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悪役令嬢は安眠したい。  作者: まるめぐ
第二章
72/133

71 牢獄の来訪者3

 勝手なお節介で陥れられて処刑だなんて、こんな迷惑千万な話ってない。

 きっと弁明の機会すらなかったのもこの無駄に綺麗な性悪男のせいだわ。


「あなたがきっちりどうにかして。私は死にたくないんだから。大体屋敷の件だって頼まれたからってそのまま実行するなんて良心はないの?」

「あっはっは、悪女と名高い君に言われるとは心外だなあ。記憶の欠落が出来てから余計におかしくなったんじゃないの君?」

「おっおかしくなったですって!?」


 何て失礼な奴なの。その言い方だと前からアイリスを変だと思っていたって事でしょ。もしかして単に同類なだけで大して親しい仲でもないの?


「そんなに怒らないでほしいな。じゃあ訊くけれど、悪女をまともと思えと?」

「そ、れは……」


 う~ッ反論できない。グッと堪えて憎々しげにしていると向こうは失笑を浮かべた。ムカつく~っ。さっきから遠慮もへったくれもない態度の悪さに腹は立つけど、もしかしてアイリスとはこんな感じのやりとりが通常運転だったのかしら。


「とにかくあなたの最低最悪で非常識でお節介な魔法のおかげでこちとら屋敷の皆を危険に晒したし、精霊も傷付いたのよ。今後は似たような依頼されても断りなさいよね。あと二度とあんな風に精霊に酷いことしないで」

「酷いことしないで、か」


 ワル魔法使いは金のまつげさえも長く美しい目を物思うように半分伏せたかと思えば、視線を上げて私を見据えてにこりとする。え、何?


「何だろうね、今のアイリスは随分優しいなあ。記憶障害というより……――まるで人が変わったみたいじゃないか、ねえ?」


 なっ……。

 思わぬ動揺に目を見開いてしまった。

 言い終えて深度を増した彼の綺麗な笑みがどこか黒い。


 こいつ、ウィリアムみたいに妙に鋭い。


 でも馬鹿正直に「別人入ってまーす」なんて言ったらモルモットにされそうだから言わないけど。


「ねえ、アイリス・ローゼンバーグ? 自分でもそう思わない?」


 顔を覗き込まれての意味深な眼差しと試すような声に囚人服の下で嫌な汗がじっとりと滲む。こいつに秘密を知られるのは不本意だし何を答えても墓穴を掘りそうで無難に黙していると、彼はわざとらしいおどけたような仕種で顔を離して肩を竦めた。


「なーんてね。そう言えば君は、炎の精霊を使役したんだっけね」

「やっぱりそこまで知ってるのね」


 私の中では使役って言うか、すご~く懐かれたって感じだけど。


「そりゃあね。魔法を仕掛けた人間としては、事の顛末がどうなるのか気になるところだろう? それに私は予想だにしていなかったんだよ。不死鳥を鎮めて被害を最小で食い止めるなんてね。きっとローゼンバーグ家は火の海になると思っていたのにねえ」


 くすくすくすとさも楽しそうに笑って目の前の男はふっと両目を細める。


「あなた、うちに何か恨みでもあるの?」

「いいや。全くないね」

「それなのにうちの不幸を期待したってわけ?」


 いきり立って半眼で射れば、彼はどこ吹く風~とけろりとして言った。


「期待も失望もしないよ。ローゼンバーグ家がどうなろうと私にとっては些事にも満たないどうでもいいことだからね」

「……仕掛けた魔法の成否にしか興味がないってこと?」

「まあ、そう思ってくれていいかな。ああでも実際に壊滅状態になっていたら、もしかしたらそれはそれで面白くは思ったかもしれないね」


 こいつ……! 益々以って気が知れないわ。そこらを歩きながら笑顔で平然と人を殺しそうな得体の知れなさを感じてぶるりと身震いした。よく他者に無体を強いる冷血漢を血も涙もないなんて言うけど、本当の血も涙もない輩ってこういう人間なんじゃないかしら。

 魔法使いとして有能みたいだし魔法が出来過ぎると性格が歪むの?

 うーんでもウィリアムは違うかな。


「ところでこれから君は不死鳥をどうする気だい?」

「別にどうもしないわよ? 何を言い出すのよ」

「どうして? 勿体ない。折角使役しているんだから有効に使えばいいじゃないか」

「有効に使う?」


 何だか彼の言いように胸がもやもやする。


「そんな言い方しないで」

「使役は使役だよ」

「鳥さんはただ純粋に恩を感じて懐いてくれただけよ」

「君が不死鳥に絶対的な命令を下せる立場になったのは事実だよ。理解していようといなかろうとね。元来精霊とはそういうものだし」

「……精霊についてはよくわからないけど、そういう考えは好きじゃないわ」


 不死鳥にはここしばらくお目に掛かっていない。精霊世界でのんびりしてるならそれでいい。


「ふふっまるで毒気がすっかり抜けてしまったみたいじゃないか。以前の君なら得意になって不死鳥に無理をさせてでも無情な命令をしていただろうにね。そもそも不死鳥を使役するだなんて君は実に素晴らしい女性だよ。あれは炎の精霊の中でも上位に位置する。従えようと思っておいそれと従えられるものじゃない。現に私は試したけれど無理だったしね」


