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悪役令嬢は安眠したい。  作者: まるめぐ
第二章
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84 分かつ道、合わさる道

 マルスから説明してもらったんだけど、何でも、彼のお母さんの遺言とやらによればあの小人みたいな風の精霊が助けた相手が彼にとっての重要人物らしい。

 彼のお母さんって魔女って点以外にも予知夢を見たりと元々すごく勘の良い人だったみたいで、彼女の言葉と照らし合わせるとその相手ってのがまあ、私って事みたいね。


 うーんでも、重要人物?


 定義が難しいわよね。弟分とか友達? ま、まさか仇じゃあないわよね?

 こっちも考え込んでいたしマルスは元々口数が多くないみたいだし、しばらく会話もなく歩いていた私はふと目を向けた先に入ってきた物にぎょっとした。


「うわやっぱり」


 ちょっと立ち止まって慌ててほっかむりを念入りにした私の思わずの声に横のマルスも足を止めて怪訝にする。


「や、ううん何でもない。行きましょ行きましょ。もう結構夜も遅いし早くお店見つけないと」


 軽く手を振って先に歩き出せば彼も素直に従ったけど、私は溜息をつきたいのを堪えていた。

 案の定、ここ王都の掲示板にも私の人相書が貼ってあった。

 内容なんてわかり切っているってのもあってそれをろくに読みもせず、私はやや遠目にみたその前をそそくさと通り過ぎた。

 親父殿の友人の店を探して夜の街路を進む間、ありがたくも歩き始めて早々にマルスが日記を持ってくれた。貧血を起こして私が時折りふらついていたのを見兼ねたんだと思う。

 おんぶするかって訊かれたのを断ったからじゃあ代わりに日記をって気を遣ってくれたのよね。


 さりげに馬車道側を歩くし、この子って本当に山賊なのって思うくらいに生来の気質が真面目で親切だわ。


 何だか騎士みたいよねって言ったらとても驚いたように目を丸くしていたっけ。


 ちょっと嬉しそうにもしていたけどこの世界の男の子ってそういうものに憧れるのかしら。


 道を訊ねて教えられた通りにしばらく歩いて、ようやく私達は煉瓦造りの建物の並ぶ一角に件の店を見つけた。


「よかった~無事に辿り着けて。もうへとへと……」


 お店はまだ営業中で中からは客達の話し声が漏れ聞こえてくる。


「酒場だけど、入ってみる?」


 マルスと頷き合って扉を押し開けて中に入れば、カランと入口のベルが鳴ってがやがやとした喧騒が強くなった。

 余り頼りにならないオイルランプの光の下だけど、決して広くはないながらもそこそこある木のテーブルはほとんどが埋まっていてこの店が盛況なんだってわかる。


「裏口から入れば良かったかも」


 入って早々後悔した。

 お酒でほろ酔い良い気分なんだろうし他の客にいちいち注意を払わないのは普通で最初のうちはこっちを見てくる客は少なかったけど、目を向けて来た人は私達を見てちょっと注視を続けた。その数が徐々に増えていく。

