94 ヒロインは黙殺されました。
会いたかったのは本当よ。
だけどぶっちゃけて言えばここの所色々と立て込んじゃってて、私はウィリアムや実家への連絡だったり、ワル魔法使いの方のアーネストの捜索だったりにまで手も気も回っていなかった。
薄情にも半分忘れかけていた。
だから向こうだって私を案じてくれてるんだって今日彼が現れるまですっかり失念していたのよね。
まあ、私のそんな後ろめたい思考を読んで怒ったわけじゃないだろうけど、躊躇なき表現者ウィリアム様は現在馬車のすぐ横の路上で、私の傍に腕組みして立って明らかに不機嫌な顔をしている。
マルスも。
馬車が急停車したのは、マルスが投げて見事に車輪の駆動部に噛ませた短剣のせいだったらしく、金属製の固い鞘とその中身のおかげで車輪には些か問題が生じちゃったみたい。
しゃがみ込んでその部分を覗き込んでいる御者のおじさんが「うーんこりゃちいと修理の時間が必要かもしれん」とか独り言を呟いているのが聞こえたから、しばらく馬車は動かせそうにない。
ああもうマルスってば何て事を……って一ミリくらいは思ったけど、全ては私のためだったから責任は私が負うべきね。
本当に良からぬ輩だったらマルスの行動はまさに救出の一手だったに違いないもの。感謝こそすれ責めるのはお門違いってもんよ。
そこはともかく、ええと何からどう話せばいいかなあ?
「あー、えー、あなたは、えー……どうして、えー、私が王都に居るってわかったの?」
苦し紛れにそんな問い掛けをしてみる。
昔壇上の校長先生が何回「あー」とか「えー」を言うか数えたためしがあったけど、ごめんなさい先生、緊張すると無意識に言っちゃうわねこれ!
「君の声が聞こえたからだ」
するとウィリアムは腕組みを解いてすんなり答えてくれた。
「へ? 私の声? どこで? 王都のどこかで偶然すれ違ったとか?」
「そんな近くですれ違っていたなら、俺がその場で気付かないはずがないだろう」
「へえ~あなたって耳が良いのね」
「……君の鈍感さには時々舌を巻くよ」
「え、どういう意味よ」
もしかしてウィリアムってば、私に会いたい一心で幻聴でも聞こえていたのかしらなんて半ば本気で考えたけど、彼の答えは現実的だった。
「王都滞在中の部下が、通話中に不可解な声を拾ってな」
「不可解……ってまさかそれが私の声だって言うんじゃないでしょうね?」
「その通りだ」
「ちょっと! 繊細な乙女に変な声とか平然と言うなんて酷いじゃないの。私の声は録音した覚えもないのに入ってた恐怖の怪奇音声扱いってわけ? え?」
ややキレ気味に責め立てれば、ウィリアムは「そこまでは言ってないだろう」と心外そうにする。
「初めは君の声だってわからなかった。何しろ通信終了間際に聞こえた単語にも満たない短さの声だったんだ。実際その場ではすぐ忘れた。しかし何故だか何回もその声の事をふっと思い出すようになって、妙に気になったんだ。これは潜在意識下で何らかの重要な発見をして意識上に訴えかけてきているんじゃないかと思って、それで部下にその時と同じ店に行ってもらった」
「まさか、その店が処刑どころ?」
「そうだ。通信石を常にオンの状態にしてもらっていたら、君の元気の良さそうな声が聞こえた。さすがにあの時は俺も言葉が出なかったよ。大きな喜びと安堵とそれから、自分の思い込みの愚かしさに」
ウィリアムは負の感情を内包した自嘲的な笑みを浮かべた。
これは後で話を聞いたんだけど、ずっと捜していた私が実は一番ないと思っていた王都に潜伏していたでしょ。一番手薄にしていた場所からひょっこり見つかったもんだからそりゃあ自己嫌悪もひとしおだったんだとか。
灯台下暗しって親父殿の見立ては感心するレベルでその通りだったわね。
「やめて。どうしてあなたがそんな風に自分を責めないといけないの? 違うでしょ」
例えばお互いに言葉足らずで多少腹が立とうと、もどかしく思おうと、こうなったのは全部、本当に全てアーネストのせいなのよ。
「大体ね、あなただったから私を見つけられたのよ。連絡どうしようってこっちも気ばっかり焦ってたから、あなたに見つけてもらえて良かった」
「アイリス……」
「見つけてくれてありがと」
ここは心に素直に笑い掛ければ、ウィリアムは満更でもなさそうに軽く咳払いして、一方のマルスは面白くなさそうに目を半眼にした。
ところで、馬車から出ようって言い出しっぺの分際で今更だけど、こんな往来で目立つのは得策じゃないわよね。
ただでさえウィリアムは人目を惹く容姿だし、同様のマルスと並べばその効果は倍以上。しかもさっきからウィリアムの顔を知っているのかチラチラ通行人たちが「ねえあの方って……」「殿下……?」とか何とかコソコソ話しているのが聞こえてきていた。
えっと~やっぱり馬車に入った方がいいわよね。
私が周囲に視線をやり一人で勝手に冷や冷やしていると、見兼ねたんだろうマルスが私の手を取った。
「目立ってる。用がないなら僕達はこれで失礼する」
注目度が増しつつあるこの場をマルスが急いで離れようとすると、反対側の手をウィリアムに掴まれた。
「待て。彼女を勝手にどこかに連れて行くなど、この俺が許さない」
「手を放せ」
「断る。そっちこそ放せ。彼女は俺の恋人だ」
「嘘をつくな。白昼堂々の誘拐犯が何を偉そうに」
「何だと?」
場の空気がヒリ付くように張り詰めた。
「ちょ~っと落ち着こうか二人共~?」
「アイリス嬢、行こう」
「行かせるか」
マルスがやや強く私の手を引っ張れば、ウィリアムも負けじと止めに掛かる。
私の控えめな仲裁は黙殺された。
加えて、左右交互にたたらを踏む羽目になった。
「アイリス嬢はうちの人間だ。彼女のことは僕が責任を持つ」
「何だと?」
「一緒に住んでる」
ピリリと空気が震えた……気がするわ。主にウィリアムの方のが。
「……単なる同居というだけで大きな顔をするな。こちらはもう彼女とはやることは一通りやっ…」
「わあああああちょっと待って! あなた昼間っから路上で何言おうとしてるのよ馬鹿!」
「俺達の関係を何も知らないようだし、事実を告げてやろうとしたまでだ」
「アイリス嬢、この尊大な男は何者なんだ?」
右から左から五月蝿いったらないわ。私ってばまたもやしっかりとその左右から掴まれてるしね。アハハ再度の大岡裁き?
