第11話 これが噂に聞く修羅場というものなのだろうか?
いつものように小百合を送ってから家に帰ると、父が低い声で話しかけてきた。
「なあ、光。最近、五木さんの娘さんとどうしてる? さっき連絡があってな、お前と一緒に会食に誘われたんだが?」
「えっ……絵里のところと?」
「ああ。最近、その絵里さんだったか、あまり家に来なくなったようだが、どうしているんだ?」
そろそろ現状を伝えた方がいいのだろう。
「もう別れたよ。会ってない」
「やっぱりそうなのか……じゃあ、断る方向で考えた方がいいのかも知れないな」
「仕事の話? いいの?」
「ああ、お前に嫌な思いをさせてまでするような仕事は無い。特に恋愛がらみは面倒だからな」
「父さん、ありがとう。もしや父さんも苦労を……?」
「あらあら、何のお話かしら?」
母さんが参戦してきた。
途端に顔色が悪くなる父さんだが……。
「すまん、電話だ」
あ。
逃げた……。
その話は強制的に終わってしまったのだった。
しかし、その電話は千石家、つまり小百合の親からの電話だったらしい。
千石家とも仕事の付き合いがある。
「すまん、光。やはり会食には行くことになった」
「え……?」
「どうやら千石さんのところへも話が行っているらしくてな。
一緒に会食をすることになった。ちなみに、小百合ちゃんとは今でも仲良くやってるのか?」
「あ、うん。今一緒に帰ってるよ」
「なるほどなぁ。分かった。
もう少ししたら出ようと思うから、着替えてきてくれ。
あまり気取らないでもいいけど落ち着いた服がいいかもな」
「ええ? 俺もか」
正直、あんまり絵里とは会いたくないが、そうも言ってられない。
俺は父さんと久しぶりに一緒に出かけた。
☆☆☆☆☆☆
そして大きいお屋敷というか家みたいなところに着いた。
料亭ってこんな感じなのか。
こういうところに来るのは初めてだ。
迎えにきた人に案内される。
「光はこの先の部屋に」
「え? 父さんと一緒じゃないの?」
「ああ。いろいろ難しい話になりそうだし、子供たちは別の部屋だ」
なんだか嫌な予感がする。
その予感は的中し……。
畳の純和風の部屋。
壁には掛け軸が飾られている。ぐにゃぐにゃしていて読めない。
低いテーブルと座椅子がある。
ドラマでよくある、偉い人が食事をしながら悪巧みをする部屋だった。
「細川君!」
「やっぱりいたのか」
部屋には、絵里が一人で座っている。
俺は、その正面に座った。
「こんばんは。また会えて嬉しいな」
絵里はドレスのような白いワンピースを着ていた。
ちょっと部屋の雰囲気と合わない気がする。
前会ったときは酷い有様だったけど、今は腫れなど怪我は見られず顔色もいい。
軽く化粧もしているみたいで、気合いが入ってるようだ。
道ですれ違えば多くの男が振り返りそうな外見だが、俺が心が動かされることはなかった。
「もしかして絵里が段取りをしたのか?」
「どうしてそんな怖い顔をしてるの? そんなこと私ができるわけ無いでしょ」
じゃあどうしてこんな状況になるんだよ。
「それに……私……。別れたし」
「角田と?」
絵里は、俺が角田の名前を出したところで一瞬顔をしかめた。
もうその名前は聞きたくないのだろう。
「うん。私を殴ったりしたこと全部話したら、大変なことになったみたいで」
「そうか」
「だからね、また細川君とつきあってもいいかなって。細川君と別れて、あなたの良さがよくわかったっていうか」
まただ。今さら、何を言っているのか。
俺は冷めた目で絵里を見る。
「お料理の準備ができました」
着物を着た女性が、料理を運んできた。
三人分の料理を並べていく。
「「三人分?」」
絵里と同じタイミングで質問してしまった。
「はい、もう一人お連れ様がいらっしゃると……」
「え? そんなの頼んでない」
「絵里……やっぱりこの場をセッティングしたのは……」
「あっ」
急に絵里が黙り込む。
俺はその顔を睨みながら、料理が並べられるのを待った。
「こんばんは……あっ、光君」
そこに小百合がやってきた。
もう一人というのは小百合のことだった。考えてみれば当然だ。
小百合は、料亭の女性に座る場所を聞き、俺の隣に座る。
すると、絵里が俺に聞いてきた。
「え……誰?」
「幼馴染みの小百合だよ」
「なっ。じゃあ、この子が……」
「光君、こちらの方は?」
俺を見る目は優しい。
しかし、小百合が五木を見る目には炎が宿っていた。
「えっと、五木絵里と言って——」
「細川君の彼女よ」
「元だろ、元」
小百合に誤解させないようにしっかり訂正する。
「はじめまして、五木さん。光君と親しくさせていただいている千石小百合と申します」
「なっ! 親しくって——」
焦る絵里の様子に少し笑いそうになった。
しかし、小百合のこの言い方は何だ?
彼女は穏やかな性格だ。
なのに、小百合が絵里に向けて挨拶をした瞬間、この部屋に稲妻が走った。
きっと幻だと思うのだけど。
いったい何が起きているんだ?
これはもしかして……噂に聞く修羅場……?
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