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第一話     醜くないアヒルの子



   【獅子堂学園】


 卒業生から排出された総理大臣14人。

 財界、政界など国のトップとして君臨する人間が多数在籍していた獅子堂学園。

 都内の一角を無理矢理開拓して創設されたこの学園には変わった制度が存在する。上流国民とされる少年少女達が世間知らずにならないように、いわゆる普通の学生と一緒に試験受けさせる。そしてその中で優秀な成績を収めたものには授業料無料などの特待生特典がもらえる。

 だが、これはあくまで表向きの説明。

 実際には子供の知らないところでコネや裏入学が存在するなどの噂が絶えず、上流階級の入学を『純粋培養』、一般入学した者達を『起爆剤』を文字って『バグ』と呼んでいる。


「まじかぁ」


 不釣り合いな重たい空気を吐き出しながら豪華な校門を潜る。

 まず瀧が圧倒されたのは、思わず歩みを止めてしまうほど芸術的な校内。

 手入れされた芝と十字路の中心に異彩を放つ噴水、正面と左右に聳え立つ校舎。何から何まで今までの瀧との生活からはあまりにもかけ離れた景色がそこに広がっていた。


「いたっ」

「おっ、」


 後ろからわずかな衝撃。

 振り返ると尻もちをついた少女がそこにいた。


「わ、悪い」

「ご、ごめんなさい。わたしのような者が人様にぶつかって迷惑をかけてしまって」


(随分とネガティブだなぁ)


「立てるか?」

「え?」


 差し出した手に疑問形で返してくる少女。

 不思議に思う瀧の耳にその答えがさぐに聞こえてきた。


「あら相変わらずどんくさいこと」

「あいつもこの学園に入ったのかよ」

「金だけはあるからコネだろ」

「意外と好事家に媚でも売ったんじゃない。あの《呪い姫》」


(《呪い姫》?)


「すみません。わたしなんかに関わるとあなたまで不幸になりますから、ありがとうございました」


 少女はただでさえ長い髪で見えなくなった表情を俯かせて更に隠しながら足早に噴水奥の校舎に向かってしまった。


「これが上流階級のいじめってやつか?」

「その反応は一般生?」

「そうだけど、その言い方はアンタは『純粋培養』組か?」

「その呼ばれ方は嫌だけどね」

「お嬢様お時間が」


 メイド同伴で現れたのは瀧と同じく新品の制服に身を包んだ短い茶髪の少女。

 メイドさんの立ち振る舞いも含めて傍から見ても金持ちオーラが漂ってくる彼女達は周りから遠巻きに羨望の眼差しを受けているのが分かる。

 

「よかったら一緒に行きましょ。紗綾は少しだけ離れてくれる?」

「かしこまりました」


 慣れた様子でメイドを遠ざけると楽しそうな顔で瀧の隣に陣取り、校舎に同行。


「新鮮な反応で楽しい!」

「周りの視線が痛いんだけどもしかして有名人だったり?」

「それなりにね。月城財閥で分かる?」

「マジか。世界でも指折りホテル王じゃん!」


 スカイツリー、高輪ゲートウェイ駅、2022年に開催された東京オリンピック会場を含めて多くの建設に携わり、いま建っているものは、ほとんど息がかかっているとされるほど。

 そこの令嬢ともなれば知名度は凄まじく、遠目からの視線はなんとかしてお近づきになりたい生徒達で占めており、おそらく親からの言いつけだけでなく彼女の容姿も拍車をかけている。


「ま、それも気になるけどあの《呪い姫》?ってのはなんなんだ?」

「私を前にして他の話をするなんてね」

「仲良くしたいけど、どうも芳しくない光景を見た後だからな。何かやらかしたのであれば分かるが、不当ないじめとかだったら嫌だし」

「やっぱ面白いわね。少なくとも他の連中より安心して喋れるわ。それで神宮寺さんのことだっけ?簡単に言えば両親が亡くなったのよ」


(簡単に言いすぎだが何となく察しがついたな)


「財産絡みか?」

「よく分かったわね。そう神宮寺家は大地主で当主であるご両親が亡くなって権利を相続した彼女に群がるハイエナ共の餌食になったのよ。かくいう私も家族とゴタゴタしてるけどね。そうそう昔、社交場で見たけど昔は今みたいな感じじゃなくて可愛らしい感じだったの」


 月城はスマホを取り出し荒い画質の画像を見せる。

 そこには月城と神宮寺の幼少期の姿があった。

 先程の神宮寺とは似ても似つかない。

 短いツインテールは視界の妨げになるほど伸びてしまい、可愛らしい瞳は生気を失いクマのおまけつき。

 

「毟り取られてもなお残る権力と財力は流石だけど、それでも両親を失ったいまの神宮寺家に未来はないと切り捨てた懇意の財閥達からはいじめの対象になってしまってる。私が話しかけても昔のように笑ってくれないどころか、迷惑かけるからって」

