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第ニ話     黄金世代


   【特別学生寮】


「つっかれた」


 制服をハンガーに掛け、倒れ込むようにベッドに出すダイブを決めた瀧。

 獅子堂学園の敷地内に建てられた2つの学生寮。

 一般寮とSクラスのみが居住を許された特別学生寮。

 各学年ごとに棟が別れており、プライベート空間が確保されている特別学生寮と、雑多になっている一般寮では何もかもが違う。

 

「ウチとは偉い違いだなぁ」


 上流階級の設備を改めて実感して圧倒されてしまう瀧。唯一、一般寮にあって特別学生寮にはないもの。それは食堂に在中している人材。

 Sクラスに上流階級以外の者が入れることを想定していないのか、食材は一級品が揃っているものの、作る者がいない。

 

「お嬢様やお坊ちゃんは従者がいるもんなぁ。でも」


(思い返すと、表立って従者を連れてるのって月城くらいしか見てないんだよな)


「なんでだ?」

「ほとんどの生徒が一時的な自立も兼ねてるからです」


 音もなく瀧の背後を取っていたのは一切のシワがないメイド服に見を包んだ沙綾だった。


「申し遅れました。わたくしは月城家に仕えるメイド見習いの沙綾です。この度は滝様の適性を見定めるために参りました。それでは」

「は?っておい」


 殴りかかるようなモーションに思わず構えを取ってしまう瀧。

 明らかに素人ではない右ストレート。

 捻りを加えて伸びてくる拳は、完全に不意をついて、瀧に突き刺さった。

 ーーーはずだった。


「あっぶねぇな」

「ほう」


 左手で右に払いつつ、右手を時計回りに回しながら相手の伸びた右肘を掴んで引き、前のめりになった沙綾の首元に空いた右手の手刀が当てられる。

 瀧の手際のよさに感心する沙綾。

 

「分かりました。離してください」

「もう襲わないなら」

「誓いましょう」


 観念した沙綾を離して落ち着く両者だが、一方の瀧は一切油断できない。

 

「どこかで武術を?」

「『ごめんなさい』はなしか?」

「失礼しました。先程は失礼しました。これも全てお嬢様のためなのです」

「月城の?」

「はい。千鶴ちづるお嬢様の右腕となれる人材を見定める試金石としてわたくしが存在します。そして腕試しさせていただいたのには訳が」

「この学園の生徒なんだ。想像はつく」


(なるほど。執事にしたがったのにはこういう側面もあるのか)


「学園内だけじゃなくて外でも狙われる危険から護衛として俺を執事にしたかったのか」

「ご明察。いくら護身術を嗜んでいるとはいえ、お嬢様もわたくしも小娘です。プロの誘拐では太刀打ちできない場面も出てくるでしょう。身代金ともなれば人生を賭けるだけの価値がありますからね。もちろん学園外には一定距離を持って警護がいますが、学園内には教職員関係者を除いて生徒しか入れません。つまり圧倒的警護が薄くなり、威厳を保つためにSクラスになってしまえば公の場に出る機会も増える。滝様ならここまで言えばお分かりですね」


(彼女の理想を実現するための階段を登れば登るほどに標的からは見えやすく盾を置きづらくなる。つまり並び立つ存在として信頼できる仲間を欲していたのか)


「この学園に入れたのは沙綾さんだけか?」

「はい。なにせ黒い噂が耐えない学園ですから、わたくしだけでも入れたのは幸いです。それに今回は12名しか選ばれなかったSクラス。例年より格段に多い人数です」

「ちなみにどれくらい多いんだ?」

「多い年で6名、2名3名の年が多いくらいです。つまり今年は豊作の年と言えるかもしれません。それに」


 沙綾は自身の指輪を見せてくる。


「最初のレクリエーションでは、わたくし達のお披露目になります」

「そんなアナウンスあったか?」

「携帯端末に来ましたよ」


 瀧はすかさず端末を確認する。



   《1年生レクリエーションのお知らせ》

 

 ・入学おめでとうございます

 ・学園を楽しんでいただくために行事を

  用意させていただきました

 

   【ルール】


 ・Sクラスは指輪を奪われてはいけない

   (過剰な暴力を負わせた場合には退学)

 ・制限時間終了時、SクラスはSクラスの指輪を

  持っていなればランク降格

   (試験終了時、確認させていただきます)

 ・その他のランクが指輪を持っていた場合

  ランクアップします

 ・制限時間は4月12日の9時から11時まで



「2時間もやるのかよ。それに準備まで3日しかないじゃん!」

「はい。いくらお嬢様でも人数を捌くのには限界があります。なので狙われる者同士で協力できないかと思い」

「にしても荒っぽくないか?過剰な暴力は禁止なんだろ?」

「最低限の自衛を持っていなければ足手まといなので切り捨てるつもりでした。それにSクラスで知り合いなのは瀧様と神宮寺様、そして澄原様の3名。残りの7名は不明なので」

「2人はなんて?」

「澄原様からは断られ、神宮寺様はどこかに行かれているのか会うことすら叶いませんでした」

 

(残念、といった感じで肩をすくませてるけど、俺だってあんな絡まれ方したら嫌なんだが)


