第10話 幼馴染みへの思いは増すばかりだけど……
警察から帰った俺は、疲れですぐに寝てしまった。
まあ、あの様子だと角田やその仲間はもう手出しできないだろう。
翌日、学校では昨日の事件の簡単な話が先生からあった。
「昨日のことだが、下校途中の女生徒が、男達に誘拐されそうになったそうだ。
こういうこともあるので、できるだけ明るいうちに帰れよ。
遅くなるときは、友達と一緒に帰るとか、気をつけて登下校してくれ——」
実際には連れ去られたわけだから少し事実とは異なる。
小百合のことを配慮した結果、そのように伝えることになったのだろう。
しかし、結局は、その辺りの真相に迫る噂が立ちはじめていた。
小百合のことが色々言われると嫌だなと思ったが、幸い予想外の部分が噂になり始めたのだった。
どちらかというと、なぜか俺の話が噂で盛り上がっていた。
いつものように放課後、小百合を教室に迎えに行く。
「小百合、今日も彼氏が来たよっ!」
「……ありがとう。でもね、付き合ってなくて、幼馴染みだよ。じゃあ、私帰るね」
頬を染めて教室から出てくる小百合は、嬉しそうでもあり、少し遠慮しているように感じた。
背中から、彼女のクラスメートたちの声が、噂話をするのが聞こえる。
「あの二人……やっぱ噂は本当なのかな?」
「どう見ても付き合ってるようにしか見えないんですけど?」
「あの人が助けに来て犯人をボコボコにしたって噂」
「あーいいなあ。ヒーローじゃん。尊い」
「バスケ部もみんな活躍したらしいね。山本君名誉の負傷」
「山本君って彼女いるのかな?」
犯人をボコボコにしたとか、事実と異なる話にさらに背びれ尾ひれがついていく。
そのおかげで噂の中心が小百合から離れてくれたので、それ自体は悪いことではなかった。
俺も時々直接聞かれ、訂正はしたのだが……噂は止まらない。
「みんなね、細川君のこと噂しているの」
「え。マジ?」
小百合は嬉しそうに語った。
「なんかね、空手の有段者で犯人グループのリーダーを一撃で倒したとか、白い馬に乗って現れたとか」
「もう滅茶苦茶だな」
「でもね、私には……そう見えたかも」
「え? そうなのか? 目に異常があるのか?」
「ふふっ。ううん、正常だよ。
にらみ合いが続いてどうなるかって思ってた時に、みんな突き飛ばして私のところに来てくれて」
少し笑いながら、俺を見つめる小百合。
「私ね、怖くなかった。男の人に囲まれて、何をしようとしているのか分かっていたけど。
光君がね、きっと助けてくれるって思ってたら、怖くなかった」
「そっか。小百合が怖い思いをしていなかったのが、救いだ」
小百合の手と俺の手が触れた。
思い切って握ってみる。
拒絶されたらどうしよう?
とんでもなく胸が高鳴り、冷や汗をかく。
でも……少しの戸惑いの後、小百合はそっと握り返してくれた。
大変なことがあったわけだし、思いを告げるのは小百合がもう少し落ち着いた時がいいと俺は思う。
その数日後。
休んでいた山本と会っていろいろ話を聞いた。
二人きりで、人があまり来ない校舎の端の階段に座り腰掛ける。
包帯を顔にぐるぐる巻きにしている山本。
「山本……なんか包帯大げさじゃね?」
「そうかな?」
「それじゃミイラ男だ」
彼が特攻したとき、角田らに数発殴られたらしい。
その最中に他のバスケ部員も到着し睨み合いが始まり、その最中に俺が入っていったわけだ。
確かに俺が小百合が捕まっていた部屋に入ったとき、彼の顔は少し腫れていた。
「病院の先生がそのほうが印象がいいから……って言ってて」
「俺からすると印象最悪なんだけどな」
「そう? 警察のみなさん、心配してくれてめっちゃ印象良かったよ?」
「確かにその見た目だと心配になるな。
それはともかく山本のおかげで早く小百合の元にたどり着けたし、
特攻してくれたおかげで酷いことをされなかったのかもしれない」
俺は山本の目を見つめて言った。
「本当に感謝している。ありがとう」
俺は頭を下げた。
これで貸し一つな……と山本は言うんだろうな。
当然のことだしむしろ安いくらいだ。いや、これから何かあったら俺が山本を助ける番だ。
「うん。千石さんを守れてよかったと思っている。本当に」
山本は心からそう思っているようで、その言葉にとても熱い想いを感じた。
「ああ。小百合も感謝していた」
「うん、親御さんと家に来てくれたよ。あの笑顔を守れただけで……本当に良かった」
彼が手を差し伸べてきたので、握手を交わした。
いいやつだな。本当に。
「っていうかさ。千石さん泣かしたら、絶対に許さないからな」
お、おう。と俺は返す。
今までに無い、山本の声だった。
「それで、あいつらはどうなった?」
「……聞き伝ての話だから話半分に聞いて欲しいけど」
そう前置きをして山本は話し始めた。
バスケ部員らは、小百合誘拐の実行犯。
家裁送りになるかどうかってところらしい。未成年略取? か何からしいけど、小百合が訴える? かどうかというところもあるみたい。
それと山本への暴行。
俺にはすごく元気そうに見えるのだが、大げさな包帯によって印象は変わる。
奴らは一週間の停学処分になりそうだが、退学も視野に入れて現在も検討中。
やつらはみんな引退済みだったので現役部員に対しての処罰は何も無い。
しかし、今度何かあったら廃部を含めた重い罰が下されるようだ。
結果、現役部員に迷惑をかけたということでOBらに目を付けられているのだそう。
それはそれで大変そうだ。
「角田は? あいつ警察署で姿を見なかったけど」
「腹が痛いと言ってなかなかパトカーからなかなか降りなかったらしい」
どうやら角田はプライドが高いのか、股間が俺にやられたことを黙っているようだ。
仮に奴が俺のせいにしても、小百合を助けるためにやったことだと言い張るつもりだが。
それに、故意じゃない。
あれは事故なのだ……と主張するつもり。
「角田は大学推薦の話もあったらしいけど当然白紙に戻ってる。
まだ決定してないけど退学の可能性が高い。さらに家裁送りになるかもって」
それに、と山本は俺に耳打ちをした。
「どうやらあの日以降、勃たないらしい……という噂が……」
「まじ?」
「あくまで噂だけどな。精神的なものか、細川の攻撃によるものかは不明だ。確かめたいとも思わないけど」
「まあな」
これで障害は排除されたようで、小百合も一安心だろう。
あとは、俺が意思を固めて思いを伝えるだけだ。
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