「じゃあ別に俺が彼女に関わってもいいわけか」

「いじめの対象が変わるだけよ」

「安心しろ。既にドン底だ。これ以上人生落ちることもそうそうないよ」


 強がりで笑いながら校舎に到着。

 ランク分けの電光掲示板。

 獅子堂学園にはクラスというものはなく、単位制度が導入されて、生徒が好きな授業を選択して受講するという制度がある。

 だが弱肉強食の精神を養うという名目で成績をランクで順位付けする。

 S・A・B・Cの4つから成り、学園の施設利用にもこれが関係する。

 講義は平等に受けられるが食堂、娯楽施設などではSランクが最新最高なものが受けられるのに対して、Cランクでは最低限のものしか受けられない。

 そしてその階級は目に見える形として渡される。

 

「あら、あなたもSランクなのね」

「月城さんも、メイドさんもか」

「今回のSランクは新入生700人に対してたったの12人。受験生も含めれば倍率200倍以上だったとか」


 校舎の前にあった合格受付テントで受験票を見せると顔認証と指紋認証、さらには網膜認証の機械に通されそれをクリアしてようやく支給されるのが学内で使える携帯端末とダイヤモンドが埋められた指輪。


「Sがダイヤモンド、Aがルビー、Bがエメラルド、Cがオパール。一目で分かる差別を生むのが分かっていながらやることがえげつないわね」


 月城の指摘は真っ当なもの。

 いじめの助長と取れる組分け。


「ま、知ったこっちゃないがな」


 話しながら瀧は手袋を嵌める。

 指輪が隠れるようにと瀧の小さな抵抗。


「へぇ。面白いことするのね、沙綾」

「用意してあります」

「はやっ!」


 いつの間に手配し、どこから取り出しのか分からずに既に用意された瀧と同じ黒手袋を嵌める月城。

 

(やめて、投稿初日から財閥令嬢とお揃いとか)


 瀧の考えなど知ったことかと手袋と瀧を見比べてニヤニヤする月城。

 獅子堂学園は7つの建物が存在する。

 校門の正面、敷地の中心にある噴水を越えて敷地の最奥に現在、瀧と月城がいる学園の象徴たる『獅子堂本館』がある。

 

「学園に入って最初の友達が同じSランクなんてすごい確率よね」

「たしかにな」

「それにこの学園の恩恵は凄いしね。この学園に在籍しているのはステータスになる」

「もしかして目的ありか?」

「もちろん!私は世界の大統領になること」

「ぶふぅぉ!」


 思わず咳き込む瀧。

 

「信じてないわね」

「具体的には?」

「日本の総理大臣になって各国とのパイプを作る。そこから核兵器の完全撤廃と貧困層の救済、頑張った人が頑張った分だけ幸せになれる世界の樹立。これが私の夢なの。親ガチャで勝利した私はスタートラインとしてはフライング気味だけどやれないことはないでしょ?その為には優秀な仲間がいる。それを探す意味でもこの学園は最適なのよ」


(分かった。こいつ頭のいいアホだ)


「見つかるといいな」

「あらあなたを誘ってるのよ」

「は?なにに?」

「私の右腕に。これでも人を見る目はあるのよ。まぁ積もる話はあとにしましょ」


 『獅子堂本館』は他の施設と異なり1階のみ。相撲などで見られる国技館やオーケストラのコンサート会場を大きくしたようなものだとすれば分かりやすく、その中央にステージがある。

 瀧は適当な座席を見つけて座る。

  

「隣いいですか?」

「ん?」


 両隣が空いている比較的に楽な席を座った瀧の隣席への打診。

 

「いいですよ、えっと神宮寺さん」

「あ、あの。なんでわたしの名前を?」

「えっとさっき知り合った奴に聞いたんだよ。月城ってやつ」

「もしかしてゆいちゃんからですか?」


(あいつ月城唯っていうのか)


「多分そいつ」

「そうですか。じゃあわたしの事もきいてますよね」

「少しだけ」

「で、では別の席行きますね、すみません」

「ちょ、」


 蚊の鳴くような声で、そそくさとどこかに行こうとしてしまう神宮寺の手を思わず掴んでしまう瀧。

 掴まれてたことに驚き振り返った神宮寺の瞳はわずかに潤み、それを見た瀧は余計に力を込める。


「安心しろ。俺は金持ち共のしがらみは知らん。だから神宮寺が隣りにいてもいいんだよ!」

「ーーーっ!?」


 予想以上の反応に気圧されて座る神宮寺。

 

「えっと、ならわたしの■■になってもらえませんか?」

「なんて?」

「わたしのーーー」


 神宮寺が次の言葉を発しようとした瞬間。


〈新入生の皆さんおはようございます!!〉


 ホール内に響き渡る声。

 その声の主へと視線が集まる。

 ホールの中心にマイクを持って登壇していた人影。遠くからで視認しにくい人への配慮なのか天井から四方に向けて巨大なディスプレイが出現する。


〈まずは入学おめでとう。獅子堂学園3年代表の結城凜ゆうきりんだ。これから3年間この学園で過ごすことで磨かれるものは他では得られない密度になるからその気持ちを持ってくれ〉


