13 舞踏会へ
「わあ、素敵なドレス」
あっという間に舞踏会当日。
シャーロットのためにエリアスが用意してくれたのはグリーンのドレスで、銀の刺繍が全体に贅沢に施されていた。
(こんなに豪華なドレス、似合うだろうか…)
身支度は侯爵家で侍女がしてくれた。最初はドレス一式をシャーロットの伯爵家へ送ると言われたのだが、届いたものに姉が何か嫌がらせする可能性があったので侯爵家で支度したいと無理に頼んだのだった。
先日直してもらった緑の宝石が入った髪飾りもつけてもらった。
「シャーロット様、お支度はできましたか?エリアス様がお待ちです」
支度が整った頃スチュアートが呼びにきた。
廊下に出て、少し先を歩いていたスチュアートが急にシャーロットの方を振り向いた。
「シャーロット様」
「はい?」
「正直、貴女の最初の印象は異性関係の噂も耳にしていたのでとても悪かったです。途中で音をあげて、エアリス様のパートナーを辞退すればいいと、ダンスレッスンもわざと厳しくしておりました」
「そ、そうだったんですか…」
確かにスチュアートのレッスンは厳しいもので、辛いなと思うこともあったが――
「でもスチュアートさんのレッスンのお陰で上達することができました。だから感謝しかありません」
ニコッと笑ってシャーロットが言った。
「…貴女を見ていると噂とは程遠い人物に思えてなりません。まあ、かと言ってまだ信用しているわけでもありませんが……
ですが、この3週間の貴女はエリアス様のパートナーに相応しくあろうと懸命に努力されていました。その姿は素直に褒めて差し上げたいと思いました」
「えっ!?ほめ、褒める?」
「ええ、シャーロット様よく頑張りました」
「!!??」
「……なんですか、その驚愕の表情は?私が褒めるのがそんなに珍しいですか?」
「い、いえ。何か努力したことを褒められたのは初めてな気がします。ありがとうございます」
「初めて?」
「はい…いつも一度で完璧でなければ称賛に値しないと言われてきました」
シャーロットの表情が曇る。
姉リーディアは一度見聞きすればほとんど完璧に覚えてしまう。小さい頃からそんな優秀な姉と比べられてきたシャーロットは両親に一度も褒められた記憶がなかった。
「一度で完璧…そんな人間は一握りです。たくさん努力して出来るかたも充分素晴らしいと私は思いますよ」
「あ、ありがとうございます。ううっ、先生!」
スチュアートの言葉が嬉しくて、シャーロットの瞳にじわりと涙が溜まる。
舞踏会当日にこんな嬉しいことを言ってくれるなんて、スチュアートはシャーロットを泣かそうとしているに違いない。
「あっ、ほら涙が溢れる前に拭きなさい」
スチュアートが慌ててハンカチを取り出してシャーロットに渡す。
「ずいぶん打ち解けたんだな」
気がつくと廊下の先にエリアスが立っていた。
「エリアス様、お待たせいたしました」
舞踏会用に正装したエリアスはとても美しかった。いつもさらさらの金髪は、今日はきっちり整えられ、黒地に金の刺繍が豪華に散りばめられたジャケットもエアリスの美しさをさらに引き立てていた。
(か、格好いい)
シャーロットの鼓動が自然と速くなる。
「シャーロット、ドレスがよく似合っている。綺麗だ」
「こんな素敵なドレスを用意していただきありがとうございました。エリアス様もとても美しいです」
社交辞令だとわかっていてもエリアスに褒められるとカアッと頬が熱くなる。
シャーロットはそのままエリアスにエスコートされ馬車に乗り込んだ。
◇◇
ふぅ
舞踏会の会場へ向かう馬車の中、シャーロットは大きく息を吐いた。
「もしかして緊張してる?」
正面に座るエリアスがシャーロットを見ている。とても美しいエメラルドの瞳に見つめられ、シャーロットはそれだけで顔が熱くなる。
「はい、少し。何か粗相してエリアス様にご迷惑をかけないか心配です」
「そんなに心配することないよ。君は僕の隣にいてくれるだけでいいから。ダンスも1曲付き合ってくれればいい」
「はい」
「結局、僕の都合で1度もダンスを合わせることができなくてごめんね。スチュアートからは君がダンスの練習とても頑張っていたって聞いているよ。今日は君と踊るのが楽しみだ」
結局、エアリスとダンスを合わせる予定だった日にシャーロットが寝不足で倒れてしまって、それ以降もエアリスが忙しくダンスを合わせることはできなかった。
「ありがとうございます。私も楽しみです。好きな人と舞踏会で踊れるなんて夢みたいです」
ふんわりと幸せそうに笑ってシャーロットは言った。
「…………」
(……………おや?)
今、自分はつい浮かれてとんでもないことを口走ったような気がする。シャーロットは笑顔を崩さないようにしながらも内心焦りだした。
恋人と言うつもりだったのに、うっかり『好きな人』と言ってしまった。これじゃあ、まるで告白しているみたいじゃないか。
「あー、シャーロット。悪いが、以前話したように僕はもう君のことは―――」
気まずそうに口を開いたエリアスに、慌ててシャーロットは言葉をかぶせた。
「ち、違うんです。こ、これは、そう、シチュエーションを楽しんだのです」
「シチュエーション?」
「そうなんです!恋人同士で舞踏会に行くとき、どんな会話をするんだろうって想像して、ちょっとやってみたくなっただけなんです」
「そうなんだ」
「驚かせてしまってごめんなさい」
「いや」
少し気まずい空気が流れ、シャーロットは必死に何か話題を探す。
「ま、前にエアリス様は『自由で知的で、物怖じしない』私が好きだったと言ってくださいましたが…エリアス様の女性の好みのタイプはそういう方なんですか?」
止せばいいのに、シャーロットはついそんなことを聞いてしまった。
「うーん、どちらかと言えばそうかな。僕は将来侯爵家を継ぐ予定だから、婚約して妻になる人ならそういう女性が好ましいと思っている」
「そうですか……」
やはりエリアスが好きなのは自分とはまったく違うタイプの女性だ。
シャーロットは自分で聞いておきながら勝手に凹んで、下を向く。
そんなシャーロットの様子を見ていたエアリスが言った。
「……君はもっと自信を持つといいのに。一時ではあったが僕が惚れた相手だ」
その言葉に反応したシャーロットがゆっくりと顔をおこした。
「………エリアス様はまた以前のシャーロットに会いたいとは思いますか?」
「まったく思わないな。もう過去のことだ。それに今、君は禁酒してるのだろう?そのまま続けた方がいい。
………それにしても君は以前の自分のことをまるで別の人間のように話すんだな。例え酒に酔っていたとしても君の一部ではないのか?」
「…酔っているときの私は、私であって私ではないんです……
だから今の、本当の私と仮でも恋人になってくださったエリアス様にはとても感謝してるんです」
本当のシャーロットを好きになってくれる人なんていない。みんなが好きになるのはいつだって優秀で完璧な姉リーディアの方なのだから。
「よく…わからないな」
少し首を傾げたエリアス。
「すみません」
シャーロットは無理に笑ってみせたが、きっと上手く笑えていなかった。




