16 夜空の下の舞踏会
テラスに出ると、他に人影は見当たらなかった。ふんわりと優しい夜風がシャーロットの頬を撫でた。肩の力が抜け、自分がどれだけ緊張していたかを思い知らされる。
「ごめんね、付き合わせて。疲れたろう?」
「いえ、大丈夫です。エリアス様と舞踏会に出席できて良かったです。一生の思い出です」
(ダンスは上手に踊れなくて残念だったけど…)
「一生って…ちょっと大袈裟だな」
「そんなことありません」
空を見上げると満月に近い月が明るく輝いてとても綺麗だった。
「……シャーロット、よかったらここでもう一度踊らないか?」
「えっ、ここでですか?」
テラスには外へと続く階段があり、降りるとそこは噴水のある庭園だった。
会場の明かりが薄く届き、月明かりもあるためそこまで暗くは感じなかった。
「君があんなに練習したのに踊るのが1曲だけではもったいないと思って」
「エリアス様…」
上手く踊れなかったことを悔いているシャーロットを気遣ってくれたのだろう。
エリアスはシャーロットに向け手を差し出した。
「シャーロット、もう一度僕と踊ってくれないか?」
「………はい、よろこんで」
夜空の下、誰もいないふたりっきりの庭園、会場から漏れ出る音楽にあわせて2人はステップを踏む。
周りの目を気にする必要もない。今度は緊張せずに踊ることができた。
エリアスの肩越しに見える夜空がとても綺麗で、いつも見ている月や星が今は特別なもののように感じる。
でもそのなかで、一番綺麗だとシャーロットが思ったのは月明かりに照らされたエリアスだった。
「…そんなにじっと見られるとさすがに照れるな」
「あっ、す、すみません」
美しい顔に思わずポーッと見惚れてしまっていた。シャーロットは頬を赤く染め、慌てて視線をそらす。
やがて流れていた音楽が止み。2人も足を止める。
もう終わってしまったのかとシャーロットは少し名残惜しい気持ちになった。
「シャーロット、ダンスとても上手だったよ。楽しかった」
「ありがとうございました。私も楽しかったです。エリアス様とこんな素敵な夜空の下で踊れたこと一生忘れません。最高の思い出です」
「君はいちいち大袈裟だな」
「ふふ、すみません」
不意にエリアスが真面目な表情になって言った。
「………シャーロット、ひとつ約束してくれないか」
「約束?」
「ああ。僕と期間限定の恋人の間はお酒を飲まないでほしい」
「はい、絶対に飲みません!」
「約束だよ」
シャーロットの返事を聞き、柔らかく微笑んだエリアスは彼女の髪を優しく撫でた。
ボボンッ
その瞬間、感情がいろいろ限界突破し、噴火した。エリアスが触れたところから発火したのでは?と思うくらい頭や顔がとにかく熱い。
薄暗くてよかった。きっとびっくりするぐらい顔が赤くなっていることだろう。
フッ
その時、エリアスが軽く笑みをこぼした。
「?」
「ごめん、シャーロット。君に楽しんでもらえればと思って、僕もシチュエーションを考えてみたんだ」
「シチュエーション…?」
「行きの馬車の中で言ってただろう?恋人同士だったらどんな感じかって。今日のお礼に僕も考えてみたんだ。どうだった?」
「あっ、と、とても素敵でした!思わず勘違いしてしまいそうなくらい恋人っぽい雰囲気でドキドキしました」
「それは良かった…のかな?」
「はい、もちろんです!ありがとうございます!」
半年の間に恋人らしいことを雰囲気だけでもいいから経験したい。エリアスはそんなシャーロットの希望を叶えようとしてくれたのだ。
彼の優しい気遣いが本当に嬉しかった。
でも同時にほんの少しだけ残念でもあった。
踊りたいと誘ってくれたり、約束だと言って髪を撫でてくれた先ほどのエリアスの行動はすべて恋人らしいシチュエーションのための演技だったのだ。彼の本心からの行動ではないのだと少し寂しくなった。
「そろそろ戻ろうか」
「はい」
なぜだかエリアスの顔が上手く見れなかった。
(私だけこんなにドキドキして馬鹿みたいね…)
誰かに恋をすることができるなんて、最初は思いもしなかった。恋人の雰囲気が楽しめればそれで満足だと思っていた。
でも今、シャーロットばかりがどんどんエリアスを好きになっている。
どんなに好きになっても、相手から同じ想いが返ってくる望みはないのに。
お気に入りの小説の中の令嬢と騎士の恋模様はいつもキラキラしていてシャーロットの憧れだった。
だから知らなかった。
望みのない片想いがこんなに辛いなんて。




