがでしょうか?』
『ピクニックか、いいね!牛がいる牧草地…探しておくね』
『あの、牛はいなくても…』
牛はいなくてもよかったが、エリアスはわざわざ牛のいる牧草地を探してくれたのだった。
「どうかした?シャーロット」
「いえ、その、エリアス様と牛がまったく似合っていないなあと思って」
「そうか?」
「はい。まるで月の聖霊が人里に迷い込んでしまったかのような違和感があります」
「…よくわからないが…君は溶け込んでるな」
エリアスがシャーロットを見て言った。
今日のシャーロットは髪に贈り物の髪飾りを付け、若草色のワンピースを着ていた。
牧草地と色合いが似ていて同化して見えるのかもしれない。
「草と間違えられて牛に食べられないように気を付けますね」
「いや、野に咲く花のようで、可愛らしいと思う」
「へっ!?か、可愛い!?」
エリアスの褒め言葉に、それが社交辞令だとわかっていても動揺して頬に熱が集まった。
「…君はすぐに赤くなるな。男からの褒め言葉なんて聞き飽きているだろうに」
「いえ、そんなことはありません」
「素面でははじめてか?」
少しからかうようにフッと笑うエリアスが格好良くて、まだ顔に熱が集まったままのシャーロットはコクコクと頷くのでいっぱいいっぱいだった。
牧草地の少し小高い丘になった場所に大きな木があり、そこの下に敷物を広げる。
遠くには放牧されている羊の群れが見えた。
「あの、マフィンを焼いてきたんです。よかったら」
ちなみにサンドウィッチなどの軽食は侯爵家の料理人が作ってくれていた。
「いただくよ。ありがとう」
結局「美味しい」と言ってエリアスは3つもシャーロットの作ったマフィンを食べてくれた。
「少し横になってもいい?」
「はい。どうぞ」
敷物の上、腕を枕に横になるエリアス。
目を閉じ、「木陰が気持ちいいな」と呟くように言った。
目を瞑っているエリアスは整いすぎて精巧につくられた人形のように美しかった。
そよ風が金色の髪の毛を揺らす。風はシャーロットたちの上にある木の葉も揺らし、木漏れ日もゆらゆらと形を変えてエリアスに当たっていた。
(綺麗だな…)
シャーロットは今、自分がとても幸せだと感じた。期限つきとはいえ好きな人のこんなに近くに座っていられる。
これ以上何かを望むのは贅沢でしかない。
エリアスと期間限定の恋人になって3ヶ月が経った。
残りの期間もエリアスと出来ればいろんな場所に出掛けてたくさん思い出を作りたい。
目を閉じ、優しい風がサワサワと草木を揺らす音を聞きながら静かにシャーロットは思った。