 涼しい顔でさらりと告げられた台詞には表面とは裏腹な微かな苛立ちのようなものを感じた。


「まさか、だから腹いせに風見鶏に閉じ込めた……なんて言わないわよね?」

「はは、御明察」

「あなたってやっぱり最低ね!」


 でも不死鳥ってそんなにすごいの? 確かに攻撃力は半端なかったけど……。

 考え込んでいると、ワル魔法使いは浮かべていた上機嫌な笑いをどこか陶然としたものへと変質させた。


「まあ不死鳥以上に素晴らしいのは、君の血だけれどね」

「……だから、依頼の対価に血を欲したの?」

「そうさ。君の血は魔法の可能性を更に押し広げる超魔法アイテムも然りなんだ。ふふふっ魔法に超魔法アイテムだなんて変な言いようだけれど。きっと君のその血さえあれば神の領域にも近付けるんじゃないかな」

「神様の領域って……」


 欲しかった玩具を手にはしゃぐ小さな子供のように、この時の彼はとても興奮して見えた。金瞳は爛々と輝きこの独房内じゃないどこか別の場所へと思いを馳せているようだった。狂気さえ垣間見えて密かに引いていると、ワル魔法使いはそれはそれはとても良い案を思い付いたような顔をした。


「また君の血を分けてくれるなら、この死への茶番をすぐにでも終わらせてあげるよ」

「……」

「ああ、違うな。それじゃあこれっきりだ」


 日本での献血なら考えないでもないけどこれは献血とは全然違うから無理。

 私がちょっとどころかかなり引いていると、やや目を伏せて思案していた彼はパッと顔を上げた。


「そうだこうしよう。君が望む物は何でも与える。その代わり――君が私のものになればいいんだよ。夫婦になって日々一緒にいれば、必要な時に君から血をもらえるだろう?」


 ……こいつは何を言っているのかしらね?

 何がどうなったらそういう発想に至るの? 頭痛がしそうだわ。元々こいつのせいでこうなってるのにね。それを恩着せがましく対価を差し出せば助けてあげるよって? しかも挙句には自分のものになれですって? ハー……馬鹿も休み休み言えって感じよ。


「ふざけるのも大概にして。あなたが言うようにすぐに事を収められるんなら、勝手にやらかしたんだからあなたが無償で収めて頂戴。どうしてわざわざ私が痛い思いして血をあげないといけないのよ」

「痛いのが嫌なら無痛の魔法を掛けてあげるよ?」

「そういう問題じゃないし、あなたと結婚するのも嫌だって話よ!」


 キレ気味に声を荒らげれば彼は苦笑を浮かべてこっちへと手を伸ばしてきた。

 頬をするりと撫でられてぞわりと産毛が逆立った。


「ああ、君はウィリアム・マクガフィンが好きなんだったね」

「そ、そうよ! 婚約だってしたんだから」

「ふうん? そう上手く行くかな?」

「どういう意味?」


 疑問に思った矢先、頬に添えられていたその手で易々と首を掴まれ壁に押し付けられた。

 私ったらずっと壁に張り付いていれば良かったのに腹を立てて少し前に出ていたからその距離分を後ろに押されて、痛いって思うくらいには後頭部が石壁に当たって目の前がチカチカした。


「――っ、ううっ……っぐ……っ」


 く、苦しい……!

 奥歯を噛みしめて苦痛に顔を歪めれば、相手は無表情よりは微笑に近いような顔をしてこっちを見つめてくる。

 その、人を傷付けて平静でいられる心が恐ろしい。


「威勢が良いのは何よりだね。けれどその気になれば私は君から無理にでも血を抜けるんだよ。今はそれを我慢しているだけで。これでも君には親近感のようなものを感じているからね」


 そんなの微塵も感じてほしくない。圧迫されて声は出せないからそんな意思を込めて睨んだけど、案の定私の睥睨(へいげい)なんて歯牙にも掛けない男は壁に押し付けてくる腕の力を緩めてくれない。本気で息が出来ない……ッ!

 まさか私を殺して全身の血でも抜くつもりとか?

 そんなの嫌! だけど必死でもがいて相手の腕を引っ掻いてやってもびくともしない。

 男女の腕力差ね。ああこんな事ならもっと日記ダンベルで体を鍛えとくんだった。


 誰か助けて!


 ウィリアム、ニコルちゃん、日記、――鳥さん!


 目が霞んで意識が遠ざかりそうになった時、一瞬大きな火柱でも上がったかのように牢内が明るくなった。


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