第三話 罪被り姫
【月城宅】
「瀧君かぁ」
自宅用のメガネを着用し、瀧からの作戦を反芻する月城は自身の野望に彼を組み込むかを検討していた。
名家の権力争い。
アニメや漫画だけの世界ではなく、自身の持てるモノを総動員して力を見せつけることで権力を維持するための闘い。
内部外部関係なく心身ともに困憊する環境において気を置ける相手というのは何にも代えがたい。
月城千鶴には従者であり、親友である沙綾がそれに当たる。
「お嬢様、彼のことを調べてみましたが」
「寧々にしては歯切れが悪いわね?」
月城の問いかけに沙綾は報告書をペラペラ捲りながら、
「彼の身辺調査をしてみたのですが、目ぼしいものがないのです」
「うん」
「Sクラスは勉学やスポーツなどの一芸に秀でた者がほとんどです。月城家に仕える際にわたくしが収めた武術は自分で言うのも何ですが相当なものです。ですが彼はその手加減したとはいえその拳をいなし、さらには反撃まで」
「なら瀧君の不安要素がなくなったら、かなりの優良な人材ってことよね?」
「そうですね」
悪戯をする子供のような笑顔を浮かべる月城とは対象的に渋い顔を崩せない沙綾。
だが彼女達の頭に浮かんでいる疑問は同一のものだった。
現状彼に対する評価は不確定。
彼への判断材料の一端である身体能力を唯一知る沙綾は『手加減』という言葉で悔しさを隠したが、実際にはかなり本気で打ち込んだ。もちろん自身が仕える者への試金石となるために瀧の実力を測ろうとしたのだが、実際には底が知れないということが分かった。
「他のSクラスも並行して調べておきます」
「頼むわね」
来るべきその日に備えて必要なものはまだ揃っていない。
人材も資材も策略も。
(瀧君が計画に組み込めるなら成功率は格段に跳ね上がる。彼が他に取られる前に囲っておくのがいいかな?)
「あら?」
沙綾が部屋を出たのとほぼ同時に一通の着信があった。
【特別学生寮】
「2時間くらいなら余裕だとは思うけど」
改めて自分の作戦を確認する瀧は若干の申し訳無さが頭を駆け巡っていた。
作戦を成功させるためとはいえ、神宮寺を突き放してしまったことへの後ろめたさが拭えず、思考が鈍る。
「仕方ない」
瀧は携帯端末を操作して月城へと電話をかける。
〈こんな夜にどうしたの?〉
「ちょっと相談に乗ってくれるか?」
〈いいけど〉
「神宮寺のことと、学園のことを教えてくれ」
〈神宮寺さんのことは本人に聞きなさい。他人から聞くようなことじゃないでしょ?〉
「そうだな、悪かった。じゃあ学園のことで特にSクラス以外で警戒する相手がいるか教えてくれ」
〈いないわ〉
(即答か)
〈Sクラスはそれだけ価値があるものだもの。運やコネで手に入るほど安くはない。まぁSクラスに居座り続けるのが大変なんだけどね。これからの学園での行事は他の生徒にとってはクラスを上げるためのものでも、私達は維持することになる。そうね例えるなら山の頂点と底辺で綱引きをしているようなもので、底辺にいる大量の人達の力に負けないように必死に踏ん張らないと行けない感じかしら〉
実際には重力がかかるからもっと大変だけどね、と付け加える。
〈最初の鬼ごっこは毎年恒例だから対策は取られやすい。過去の傾向が調べれば分かっちゃうからね〉
「俺のはあるのか?」
〈それがないのよ〉
受話器越しにケラケラと笑い声。
〈ビックリしたの。それにこの課題で裏切る名目で手を組んだように見せかける例はたくさんあったけど、本当に全員が生き残れるように策を練ったのは瀧君が初めてなんじゃない〉
「物騒な学園だな」
〈それが獅子堂学園なのよ。同年代の天才の原石同士を削り合わせることで頂点を生むことが目的なんですもの〉
「ちなみに全員で協力できると思うか?」
〈言ったでしょ?例年裏切りが横行してるのよ?そんな中で、しかもこの短い期間で協力関係ができてると思う?〉
(十分な信頼が置けない相手と協力体制を敷くのはありえない)
瀧の頭の中ではいくつかの人物像が結びつく。
神宮寺のような切羽詰まってる者。
月城のような物好き。
そんな月城の従者である沙綾。
(沙綾さんに至っては露骨に俺のことを警戒してるしなぁ。)