11 ダンスレッスン(2)
「シャーロット様がお帰りになりました。また3日後ダンスの練習に来るそうです」
ダンスレッスンの終了後、スチュアートは執務室にいるエリアスに報告する。
「もうそんな時間か。ありがとう、スチュアート。僕も顔を出せたらよかったんだが」
「いえ、確認していただきたい書類が山ほどありますからこっちを優先してください」
「ああ、すまない」
執務室の机の上は、書類とそれに関連して調べものをする本などが高く積まれていた。
「………エリアス様」
「ん、どうした?」
「どうして評判の悪い彼女を舞踏会のパートナーにされたのですか?まさかお付き合いされているのですか?」
「いや、ちょっと利害が一致して一時的に恋人の振りをしているんだ」
「そうでしたか、安心しました。エリアス様にはもっとふさわしいご令嬢がいらっしゃいますから」
「………」
◇◇
(うっ…体が痛い)
ダンスレッスンを始めてもうすぐ2週間。毎日は来れないが、出来るだけ来れる日はスチュアートに頼んでレッスンしてもらっていた。その間、エリアスは忙しいらしく顔を合わせていない。
スチュアートのダンスレッスンは厳しいがその分、ダンスも少しずつ上達している気がした。
一方でシャーロットの体には確実に疲労がたまっていた。家では使用人の仕事をするよう姉から命じられていて忙しく、レッスンにあてる時間を確保するため食事や睡眠の時間を削って家のことをしていた。
「だいぶ上達されましたが、シャーロット様はいつも無駄な力が入りすぎです。もっとパートナーの男性のリードに身を任せた方が優雅に見えます」
「はい、先生」
「ですから私は貴女の先生では―――」
コンコン
広間の扉から入ってきたのはエリアスだった。
ダンスレッスンのためわりと頻繁に侯爵邸に来ていたが、エリアスと顔を合わせたのは初めてだった。
(久しぶりのエリアス様、美しい…)
「シャーロット、調子はどう?なかなか顔を出せなくてすまなかった。スチュアートから君がよく頑張っていると聞いているよ。渡したいものもあるから少し休憩しよう」
―― ――― ―――
「わあっ、イチゴがたくさん…」
シャーロットは思わずゴクリと喉を鳴らした。
休憩にと連れてこられた客間のテーブルには紅茶と様々なスイーツが並べられていた。
シャーロットの好きなイチゴを使ったものが多いように思い、エリアスの優しい気遣いに胸が熱くなる。
「好きなものを食べて」
「ありがとうございます。いただきます」
正直お腹はペコペコだった。今日は朝食は食べれたが、お昼は時間がなくて抜いていた。
「お、美味しい」
空腹にイチゴの甘酸っぱさが染み渡る。
「君は本当にイチゴが好きなんだな」
「はい、滅多に食べれな―――ゴホッ…すみません」
シャーロットは慌てて言葉を飲み込んだ。
普通の貴族であればイチゴくらい食べる機会は何度でもある。
少し不思議そうな顔をしたエリアスだが、それ以上尋ねることはしなかった。
「何度も来てもらっているのに一度も練習に付き合えなくてすまなかった。次回は時間があるから一緒に踊ってみよう」
「はい!楽しみです」
「ところで、頼んでいた髪飾りの修理が終わったんだ。今日は君にそれを渡そうと思って」
「よかった、直ったんですね!ありがとうございます」
手渡された髪飾りを見つめる。
壊れていた留め具が直され、落とした時についた細かいキズも無くなり、綺麗に磨かれていた。それに―――
「あ、あれ?この石…」
髪飾りにはめ込まれた3つ並んだ石の真ん中の石。ヒビが入ってしまったのを、新しいものに取り替えてくれてあった。同じような緑色だが、ひとつだけ輝きが明らかに違う。
「同じ石が見つからなかったから似た色の宝石にさせてもらった」
「これはきっと高価なものですよね?」
「それほどでもないよ。せっかく直したんだから受け取ってね」
「ありがとうございます。この宝石、エリアス様の瞳に似ていてすごく綺麗ですね。今度こそ大事にします。一生の宝物です」
生まれかわったような髪飾りを見て、シャーロットは溜まった疲れも吹き飛ぶくらいに嬉しかった。
「こんなもので大袈裟だな」
「あの、今度の舞踏会につけていってもいいでしょうか?」
「構わないけど、もっと豪華なものを用意できるよ」
「差し支えなければこれがいいです」
「君がいいなら。……あとこれはスチュアートが―――」
エリアスが差し出したのは手のひらにのるくらいの小さい丸い缶ケースだった
「これは?」
「中に手に使うクリームが入っている。傷にもしみずによく効く……スチュアートが君の手が荒れているのを心配して僕に伝えてくれたんだ」
「えっ…あ、すみません」
シャーロットは慌てて自分の手を隠す。家では洗濯や窓の水拭きなど水を使う仕事もしているため年中手荒れに悩まされていた。
きっと令嬢らしからぬ汚い手だと思われただろう、恥ずかしさで顔がカアッと熱くなる。
「別に責めているわけではないよ。今まで気がつかなくてごめんね。これ使って」
「ありがとうございます」
「ところでどうしてそんなに荒れているんだい?」
「こ、これは水仕事で……」
「水仕事?」
怪訝そうな顔をしたエリアスに慌ててシャーロットは言い直した。
「い、いえ…水の…そう、今流行っているんです。観賞用に水の入った平らな器に色とりどりの花を浮かべて楽しむんです。それにはまっていて」
「自分で作っているの?」
「ええ、そうなんです」
正確には姉がはまっていて気に入った花の色合いになるまで何度もやり直しさせられた。
「そんなものが流行ってるんだ。知らなかった」
それだけでそんなに手が荒れるものだろうかと首を傾げたエリアスだったがそれ以上は深く追及してこなかった。きっとそこまでするほどシャーロットに興味はないのだろう。
「さあ遠慮せず、いろいろ食べてくれ」
「ありがとうございます」
感謝の気持ちを込めてシャーロットはニッコリと笑った。
でも内心は自分の境遇を誤魔化すためにエリアスに嘘ばかりついているような気がして、胸が傷んでいた。