 瀧が断りの言葉を発しようとしたとき、窓からぴょこぴょこと跳ねる髪の毛が見えた。


「???」

「どうされました?あれは」


 瀧の視線を追った沙綾。

 それは彼女が探していたもう1人の人物。

 瀧は寮の扉を開けてその名前を呼んだ。


「どうした神宮寺?」

「ひゃあ」


 突然声を掛けられてか、その場で尻もちをついてしまう神宮寺。


「悪い、大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。ご、ごめんなさい。お話中なのがわかって待ってたんですけど、」

「これはこれは神宮寺様。こちらからお伺いしようとしていたので手間が省けました。神宮寺様も協力していただけませんか?」

「???」


 会話の内容まで聞こえなかったのか、神宮寺は小首を傾げていたため、瀧が事の顛末を説明。

 

「改めて2時間も狙われる立場で何か作戦はあるのか?」

「ありません」


(言い切りやがった)


「3日しかないなら取れる行動は限られる。この学園なら買収とかは効くと思うか?」

「効かないとはいいませんが、効果は薄いかと。なにせ皆様お金に関しては不自由していない方がほとんどです。なので月並みな言葉ですが、『お金で買えない価値あるもの』を提示しなければ」

「ちなみにシェルター用意できるか?」

「学内に建てるには申請が必要ですし、3日で建設できるものではないですね」


(なら立て篭もるのは現実的じゃないな。逃げ回るのは体力続かない。なら他の方法で時間を稼ぐしかないぞ)


「今更だけど月城はどうした?」

「お嬢様はウキウキして滝様をお待ちしたら、ウキウキしすぎて寝てしまいました」

「叩き起こしてこい!!」


 ツッコミが炸裂。

 しかしなんの動揺も見せずに沙綾はどこかへ歩き出した。

 

「神宮寺、今のうちに話したいことがある」

「は、はい」

「1つ頼まれてくれないか?」

「な、なんでしょう」


 瀧の期待に答えたい気持ちと、まだ人に不慣れなのが半々の状態。

 そんな彼女に瀧が要求したのは、


「俺を信じられるなら指輪を渡してくれないか?」

「えっ?」


 指輪を失ったら、せっかくついた地位を剥奪されてしまう。待遇に天と地ほどの差があるのは寮1つとっても理解できてしまう。

 それを渡せというのは自分の学園生活を相手に渡すのと同義。

 

「・・・・・」


 神宮寺は人との交流に慣れていないのではない。

 幼少期に人の黒い部分を見すぎたために、自ら外界からの接触を制限してしまったのだ。

 そのため悪意には敏感であっても、駆け引きには疎い。

 神宮寺もそれを自覚しているため反応に困っているが、


「あなたがわたしの執事になってくれるのなら、わたしはあなたに全幅の信頼を持ちます」


 まっすぐに瀧を見つめながら、嵌められていた指輪を差し出す。

 瀧はそれを受け取り、


「よし!じゃあ勝ちに行くぞ」

「ふぁー、話はまとまった?」

「お嬢様にしちゃ品性がないぞ」

「いいのよ。ここに住んでるのなんて瀧君しかいないだろうし」

「月城はどうすんだよ」

「お嬢様とわたくしは月城邸からの通学予定ですので仮眠や気分転換の際にこちらを使わせていただこうかと思います」

「それから瀧君?私のことは名前で呼ぶようにしてよ。せっかく友達になったんだし」


(いつなったんだ?)


「千鶴はどう攻略するつもりだ?」

「2時間だから『逃げ続ける』より『隠れる』を選択するほうが良いわよね。でも右も左も分からない校内でウロウロしてたらそれこそ本番の隠れ場所に支障が出る。なら取る手段はあまり多くない」

「一番楽なのは欠席してしまえば楽なんだけど、最後に確認取られるらしいからな」

「なら瀧君はどうするの?」

「もっと簡単な方法がある騙し合いだ。幸い、俺と千鶴は簡単なやり方があるし、あとは神宮寺と沙綾さんの分だ。どうする乗るか?」

「是非とも」

「なら千鶴と沙綾さんに頼みたいことがある」


 瀧からの説明。

 それは月城と沙綾とで別々に耳打ちされた。

 この作戦の肝は時間稼ぎ。瀧の頭の中では自分だけでも十分生き残れる策があるが、それでも協力を募ったのは成功確率を上げるため。

 

「あ、あの、わたしは何をすれば」

「神宮寺はそのままでいい」


 冷たく突き放すような言い方に神宮寺は言葉を飲み込む。彼女もSクラスとして、何ができるか考えた際に様々な策を巡らせた。

 だが、そのどれもに自身が持てず瀧の作戦に乗る形になってしまい今それを拒絶されてしまった。

 

「そう、ですよね、わたしなんか」


 俯きながら神宮寺はとぼとぼと特別学生寮を飛び出す。


「瀧君いいの?」

「まだ神宮寺のこと何も知らないからな。守るためにはとりあえずこうするしかない」

「まぁ今の神宮寺さんにはこうするしかないかもしれないけど、後でフォロー入れといたほうがいいわよ。沙綾、準備しといて」

「かしこまりました」


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