 マイク越しでも聞きやすいよく通る声に、ホール全体の視線がとても自然に集まり、それを見計らい次々と学園の説明がされていく。


〈授業カリキュラムはやや特殊なことを除けば中学までとさほど変わらない。そしてこの学園の特色としてランク制度と権力争いは切っても切り離せない。良くも悪くも実力がある奴が上に行く学園。百獣の王たる獅子の名冠するこの学園では自分の全てを持ってして上り、最上位のランク保持者の特権をフルに活用しろ!以上!〉


 本当に言いたいことだけ言って壇上を下りた結城。

 唯我独尊という言葉が擬人化したような豪快さを見せる彼がこの学園のトップであることを、この場にいた誰もが感じただろう。


(あ、)


 ついつい聞き入ってしまったため、先程途切れた会話を戻そうと隣を向くと、感動する周りとは対象的に俯いた状態の神宮寺。


「どうした?体調悪いのか?」

「いいえ、なんでも」

〈そして最大5名で班行動を行う行事が多いから今のうちに目ぼしい奴に声かけておくのもいいかもしれない。それではこのへんで話を終わります〉


 代わった教師からの大まかな施設の説明を終えて、続々と『獅子堂本館』から出ていく。

 

 瀧が出口の方を見ると既に顔馴染なのかグループが出来ているようにすら見える。

 笑顔が出口に向かうのに比例して、存在感を消すように縮こまってる神宮寺。


「安心しろ。少なくとも俺は、」

「本当に入学してたんですね、神宮寺さん。それに聖一兄さんも」

「???」

梨乃(りの)ちゃん」


 そんな彼らに近づいてきた1人の女生徒。

 不純物のない真っ黒な髪を後ろで結った大和撫子の擬人化した姿がそこにあった。


「誰だ?」


 だが瀧にはまったく記憶にない。

 

澄原(すみはら)梨乃。聖一兄さんと小学校が同じだったのですが覚えてませんか?」

「梨乃?...」


(どうしよう。まじで覚えてない)


「たしかにあの頃の兄さんは大変でしたけど、まさか忘れられてるとは。まぁいいです。こちらとしてもやっと迎えられる準備ができたところですし、些事はこの際気にしないようにします」

「盛り上がってるところ悪いが何か用か?」

「えぇ。あなたを旦那様として迎え入れるようになりました。まずは執事に」

「は?」

「あら、瀧くん婚約者がいたの?私の執事に欲しかったのに」


(またややこしいのが来た)


「悪い冗談だ。ってかさっきから執事執事ってなんだよ」

「説明聞いてなかったの?学園の制度として男女がパートナーとなる際に男性を『執事』、女性を『メイド』と呼んで仕えることがあるの。有能な人材を逸速く捕まえておく意味でもね。でも最近は彼氏彼女の間になりたい相手を選ぶケースが増えてるみたい」

「しかも兄さんのように権力争いの種にならず、なおかつSクラスなんて引く手数多でしょう。ちょっと待ってください。月城さん?なんで兄さんと同じ手袋して見せびらかしてるんです?やめてください不愉快です」


 ウリウリ!と見せつけるように両手を向けてくる月城のウザさに嫌がる顔を隠さない澄原。


「で?どうするの?誰の執事になるの?」


 ニコニコと笑う月城。

 対抗してむすっと見てくる澄原。

 おどおどと俯きがちな神宮寺。

 

「これって強制か?」

「いえ、ですが2年に上がるまでには主人か従者になるのが一般的ですね。慕った相手に使えるか、気に入った相手を下すか」


(面倒くさそうな話に巻き込まれたくないけど、月城財閥の執事なら将来安泰だろうし、澄原の旦那様?ってのは正直考えたくない。それに、)


 瀧の制服の裾を弱々しく摘む神宮寺の手を強引に剥がせるほど彼の人間性はできていなかった。


「強制ならとりあえず神宮寺の執事になるわ」


 三者三様に驚いた顔を見せる女性陣。

 中でも自分が選ばれると思っていなかったのか、神宮寺は裾を掴む手に余計に力が入っている。


「まぁいいわ。本格的な申請をするまではどこかで研鑽してもらうのも悪くないし。気が変わったらいつでも待ってるわね瀧くん」


 悪戯っぽい笑顔を浮かべながら、沙綾と共に本館を後にする月城。

 その後で恨めしそうに神宮寺を見つめながら、


「兄さんは絶対に返してもらいますから!」


 と捨て台詞を吐いて澄原は出ていき、遂には本館には瀧と神宮寺だけになってしまった。

 わなわなと震える神宮寺に会話を切り出させるのは厳しい。

 

「えっと、執事ってのは分からないけどとりあえずよろしく頼む」

「こ、ここ、こちらこそ。で、でもいいんですか?月城財閥の長子に澄原のご令嬢といえば世界でも指折りです。わたしなんかとか比べ物に」

「まぁ、そのなんだ。まずは神宮寺と仲良くなろうかなと思ってさ」


 照れ隠しに頬を掻きながら差し出した手に恐る恐ると、神宮寺は手を握り返した。


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