 談笑や愚痴が飛び交い杯が酌み交わされる大人達の酒場に場違いな少年と半ば覆面の女が現れたんだもの、そりゃ当然不審に思うわよね。

 ひえーどうしよう目立っちゃってる~ん。

 それでも表から普通に入ってしまったものは仕方なく、マルスと二人で店の奥を目指す。きっと店主はそこにいるだろうから。

 今にも正体を看破されそうって過剰な緊張を胸に視線を振り切るように店内を突っ切ったところで、ちょうど奥から一人の男性が出てきた。


 茶色い髪に白い物の混じった壮年の男性は私達に気付いて少し不思議そうにした。


 お客じゃないんだって即座に見抜いたのかもしれない。


 マルスが一歩進み出た。


「あなたが店主ですか?」

「そうだが、お宅らは?」

「僕はエリオットの息子でマルスと言います。こっちは連れです」


 男性は怪訝さと慎重さを合わせたような面持ちになっていたけど、マルスの名乗りに両眉をひょっと上げて実に驚いた顔を作った。


「エリオット……ってあのエリオットか? 天の手違いかってくらいに並べば美女と野獣でしかない物凄く別嬪な嫁さんを貰った、あの?」

「……十中八九そのエリオットです」

「そうかそうか。息子が生まれたのは知っていたが初めてその顔を見るな。……本当の本当に良かったなあ、お母さん似で!」

「……」

「しかしどうしてここに?」


 マルスは反応に困っていたみたいね。だけどすぐに気を取り直した。


「親父殿があなたを頼れと言っていたので」

「わしを?」

「事情があって」


 マルスは私をチラッと見た。

 わざわざ覆面をした女なんてそれだけでワケありだと言っているようなものだ。

 店主は僅かに顎を引いて表情を引き締めるようにした。


 一方の私はというと、彼を見た時から凍り付いてしまっていた。


 この人は……っ。


 私は紡ぐ言葉を持ち得なかった。

 頭の中が真っ白になって次に目の前が真っ黒になるような心地だった。

 すぐにでも逃げなきゃと思うのに戦慄に血の気が引いて、ただでさえよぼよぼ……じゃないよろよろしてるのに足が震える。


「どうかしたのか?」


 私の様子が変なのに気付いたマルスが心配そうに覗き込んできた。


 ……ここに来るんじゃなかった。


 だって忘れもしない。


 沢山の悪意と無情なまでの冷たく大きな刃物、罪人の生の最後の瞬間を縛り付ける血の染み込んだ台座。思い出すと目がチカチカする。


 見覚えのある壮年のその店主は――死刑執行人だった。


「具合が悪いのか? アイリス嬢?」

「……アイリス?」


 心当たりのある名に反応するように国家公認の死神は私の露出している菫の瞳を見つめハッとした。察し良くも私が誰だかわかったみたいだった。


「お嬢さんは……」


 やっぱり私を突き出すために親父殿は私を王都に来るように仕向けたのかもしれないって、そう思った。

 狼狽が過ぎたのかふらついちゃって咄嗟にマルスに支えてもらった。彼に縋りながらも立ちくらみに抗えない。

 どうしよう。

 どうしようどうしよう私はどうするべき?


「とにかく一度奥へ。そこで詳しい話を聞こう」


 以外にも男性は落ち着いた声で私達を促した。

 今ここで下手に騒げばそれこそ私がお尋ね者だって他の客にも気付かれる。先に踵を返した男性の背を懸念と不安しかない眼差しで見据えたまま私はなす術なくマルスと共に後に続いた。





「この付近に脱獄殺人女が潜んでいる可能性が高いらしい」


 一夜明け、山賊の首領エリオットは膝を突く手下達を見渡して抑揚のない声で続けた。


「オレ達の領域を荒らした罰だ。見つけ次第始末しろ」


 厳しい軍隊のように揃った返事が上がる。

 彼は感情の籠らない目で配下の散っていった後をしばし見つめた後、一人残った右腕であり昔馴染みでもある男に告げた。


「マルスは出て行っちまったし、そろそろここも潮時だな。引っ越すか」


 エリオットからの提案を受けて彼と同年代の優面の男は仄かに笑んだ。彼は唯一アイリスの件も把握している団員でもある。


「いいのかい?」

「ああ、これも一つの区切りだろ。それにここで得られる物はもう幾つもない」

「そんなことを言って、本当はマルスが心配なんだろう? ワケありな娘と行かせたから」

「否定はしない。だが王都には行かねえよ。友人が世話してくれるだろうからな」

「ならどこに行く?」

「んーそうだなあ、帰郷がてら~……途中にあるマクガフィン公爵領に立ち寄る、なんてどうだ?」

「本気なのかい?」

「ああ本気本気ちょ~お本気~。一度は嫁さんの生まれた場所ってのを見ておきたいんだよ。あ、ところでよ、今まで思いもしなかったがうちのマルスはぜってー面食いだな。お前にも見せてやりたかったぜーあいつが健気に匿っていた嬢ちゃんを。実物は人相書よりかなりやべえマブさだった」

「ほーそれはまた……ふふ、どんな関係になるにせよ、あなたの時のように美女と野獣の図にならなくて良かった良かった」

「あっはっはっ、同感!」


 馬鹿笑いするエリオットの目は既に公爵家のある方角へと向けられていた。





 王都から実家のマクガフィン家に戻り、行方をくらませたアイリス・ローゼンバーグの手掛かりを得ようと各地の情報を集めていたウィリアムの下に、とある地方の報告書が上がってきた。

