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第13話 元カノとの最後の時間を過ごす。


 絵里は勝利を確信している。

 その自信は一体どこから来るのか?

 小百合が先に帰った意味を曲解している。


 俺ははっきりと言うことにした。



「ごめん。もう、絵里とことは考えられない」


「えっ? どうして? 角田とちゃんと別れたし……細川君誰とも付き合ってないんでしょ?

 それに、私のこと、まだ好きな気持ちがあれば大丈夫」


「もう、絵里のことは吹っ切れたよ」


「えっ……? もう……?」


「うん。っていうか、とっくに」



 そこまで言うと、絵里は俯いた。



「だったら、これから……これからまた、最初から——」


「無理だよ」


「どうして?」



 そんなことは決まっている。



「もう、絵里を信じられないからだよ。

 あの時、絵里と付き合っている時、お互い本気だと思っていて、多分それは本当のことで……。

 お互いに真剣だったと思う」


「う、うん……」


「だけど、絵里は変わってしまった。他に好きな人ができた、そう言って俺の元から去っていった」


「それは悪かったわ。だから、こうやって元に戻ろうとしてるのよ?」


「もう無理だよ。君が他の男と一緒になったと考えて吐き気がした。

 もう、俺の中の……俺が好きだった絵里は死んだんだ」



 絵里の瞳が潤み、涙が流れようとしていた。



「そ、そんな……私は……まだいるわ」


「そうだ。でも、もう俺が好きだった頃の絵里じゃない。

 君自身だけじゃなく、他の男にって考えただけで、無理なんだ。

 付き合っても同じ事を繰り返す」



 多分付き合っても。

 その言葉に、絵里は顔を上げた。



「もう、同じ事は繰り返さないから。大丈夫よ」


「その言葉を、もう俺は信用できないんだ」


「そ、そんな……いや……いやだ。また、付き合おうよ? また、あなたの家で……抱き合ったりしよ?」



 もう俺は絵里に何にも感じなかった。

 彼女のこんな姿を見ても、心が動かない。

 さっき小百合がいたときは、その行動が気になってしょうがなかったのに。



「絵里、俺にはもう好きな人がいる」


「……っ!」


「それは君じゃない。もう無理なんだよ」


「やだ。そんなの知らない。確かに可愛らしいかもしれないけど、私の方が……あの女と私を比べて——」



 そこまで言って絵里はハッと表情を変え言葉が止まった。

 しかし絵里はめげなかった。



「——いや、だとしても。私との幸せな時期だってあるでしょう?

 また、そうやって幸せな時を過ごすことだってできる」


「確かに、付き合い始めや体を重ねたときは幸せだった」


「でしょう? だったら……」


「でも、それは……もう思い出なんだ」


「思い出……そんな……」



 俺の意思が変わらないことを少しずつ理解してきているようだ。



「これからは、小百合のことを考えて生きていたい」


「う……そんな……いや……いやだ。私は細川君のことが好き。好きだから……諦められない」


「絵里に振られたとき、俺だって簡単に諦められなかったさ。でも時間がなんとかしてくれる」



 しばらく、沈黙が部屋を支配した。


 ふと、スマホを見ると連絡が入っていることに気付く。

 父さんからで、親同士の話し合いは終わったようだ。


 俺を待ってくれているらしい。

 ただ、急ぐ必要は無いとの連絡だった。


 絵里が口を開く。



「……でも、まだ付き合ってないでしょう?

 ひょっとしたら、細川君の一方通行かも知れない。

 例えば、千石さんに他に好きな人がいたりするかもしれない。もしそうなら、私と……」



 今の状況で、あまり想像ができないことだ。

 俺は、小百合が俺に好意を持ってくれていると確信している。

 それが、自惚(うぬぼ)れではないことも。



「もし、もし小百合に振られても、諦めるつもりはない」

「え……そんなに……?」

「それに、もし仮に俺の思いが届かなくても、絵里に戻るつもりはないんだ。決して」



 俺は絵里の未練を断ち切るように、すっと立ち上がった。



「じゃあな。俺ももう帰るよ」


「そんな、待って……まだ話は終わってない」


「俺からはもう話すことは何も無い」


「やだ。私の気持ちはどうなるの? 私は……私はやっぱり細川君が好き。大好き。だから……待って……?」



 絵里は部屋を出ようとする俺の足に縋ってきた。

 俺は、その指を……手を解いていく。



「もし……もし、小百合に会う前だったら。


 俺のことをずっと見ていて、

 俺のことを誰より知っていて、

 でも、控えめで、


 自分の気持ちを押し殺して生きてきた幼馴染みの女の子に、会っていなかったら……。


 またヨリを戻すことも考えたかも知れないな。

 俺は弱かったし、絵里に頼っていた部分は確かにあった」


「……」


「でも、もう俺は変わってしまった。絵里が変わったように」


「……じゃあ……もう……遅いってこと……?」


「うん。もう、絵里の知っている俺はどこにもいないんだよ」


「イヤ……いやだ……。うわあぁぁぁぁん——」


「さようなら。絵里」



 俺は泣きじゃくる絵里を置いて部屋を出た。

 好きな人を失う気持ちを、少しでも感じて貰えたらいいのだけど。

 同じ間違いを繰り返さないためにも。



 料亭の人に案内されて外に出た。

 夜の空を見上げ、静かに父さんが待っていた。



「まあなんだ……。色々あるとは思うが、お前、泣いているのに気付いているか?」


「え……」


「まあ、色々あると思うが一つだけ。

 一人の男が本当に幸せにできるのは、たった一人の女だ。それだけ覚えておいてくれ」


「……うん」



 父さんはくしゃくしゃっと照れ隠しのように俺の頭を撫でた。



「さあ、帰ろう」



 父さんの心遣いが、嬉しかった。




お読みいただきありがとうございます。

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