誰かの金属製
君と死ぬためなら。
私の人生は、終始誰かの所有物だ。それは例えるならばニッケル製の小箱のような、無機質で味気のない、つまらない物だ。
預けたいものがあれば預ければいい。私の固く閉じた口は誰の秘密も漏らさない。傷ついたなら指で撫でればいい。傷薬くらい塗ってやる。必要ならば慰めの言葉もかけよう。何かに苛々しているのなら、床にでも天井にでも思いっきり投げつければいい。心地の良い金属音が響いてさぞ爽快な心持ちだろうな。
私は今まで誰も拒絶しなかった。いわゆる出来のいい
小箱だった。
だがある時、どっと疲れが来た。詰まっていた蛇口から栓を抜いたように泥水が垂れ流れている。そんな疲労感だ。それに私は知らない間に私は激しい膨満感を患っていたようだ。乾いたパンが喉に詰まるような息苦しい窮屈さが続いている。
もう私は何もかもがどうでも良かった。ただ、私は
私が知りたかった。
形を確かめてみた。角は潰れて歪み、側面は傷ついてざらついていた。
中身を探ってみた。そのために多くの物を捨てた。我ながら狂ったように探って、捨ててを繰り返した。と同時に今まで受け入れてきたものを、私は少しずつ拒絶し始めた。
信頼、愛情、友情、偏見、教育、過去。他人から預かっていた物は全て捨てて来た。その結果残った物は何だったと思う。
そこには何も有りはしなかった。私の人生は空になった。いや、空っぽだった。
私は誰も愛せなかった。もう何も欲しくは無かった。食も細くなった。夜は眠れなくなった。
いわゆる三大欲求。それらが私から消えてしまった。自分を知ろうと必死になっていた頃は、中の物を捨てるたびに事の真核が垣間見え、周囲の人の汚さが垣間見え、自分の醜さが垣間見え。
死にたい、生きてはいられないとばかり思っていた。
でも、もう死ぬことすらも億劫だった。瞬きすら忘れる程私は疲れていた。ひりと目が痛くなって、涙目に。そういえばもう近ごろは悲しみや辛さでは涙が出なくなっていた。
私は本当にただの空箱だ。
ある時私は告れと言われたから告白した。いいよと言われたから毎朝一緒に登校した。お別れだと言われたから
一人で登校するようになった。また付き合おうと言われたから手を繋いだし、やっぱり別れようと言われたから距離を置いた。
私はきっとみんなにとってとても使い勝手のいい箱だった。私はやはり沢山の人達に使われ、同じ数だけの人たちに捨てられた。
不満があるわけではなかった。私はこれでいいと思っていた。でも、もう疲れた。捨てられるのもはじめは酷く傷ついたが、それにも少しずつ慣れてきた。
ただ一つ願うとするなら私は最後、綺麗に死にたかった。私の人生は空では無かったと。一つでいい、ただ一つでいいからこんなにも素晴らしい物、または事があったんだと思って死にたい。
壊れたい。いや、壊してもらいたい。
私の人生は無ではない。こんな私を壊してくれる人が、一緒に壊れてくれる人がいた。
そう思いたい。
捨てたいのなら捨てればいい。
君以外無くすものなど何も無い。
ただ壊れたい。壊されたい。
一つの、小さな、ニッケル製だ。
これは一次創作の私小説です。
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