Introduction
冷戦の火がくすぶる時代、ジョニー・グラントは駐車場に止めた車から降りると、正面にあるガラス張りの建物を見上げた。柔らかな太陽の光が反射して煌めいている。
「意外と近未来な見た目だな」
感嘆混じりの独り言を言うと入り口に入っていった。白を基調としたロビーではせわしなく白衣姿の研究員が行きかい、庭が見える大窓のそばでベンチに座ったスーツ姿の人物が談笑していた。
「すみません。アリシア・グラントに会いに来たのですが、どちらにいますか?」
目の前を通り過ぎた白衣の青年に声をかける。長い金髪を折り返してくくり、飄々とした雰囲気がにじみ出ている。
「今日は学会があるので、アリシアさんはこちらにはいません。御用がでしたら、僕が代わりにお伝えしましょうか?」
青年の答えにジョニーは落胆の表情を見せると
「アリシアに『たまには帰ってきてほしい。そうでないと、ジョニーが様子を見にて研究所まで会いに来るぞ』と伝えておいてください」
と言いながら、持っていた紙袋を青年に手渡した。すると、青年は彼の顔をまじまじと見る。そして、記憶の底から引き出せたらしく、
「あぁ、アリシアさんのご主人でしたか! どうりで、見たことがあると思いましたよ!」
青年が得心のいった声を上げた。しかし、ジョニーは研究所に来たのは初めてであり、彼と面識がないどころか何者かも知らない。
「あなたと俺は初対面のはずですが?」
「はい。ただ、アリシアさんがよくあなたとのツーショット写真を見せてくれるんです。『早くこの研究を終わらせて、夫と二人でゆったり暮らしたい』と」
驚いた。まさか数年間会っていないのでもしかすると忘れ去られたか、信じたくはないが浮気していたのでは思っていたからである。
「そうだ! よろしければ、アリシアさんの研究室に寄ってみませんか?」
青年の唐突な提案にジョニーの意識は回想から現実に引き戻される。普通なら関係者以外立ち入り禁止のはずだ。
「えっ! 俺は部外者ですよ?」
「いいんですよ。今日の研究室には僕だけしかいませんし、それに、ジョニーさんもアリシアさんが何をしているのか気になりませんか? 大丈夫ですよ。見られたくないものはきちんと隠してありますから」
「……」
ジョニーは心が揺らいだ。確かにアリシアが何を研究しているか、全く知らされていないからである。それどころか若干浮気も疑っていた。
「じゃあ少しだけ……」
申し訳なさそうに返事をすると、青年の後についていった。興味と疑心には勝てなかったようだ。
「ここがアリシアさんの研究室です。研究内容は工場で用いるロボットの開発ですね」
モニターとキーボードがついた机とずらりと並べられた自分の背丈ほどの白い箱を見てジョニーは感嘆の声をあげる。
「たしかに、これだけ見ても俺には何もわからないですね」
珍妙な機械に囲まれて、彼はアリシアが自分とは違う世界で生きていること、自分は彼女と釣り合わないのではないかと痛感する。
「俺はもう帰ります。今日はありがとうございました」
部屋の外にいた青年に礼を言って出ようとした時、突然視界が揺らぎ建物が軋み始めた。慌てて機械につかまりしゃがみ込むも収まる気配はない。
「ジョニーさん!」
ジョニーは必死に名を呼ぶ青年の元に近づこうとするも、突如部屋の中から光が消え騒然たる轟音と共に機械に押しつぶされた。