 それは追跡中の脱獄囚が崖から落ちて生死不明というもので、その囚人は若い女だったというものだ。

 死罪も決まっていて、何人も殺した極悪犯なのだそうだ。


 彼はその女が収監されていたという国の北部の地名を目にして無意識に眉根を寄せていた。


 ――ロラン山岳地帯。或いは、ロラン森林地帯。


 崖や谷の多い急峻な特徴を有する地だ。

 表情を曇らせたのは冬は苛酷なその地を憂えたからではない。


 それは過去にマクガフィン家を騒がせた場所でもあるからだ。


 そして現在でも、この家は家人がその地を訪れることを厭う。

 まだ体の小さかったウィリアムも、その思考は子供ではなかったのでその時の出来事はよく覚えている。

 ロランの地は、当時王都で神殿仕えをしていた一人の女神官が他の神官と共に派遣された先で、彼女が消息を絶った地だった。

 しばらくじっと紙面上の単なる文字列となったその地を眺め下ろして溜息をつく。


「……何にせよ、これは違うか」


 報告書の残り部分をザッと読んでそう片付けようとした彼はしかし、最後の方の記述に引っ掛かる文言を見つけた。目を通し終えた書類の山に置くはずだったそれを彼はもう一度自身の視界の中に引き戻す。


「魔法で枷を破壊した……? 空中で魔法と思われる炎が爆発……?」


 詳しく最後まで読めば、鳥のような何かが共にいたと明記されてもいる。


 彼は血の気が引くのを感じていた。


 その女の生死は不明。


 落ちたのは崖下が見えないような高い崖で、落ちればおそらく助からない場所だとされていた。大きく遠回りする他は相応の準備がなければ下りられない。いやあったとしてもただの人間には崖下まで行くのも困難でそれ故に捜索は難航しているという。

 報告書が書かれた日付けからして既に奇跡的に捕縛されている可能性もあったが、この机上からでは何もわからない。


 わからない……が、本来の脱獄囚とこの追跡されていたという女は全くの別人だろうと彼は直前までの考えを改めていた。


 きっと捜し人が偶然にもその地方に現れたに違いない、と。


「アイリス……無事でいてくれ」


 他の書類全てにも目を通し終えた彼は魔法で単独現地に飛ぶ決意をする。

 普通行路でちんたら向かうのは時間を浪費するに等しいからだ。

 もう一つ、今はもう「元」婚約者ではあるが大事な少女を捜すためとはいえ、マクガフィン家の人間としてロランの地を訪れると家族に知られるのも宜しくない。

 現地では変装して記者を装い、例の囚人を追い詰めた兵士達に話を聞いた。


 その話の途中、ウィリアムは密かに何度も深呼吸をして何とか平静を保っていた。


 特に最後まで彼女の一番近くに居たという兵士の口から、炎の鳥の他囚人が書物のような物を手にしていたと聞けば、もう確信しかなかった。


 彼は相手に見えない場所で握り締めた拳の中で爪が皮膚に食い込み血が滲む程にその兵士を殴りたかったのを堪えたものだった。

 その兵士は過激とは言え職務を遂行しただけだ。

 逃亡途中にも看守兵や地元の人間を殺したらしい殺人犯相手に温い対応は逆に命取りで、それ故に兵士の方も治安維持の観点からとても執拗に追いかけざるを得なかったのだ。

 ウィリアムにその是非を問うつもりはない。


 それに兵士は囚人が自分を傷付けないようにしていたようだと、冷静になって思い出して困惑もしていたようだった。


 職務に熱心なだけで悪人ではないのだ。


 だから本当に僅差で何とか留まれたのは幸いだった。


 ……一度殴ってしまえば、(たが)が外れて殺しかねなかったから。


 その後で、行方不明になった現場まで案内もしてもらった。

 報告書が手元に来るのが遅かったせいもあって、落ちたと言う日から既に半月以上が経過している。


 アイリスが王都の広場から姿を消してからだと、あと少しすればそろそろ一月になろうという頃合いだ。


 日記を伴っていたし不死鳥だって付いているはずで、そうそう簡単に彼女が死ぬはずがないとは思う。だが反面では不安に胸が押し潰されそうだった。


 何しろ一度も、一切、何の音沙汰もない。


 足が付くと警戒して連絡して来ないのか、それとも出来ないのか。


「……君は一体どこにいるんだ」


 礼を告げ、少し調べておきたいからと小道に馬だけ残してもらって案内の者を帰すと、ウィリアムは魔法で崖下まで行った。何か手掛かりがあるかもしれないと思ったのだ。

 捜索の結果、彼が絶望する事はなかった。

 彼女の亡骸もない代わりに痕跡も一切なかったが。


 安堵と同時にこれでまた振り出しに戻ったと苦々しく思う。


 一方ではどうでもいい収穫もあった。もぬけの殻ではあったがごく最近まで使われていたらしい山賊のアジトを見つけたのだ。

 そしてそこで逃げ出したとされる女囚人のなれの果てを見つけ、地元の警備隊が崖下へと動くよう仕向けた。きっとどうにか魔法を使って下りただろう。

 そうしてこの地の脱獄犯捜索は終了した。


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