第9話 幼馴染みの元に向かう俺が潰してしまったもの
小百合がどこかに連れて行かれた。
山本からの連絡には本当に助けられたと思った。
俺は全速力で走って駅前に向かう。
しかし、到着したときには、その周囲には誰も見当たらない。
この近くであることは間違い無いだろう。
しかし、方角が分からなければ……。
キンコン。
そう思っていたところに、スマホの通知音が鳴る。
小百合からだ。
メッセージアプリを開くとそこには、写真が一枚添付されていた。
小百合が、両手を縛られ床に寝かされている。
そして睨むように、こちらを見ていた。
恐らく、彼女を拉致した者が撮影したものだろう。
小百合の瞳は強い光が灯っている。
負けない。そう訴えるような強い光が。
俺はその小百合の意志にも励まされる。
絶対に助ける!
写真のみで、特にメッセージは無かった。
俺を焦らそうとしているのだろう。
写真の明るさや周囲の明るさからたった今撮影されたもので間違い無い。
そもそも、連れ去られたという山本の連絡からさほど時間は過ぎていない。
写真から想像するに、どこかの廃工場のようなところだ。
少なくとも普通の家では無さそう。
それだけでも十分なヒントだった。
工場や会社の建物がある方向に俺は向かった。
しばらく走ると、再び通知音が届いた。
最初の写真の到着から五分も経っていない。
小百合のブレザーが脱がされ、ブラウス姿になっている。
なるほど、撮影者の性格の悪さがにじみ出ている。
そうか、少なくとも連れ去ったのは俺と小百合のことを知っているヤツなのだろう。
俺になんらかの関わりがある。
まあ、十中八九角田だろうなぁ。
さっき、絵里も何か知っているようなことを口走っていたし。
小百合は相変わらず強い表情をしていた。
あまり気丈が過ぎると先立って暴力を受けるかもしれない。その前になんとかしなければ。
着信がある。
山本だ。
「細川、今どこ?」
「駅の近く。たぶん、そっちに向かっている」
「おお、朗報だな。ここのGPS位置情報を送る。
奴らを見つけて様子を窺ってたんだが、そろそろ千石さんが危ない。
時間を稼ぐ。骨を拾ってくれ——」
そこで通話が切れた。
送られてきた位置情報は、すぐ近くの工場を指していた。
この辺りは元々住んでいる所の最寄り駅で土地勘はあった。
別の駅だったら、こうもうまく行かなかっただろう。
位置情報を頼りに走り……古びた建物に着く。
その建物は事務所と工場部分で荒れ方が違っていた。
事務所の方は最近、もしくは今でも人つかっているのかもしれない。
だとしたら……俺は工場の方に向かった。
工場は鍵が壊されており、一歩を踏み入れた。
奥の方から言い争う声が聞こえる。
山本たちだ!
内部は埃っぽくもなく意外と綺麗になっており、俺は騒がしい方向に急いで走る。
☆☆☆☆☆☆
最奥の部屋に人の気配があり、躊躇無く立ち入った。
そこは、がらんとしており、家具など無い部屋。
何人か、学生服姿の男たちが見えた。
「……細川! 来たか!」
少し顔を腫らした山本と、それを囲む俺と同期、同じ学校のバスケ部員。味方だ。
それに対するように、角田らの仲間——バスケ部員がいた。奴らは敵だ。
奥には小百合の姿が見えた!
「細川君!!」
小百合の瞳がキラリと輝く。
強い光は失われていなかった。
その表情を見ただけで、間に合ったのだと理解する。
しかし。
それを知ってもなお、俺の中の熱は止められなかった。
小百合に何をしようとしたのか。それを考えると、頭の奥が痺れた。
「お前らぁ……許さん!!」
俺は無意識のうちに走り出し、何人か押しのける。
さらに塞ぐように立っていた大男に体当たりをし、無我夢中で腕を振った。
大男の怯んだ横を突き抜け小百合の元に駆ける。
「小百合、無事か? 何かされてないか?」
「うん、大丈夫……というか、細川君が一番乱暴だよ?」
「えっ?」
振り返ると、何人か倒れている。
無我夢中で障害物を排除したのは確かだけど……ひどいな。
「おい、細川……にらみ合いをしている途中にお前が入ってきたんだ」
そこにいた一同があっけにとられていたように見えた。
え? 俺?
そして近くにうずくまっている男がいる。
角田だ。
「ぐ……うぉぉお」
何かうめいている。
そういえば、突き飛ばす直前、俺の膝が角田の股間の辺りに直撃していたような……気がする。
なにかがぐにゃりと潰れるような……そんな嫌な感触を思い出す。
同時に、俺はついバスケの試合中のように両手を挙げ、反則してないぞアピールをした。
「おい、お前らどうするのこれ?」
殺気立つ角田の仲間の男たち。
そりゃそうだ。リーダーが倒されてはメンツも何も無いだろう。
「いや、ウチの学校の女生徒を拉致しようとしていたお前らこそどうすんの?」
山本が返す。
彼に加え、同期のバスケ部員が数人来ていた。
あいつら……助けに来てくれたんだな。
しかし、互いにケリを付けないと引き下がれない状況だ。
角田はまだ倒れたまま起き上がれないでいる。
「角田、大丈夫か?」
奴らの仲間が駆け寄って聞いているが、角田は痛みを堪えるのに必死の様子で返事をしなかった。
両手で股間の辺りを押さえている。
その様子を見て、俺たちに掴みかかろうとする角田の仲間たち。
「お前ら、タダじゃ——」
その時——。
ウーウー、というパトカーのサイレンが聞こえた。
警察だ!
逃げるか? どうしようかと考え始めた俺たちより早く、数人の大人の男……たぶん警察の人たちがこの部屋に入ってくる。
「お前ら全員、動くな!」
血気盛んな角田の仲間のバスケ部員たちも、俺たちも、誰一人として警察には逆らわなかったのだった。
☆☆☆☆☆☆
俺たちは、事情を話すために全員が警察署に向かうことになった。
小百合は特に怪我はないものの、手首に縛られた痕ができていた。
何かされたワケではない様子。
かなり元気そうに見えて俺は安心したのだった。
事情聴取はその日の深夜まで及んだ。
俺たちは小百合が拐われたことを伝え、あの場にいたことの正当性を主張する。
どうやら山本は同期のバスケ部員も呼んだ上、警察も呼んでいたようだ。
山本の親の警察関係者の……を通じて連絡を取っていたようだ。
なんらかのコネがあったのは本当だったのだろう。
彼らには感謝をしないといけない。
角田だけは警察署に姿を見せなかった。
それほど大きな怪我というわけでもないと思うのだけど……そんなに痛かったのだろうか?
病院にでも行ったのかも知れない。
小百合は先に家に帰されたらしく、俺が解放されたときには既にいなかった。
そしてしばらく待ち、両親に迎えられて帰宅。
怒られるかと思ったけど事情を聞いていたようで、父も母も何も怒らなかった。
ただ一言「よくやった」と褒めてくれたのだった。
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