はあもう、二人共何変に張り合ってるのよ。
板挟みの憂き目に遭ってドッと疲れた私は、とりあえずマルスへと視線を向ける。
「ええとね、この人はウィリアムって言って、私の元婚約者よ」
彼が驚いたようにしてウィリアムを凝視した。
「婚約……」
「混み入った事情があったから解消になっただけで、今もその……こ、恋人なの」
私にもまだその混み入った事情の全容はわからないけど、ウィリアムの気持ちはわかってる。
っていうか、第三者の前で改めて彼との関係を言葉にするのは照れ臭い。
それでもいつも私を助けてくれるマルスには偽りたくなかったからきちんと告げた。
ウィリアムは何故かちょっと意外そうに瞬いたけど、嬉しそうに頬を緩めて私の手との繋ぎ方を指を絡めるように変更する。
マルスの前だってのによく恥ずかしげもなく恋人繋ぎにしてくるわね。
変わらずの俺様ウィリアム様で何よりよ。
「アイリスの言う通り、今は婚約していないことになっているが、一時的なものだ。将来的には結婚する」
マルスはウィリアムの宣言とも言える台詞を耳にして、眼差しを細め険しさを増幅させる。
「恋人、か。……そうか、あんたが彼女に公衆の面前で婚約破棄を突き付けて名誉も心も傷付けた最低男か」
えっマルスってばそんな情報まで知ってたの?
ええとまあここはまさにその現場となった王都だし、そんな噂を彼が知る機会はそこらに転がっていたわよね。
「あんたに彼女は勿体ない」
「……もう一度言ってみろ」
ウィリアムが声音も低く気色ばんだ。
「何度だって言ってやる。彼女はあんたみたいな最低野郎には過ぎる女性だ」
こめかみに青筋を立てるマルスも彼にしては珍しく感情的で攻撃的で、いつになく殺気立っている。双方剣よりも鋭いんじゃないのって感じの眼差しで睨み合って益々空気が冷えていく。
そのうち放電さえしかねないような雰囲気だった。
えー、あー、まさに一色即発って感じなんですけどもー……。
「二人共落ち着いて! 私は大丈夫、傷付いてないし! お互いに話せばわかるから! ――私のために争わないで!」
言った……。
とうとう言ったわこの台詞を……っ。
思い返せば、マルスと親父殿との父子喧嘩から数えて、トライ三度目の正直ね。
「今日までアイリス嬢がどんな酷い目に遭ってきたか知りもしないで、偉そうに関係を主張するな」
「君こそ事情を何も知らないくせにクソ生意気を言うな」
ハイ黙殺二度目~……。人の話聞けーっ!
ひーっしかも通行人が何人か立ち止まってるし~っ、これ以上目立つ真似は本気で止めて!
マルスよりもウィリアムの方がまだ少し背は高いけど、睨み合う長身の男二人の間に立って仲裁を試みる私は、内心気が気じゃない。
どうしようって心底焦っていたら、ふと、私の周りに微弱な空気の流れが生じた。
地面上の微かな塵を伴ってそれは円を描くようにふわりと渦を描いていく。
げっヤバッ! この知っている感覚は……。
「嘘うそ嘘うそーッ。これくらいで過剰反応しないでよ鳥さんのアホーッ!」
そうなのよね。このまま放っておくと不死鳥が精霊界から現れる。
こんな街中で目撃されるなんて、それだけは避けたい。
一度店で酔客が暴れた際に危機だと思ったのかチビ不死鳥姿ではあったけど出て来た事があって、店内は一時どよめきで満たされた。
その時は咄嗟に手品って誤魔化して、マルスの曲芸の域の皿運びもあったおかげで納得してもらえたわ。以来私とマルスは客達から出身はどこかの旅一座って思われているようだけど。
マルスもホントは目撃者の一人だったけど、何も訊ねては来ないのよね。有難いけど同時に話せなくて何かごめんねって思ってる。
明らかに空気が変わったのを感じ取った二人が、視線の厳しさを解いてその目を私に向けた。
ここは屋外だしチビ鳥じゃない方で出てくる可能性が高い。
そうなれば、とてもまずい。
炎の大鳥の目撃証言なんて王都警備隊に寄せられた日にゃ、アイリス・ローゼンバーグは王都に潜伏中だってすぐに調べが付くはずだもの。
「と、とりあえずここから移動し――」
刹那、言い終わらないうちに、目の前にポポンとオレンジ色のチビ不死鳥が顕現した。
「「「…………」」」
ああハハハ、何だそっち……良かった。
全くもうウィリアムといいマルスといい不死鳥といい、心臓に悪いったらない。
通行人達のどよめきを耳に、私は頗る遠い目になった。




